第54話~和解の酒の意味~
検死の結果、蜂須賀の死因は頭蓋骨陥没による脳挫傷ということが分かった。蜂須賀が殺害されたことはその日の内に全生徒に公式に発表された。
カンナは放課後、御影の部屋に集まった斉宮つかさ、斑鳩爽、茜リリア、祝詩歩、火箸燈の5人と共に検死を担当した御影から直接死因を聞かされた。
燈と詩歩はリリアが連れて来た。カンナもつかさも2人は大丈夫だと思い仲間に加えた。
カンナは知っていることを全て話した。神妙な空気になった。
「相当強烈な踵落としによる打撃痕よ。あまり大きくない足のサイズ。恐らくやったのは女の子ね」
「そんな事まで分かるんですか?御影先生」
「ええ、でもそこまでしか分からないわ。外部の人間か、学園の人間か」
「蜂須賀を殺す目的としてはやはり情報漏洩を防ぐ為の口封じでしょう。だとしたら青幻の手の者の犯行。学園の人間がそんな事をする意味はない」
斑鳩は腕を組みながら言った。
牢番の鵜籠という男は蜂須賀を殺した人間に気を失わされていたようで地下牢の奥に倒れており不審者については何も知らなかった。
「舞冬さんの失踪と蜂須賀の殺害は関係があるんでしょうか?」
カンナが言った。
「まさか、舞冬ちゃんが蜂須賀を殺して逃げたって事?彼女は特殊任務に出てるんでしょ?」
「いえ、御影先生。それも怪しくなってきました。私が舞冬さんの部屋を訪れた時、槍特の生徒が舞冬さんの荷物を片付け初めていたんです。その生徒も疑問に思っていたようですが、畦地まりかの指示だとか」
つかさが言った。
「そんな……それじゃあ舞冬さんはもうこの世にはいないって事!?」
リリアが目を見開いて言った。
「そこまでは分からないです。でも舞冬さんが学園の秘密を調査中に学園側の人間に見つかり、捕えられた。と考えるのが自然な気がします」
つかさが俯きながら言った。拳を膝の上で握り締めている。
「私は蜂須賀殺害と舞冬さんは関係ないと思います。舞冬さんが蜂須賀を殺す理由がありませんし、死因が体術の打撃痕だというのも、舞冬さんがわざわざ蜂須賀を牢から出して体術のみで闘うとは考えられないことから有り得ないと思います」
カンナは自分の意見を述べた。
「謎だらけだな。すべて憶測に過ぎない。体術使いの女の子ねぇ」
燈は頬杖を付きカンナを見ながら言った。
それに気付いたつかさとリリアが燈の頭を同時に叩いた。
「いてっ!? 何すんだよ!?」
「火箸さん、今カンナが犯人かもとか考えたでしょ!? ぶっとばしますよ!? そんな分けないでしょ!!」
「そうよ! 燈! こともあろうにここに集まった仲間を疑うなんて見損なったわよ!」
つかさとリリアは燈を猛烈に批判した。
「ちょ、待ってよ!? あたしはまだ何も言ってないし、ってかすでにぶっとばされてるし! 意味わからん!」
燈は理不尽なつかさとリリアに抗議した。
詩歩はその様子を見ながら出されていたお茶をすすっていた。
「お前達、騒ぐな。学園が怪しい事に変わりはない。このまま放っておけばいずれ学園に不要な者は消されるかもしれない。俺の今の状況もその一つだ。この際蜂須賀の事は後回しだ。まずは柊がどこにいるのか。それを突き止めよう。俺はどの道長くは学園にいられないだろう。目をつけられているわけだからな。調べるのは俺がやる」
斑鳩が脱線しかけた話を元に戻し自ら学園の調査を買って出た。
「いや、斑鳩さんは3人の監視が付いてるんだしそんなの無茶ですよ。それに失敗したら……」
カンナは斑鳩が失敗して殺されてしまう事を恐れ口を挟んだ。
「3人の監視は機を見て始末する。そして学園の陰謀、柊の行方。どちらも俺が突き止める。これは序列7位という立場でお前達に言っている」
斑鳩は一息に言い切った。斑鳩の目は真剣そのものだった。一遍の迷いもない。
”序列7位”という言葉で、その場にいた全員が異議を挟めなかった。
「1ついいかしら? 学園側の人間かもしれない私をこの話し合いに参加させて大丈夫なの?」
御影が手を上げて静寂を切り裂いた。
「御影先生はこの学園に疑問を抱いていましたよね? 私達の前で」
リリアが御影の質問に答えた。
カンナもそれを聞いていたので御影を今回のメンバーに推挙したのだ。
「確かにそうね。そういう発言をあなた達の前でしたことはあるわ。でもそれだけで私を信用していいのかしら? 私があなた達の事を嵌めているとは考えないのかしら? そういうことが日常的に起こるのがこの学園よ」
御影は真顔で恐ろしい事を口にした。
また場に静寂が訪れた。
「御影先生はそんな事しないと思います」
静寂をカンナが打ち消した。
全員の視線がカンナに集まった。
「御影先生は具合の悪い私に一晩中付き添ってくれました。そんな優しい人が私達を嵌めるなんて思えません」
「それだけ? それは私の仕事だから」
「それに御影先生からは嫌な氣を感じません」
カンナが言うと御影は何度か頷き笑顔を見せた。
「カンナちゃんに認めてもらえて嬉しいわ。斑鳩君。学園の調査、私も手伝うわ。その方がいいでしょ?」
「御影先生が手伝ってくださるなら俺の知り得ない情報も手に入りますね。心強いです」
「よし、じゃあ決まりね。私と斑鳩君で学園の事を調べる。もちろん、舞冬ちゃんの行方もね。あなた達はいつも通り学園生活を送りなさい」
御影は立ち上がり一同を見渡した。
斑鳩も立ち上がるとカンナ達も立ち上がった。
「何か分かったら連絡するわね」
御影が言うと一同は一礼して部屋から出て行った。
斑鳩だけは1人玄関の所で立ち止まった。
御影は首を傾げた。
「いいんですか? 下手すればあなたも命が危ないかもしれません」
「いいのよ。私はもう何も守るものはないんだから。それじゃあね。斑鳩君も気を付けて」
斑鳩が振り向くと御影は笑顔で手を振った。
斑鳩は何も言わずただ頷いて部屋を出た。
御影の部屋の外でカンナ達は斑鳩が出てくるのを待っていた。
すぐに斑鳩は出てきてカンナ達に気づくと微笑んで近くに来た。
「なんだお前達、待っててくれたのか? もう遅いんだし、先に帰っても良かったのに」
陽は完全に沈み辺りは真っ暗だった。
「カンナが一緒に帰りたいんだってさ」
「ちょっ!? 燈!? 誤解を招く言い方しないでよ! ちょっと話があるだけよ!」
燈がにやにやしながら言ったのでカンナは顔を赤くして燈の肩を叩いた。
つかさもリリアもにこにこしてカンナを見ていた。
詩歩はリリアの袖を引いて耳元で囁いた。
「え? カンナって斑鳩さんのこと好きなの?」
「見ればわかるでしょ? 詩歩」
「そうだったんだ。カンナも案外面食いなんだ~うける」
詩歩は口を押えて笑った。
「ちょっとみんなまでなに笑ってるのよ!?」
カンナは自分が笑われていることに気づき地団駄を踏んだ。
「それじゃあ私達は帰るね。斑鳩さん、カンナを宜しくお願いします」
つかさが言うとカンナにウインクをしてリリア達と共に帰って行った。
カンナと斑鳩二人きりになった。
「もう遅いし、帰るか」
斑鳩は優しく言った。
「はい。あ、あの」
「そうだ、話ってなんだ?」
「あ、そんな話って程大したことじゃないんですけど」
カンナは斑鳩の顔を直視できなかった。
見れば見るほどかっこいい顔。カンナの胸は締め付けられた。
辺りには3人の監視の気配があるので声を潜めてカンナは言った。
「斑鳩さん、くれぐれも無理はしないでください。あなたはもしかしたら学園にいられなくなると言いましたが、私は嫌です。この学園でもっと楽しい生活を送りたいです」
カンナは今想っていることを斑鳩に打ち明けた。
“好き”と聞かれれば好きである。ただそれが恋なのかということは良くわからなかった。だからその言葉は言わなかった。
「ありがとう。俺も学園生活は楽しい。でもな澄川。まだ俺がいなくなると決まったわけではないからな。明日も明後日も授業で会える。だからそんな暗い顔するな」
斑鳩は微笑みながらカンナの頭にポンと手を置いた。
「斑鳩さん……」
「帰るぞ。澄川」
斑鳩はカンナと夜の道を体特寮に向かい歩いて行った。
カンナは斑鳩に別れを告げると自分の部屋へと戻ってきた。
部屋には灯りが点いていた。
「ただいま……」
カンナは扉をゆっくり開けた。
「おかえりなさい、澄川さん!」
中から水音が笑顔で出てきた。
後ろから光希も顔を出した。
カンナは2人が出迎えてくれたことに驚き一瞬言葉を返せなかった。
「た、ただいま」
「澄川さん、ごめんなさい。私今朝は酷いこと言っちゃったから……仲直りの印にこれ、どうぞ」
水音は照れくさそうに梅酒と書かれた瓶をカンナに渡した。
カンナは水音の態度の豹変ぶりにすぐには信用する事が出来なかった。
「澄川さん、たまにはお酒でも飲んでパーッとやりましょう!ねー、光希」
「ごめんなさい、私も水音と一緒に酷いこと……」
光希も謝ってきた。
カンナは酒の瓶を抱えて2人に微笑んだ。
「いいよ、もう。これからは仲良くやろうね! 一緒に飲もう、水音、光希」
「私達は未成年なので、ノンアルコールのカクテルを頂きますね!」
水音は笑顔で缶のノンアルコールのカクテルを見せてきた。
光希も手に1本の缶を持っていた。
2人とも笑顔は無邪気で可愛かった。
カンナは部屋の奥へ行き畳に腰を下ろすと水音と光希も腰を下ろした。
「私あんまりお酒強くないから程々にするよ」
「あ、そうだったんですか! 分かりました。光希ーグラスと氷持って来てー」
「はーい」
水音は光希に指示を出すと光希はすぐに3人分のグラスに氷を入れて持って来た。
「澄川さん、私が入れてあげます!」
水音は率先してカンナのグラスに梅酒を注いだ。
「どうぞ!」
「ありがとう!」
こんなにあっさりと仲直り出来るとは正直思っていなかった。カンナは水音と光希の柔らかい表情を見てほっと一息ついた。
「それじゃあ、仲直りの印に、乾杯!」
カンナは水音と光希のグラスに自分のグラスをぶつけた。
カンナは久しぶりの酒を一気に飲み干した。
「美味しい! この梅酒美味しいよ」
「そうですか! それは良かったです! ささ、もっと飲んでください!」
水音はさらにカンナのグラスに酒を注いだ。
しばらく飲んでいるうちにカンナは急に立ち上がった。
「あれ? どうしたんですか? 澄川さん?」
水音が立ち上がったカンナに尋ねた。
「暑い。脱ぐ」
「あぁ、そうですか。お酒で体温が上がったから」
水音は言いながらカンナがショートパンツを脱ぎ出したので飲んでいたカクテルを吹き出した。
「澄川さん!? なんで下を脱ぐんですか!? 光希! 澄川さんを止めて!!」
「はい」
水音がカンナの身体を抑えて光希が手際よく脱ぎかけたショートパンツを穿かせた。
「暑いのー、あー、もう! 寝る!」
カンナはふらふらと自分の布団を敷いてそのまま倒れて眠ってしまった。
水音と光希はその様子を静かに見ていた。
光希がカンナが眠っているのを確認しに行った。
「光希ー、澄川さん寝てる?」
「はい」
「ったく、めんどくさい女。でも脱ぎだしたのは面白かったね」
「放っといて全裸にして外に放り出すのも面白そうですけどね」
「いいね! 光希! でも、より絶望させる必要があるからね」
水音はニヤリと笑いカンナの枕元へ来た。
そしてカンナの肩を揺すった。
「澄川さーん、風邪ひきますよ~」
カンナは全く起きずにぐっすりと眠っていた。
「体術使いは寝てても気配で起きちゃうからね。この女が酒に弱い事は調査済みよ。ま、念のため睡眠薬も入れたからしばらくは絶対に起きない」
「水音ってホントやる事に抜かりないですね」
光希もニヤリと笑った。
「はいはい澄川さーん、その可愛い青いリボン。ちゃんと取ってから寝ましょーねー」
水音は寝ているカンナの髪を結っているリボンを外した。
カンナの黒髪は無造作に布団の上に広がった。
水音はカンナの青いリボンを自分のスカートのポケットにしまった。
「澄川さん。敵は常にあなたの隣りに……大切な物を失った時、あなたはどんな顔を見せてくれるのかしら」
水音はカンナの寝顔を手で優しく撫で不敵に笑った。
光希もそれを見て笑った。
「さーさーそれじゃあちょっとお風呂入ってくるからさ、光希。万が一澄川さんが起きてリボンの事聞かれても」
「分かってますよ」
光希は水音が話し終わる前に頷いていた。
カンナは寝息を立ててぐっすりと眠ったままだった。




