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序列学園  作者: あくがりたる
虎狼の章
53/138

第53話~嫌いなものは嫌い~

 学園の地下牢で青幻(せいげん)斥候(せっこう)部隊の捕虜の男、蜂須賀(はちすか)の遺体が発見された。

 全身に打撃痕(だげきこん)があり、恐らく体術使いとの交戦があったと見られているらしい。

 カンナは昨日医務室で栄枝(さかえだ)(はり)治療を受け”氣”を取り戻した後、一旦は安静にするよう言われた。まだ見つかっていない舞冬(まふゆ)の捜索も手伝おうとしたがそれはつさかに託すことにして自室に戻りぐっすりと眠りについたのだった。

 そして早朝、重黒木(じゅうくろき)の稽古に行くために起きてみると、水音(みお)光希(みつき)が既に起きていてその地下牢の話をしてくれたのだ。

 2人から話しかけて来ることは珍しく、出て行ったきりだった2人が部屋に戻っていることにも(いささ)か驚いたがあまり気にしなかった。


「蜂須賀って男は誰に何の為に殺されたんでしょうね? 澄川(すみかわ)さん」


 珍しく水音はよく話しかけてきた。


「んー、もしかしたら青幻の部下が口封じの為に殺したのかも」


「あー、有り得ますねー」


 水音は自分で聞いてきたくせに空返事(からへんじ)だった。


「それにしても、一体誰がやったのかなー? あの傷痕だと体術使いの私達も疑われるかもねー。ねー光希」


「そうですね」


 相変わらず光希は水音の問いに短く淡々と答えた。


「ところで澄川さん。昨日から具合悪そうでしたけど大丈夫ですか? 昨日は顔が真っ赤で汗だくで目が虚ろで……もしかして発情期ですか?」


 水音は心配してくれるのかと思いきやいつも通り挑発してきた。

 光希でさえくすりと笑っている。


「は? 発情期? 面白いこと言うね、水音。でも違うよ。ただの風邪。心配してくれてありがとう。それじゃあ私、これから出掛けるから」


「あら、どこに行くんですか? 逃げるようにそそくさと」


 水音はカンナが部屋を出ようとすると呼び止めた。


「逃げるように? 私は逃げないよ! 言いたい事があるならはっきり言ってよ! 私はこれから重黒木師範の早朝稽古に行くの! やましい事なんて一つもないよ!」


 カンナは水音の挑発するような言い回しに腹が立ち水音を睨み付けた。


「いやー! その目! その目ですよ! 本当にムカつく! その目大っ嫌い! あ、無駄ですよ! 大方話せば仲良く出来るとか思ってるんでしょうけど、私は響音(ことね)さんや(ほうり)さん、後醍院(ごだいいん)さんと違ってあなたと仲良くする気はありませんから! ねー! 光希」


「そうですね」


 水音はカンナを指差しながら徹底的に友好関係の可能性を否定した。

 光希は興味無さそうに右手の爪にマニュキュアを塗りながら空返事をした。

 カンナは唇を噛み締めた。


「なんで、そこまで私を嫌うの?」


 カンナは水音に尋ねた。

 水音は間髪入れずに真顔で答えた。


「理由なんてありませんよ。嫌いなものは嫌いなんです。ムカつく。不愉快。視界に入らないで喋らないで以上」


「ふっ、水音言い過ぎ。澄川さん泣いちゃいますよ」


 光希は水音の暴言が面白かったのか吹き出して笑った。

 カンナは光希も睨み付けた。


「私が、斑鳩(いかるが)さんと仲良くしてるから?」


 斑鳩という言葉を聞いて水音は顔色を変えカンナの胸ぐらを掴んだ。


「調子のんじゃねーよ!この雌豚がぁぁ!! 私が、私がお前なんかに嫉妬してるとでも言いたいのかよ!? あぁ!?」


 水音の勢いに流石のカンナも身体を震わせた。


「水音、ここではダメですよ。ほら、澄川さんビビっちゃってますから」


 怒りが爆発した水音を光希は冷静に(とが)めた。

 水音は舌打ちをしながらカンナの胸ぐらから手を離した。


「話し合っても無駄なら、序列仕合を挑んで来なさいよ。私はいつでも受けるよ」


 カンナは一度目を閉じ冷静さを取り戻し、水音に言った。


「はぁ? うるせーよ。さっさと行けよ」


 水音は畳に座り込みカンナに背を向けた。

 カンナは序列仕合こそ自分を気に入らない水音にとってはもってこいのものだと思ったが、乗ってこないので不思議に思った。

 カンナはもう何も言わず部屋を出ようと扉を開けた。


「澄川さん、捕虜を殺した犯人。誰なんでしょうね」


 カンナはほとんど話しかけてこない光希が話しかけてきた事に驚きを隠せず振り返った。


「どういう意味?」


「ふふ。いってらっしゃい。気を付けて」


 光希はマニュキュアを塗りながら口元だけ笑った。


 カンナは寒気がしてすぐに部屋を出た。

 水音はカンナに背を向けたまま振り返らなかった。





 カンナは訓練場に到着した。

 まだ重黒木は来ていなかった。

 数分ほどで重黒木が歩いて来た。


「おはようございます」


「澄川、昨日はずっと具合が悪そうだったな。大丈夫か?ここに来た以上手は抜かんぞ」


「大丈夫です。やはり氣を止めたままだと身体に深刻な負荷がかかるようなので栄枝先生に氣を戻してもらいました。自分の意思で氣を使わないように制御します」


 カンナは迷いを断ち切ったかのように言った。


「お前が決めたことだ。俺は何も言わん」


 重黒木はカンナの目を見て言った。


「あ、ところで柊舞冬(ひいらぎまふゆ)さんが昨日から行方不明という話なんですが、ご存知ですか?」


「ああ、その話しなら聞いている。だが、俺も居場所は知らん」


「では昨日地下牢で捕虜の蜂須賀が殺された事は?」


 重黒木は眉をぴくりと動かした。


「それは学園の理事会の面々は全員知っている。しかしまだ一般の生徒にはその話は公開されていないはずだが誰から聞いた?」


「え……!? そうなんですか!私は先程周防(すおう)さんに聴きました」


「そうか」


 重黒木はそれきりその話はしなかった。

 理事会メンバーでない水音が知っているのはおかしい。光希はカンナより先に水音にその話を聞いたのだろう。特に驚いた様子も見せなかった。まさか水音と光希が蜂須賀殺害に関わっているのだろうか? しかしそうだとしたら理由が分からない。

 カンナは嫌な予感しかしなかった。


「おはようございます!」


 カンナが俯いていると元気な声が聞こえた。

 カンナも重黒木もその声の主を見た。

 大きな胸をゆさゆさと揺らして朝陽に照らされた斉宮(いつき)つかさだった。


「え!? つかさ!? こんな朝早くにどうしたの?」


 カンナはつかさが現れた理由が分からず困惑した。


「どうしたの……って、約束したでしょ? そばにいてあげるって。カンナが氣を使いそうになったり、弱音を吐きそうになったら私がこの棒でぶん殴ってあげるからね!」


「あ、ありがとう、つかさ」


 カンナは嬉しさと恐怖の狭間で苦笑いした。


「あ、舞冬さんは? 舞冬さんは見つかった?」


 カンナは昨日舞冬の捜索に加われなかったのでその後の進捗が気になって仕方なかった。


「それなんだけどさ、舞冬さん、特殊任務に出たんだってさ。しばらく帰って来ないって」


「え? そうなの? 誰の情報?」


「昨日総帥に聞きに行ったんだ。総帥と一緒にいたまりかさんが言ってた」


畦地(あぜち)さんか……」


「どうしたの? カンナ」


 カンナがまりかの名を聞いて目を細めたのでつかさは首をかしげて訊いた。


「畦地さんの言うこと……あんまり信用出来ないんだよね。でも総帥も否定しなかったんだったら間違いないんだろうね」


「あぁ。そういうことか。噂には聞いたけどまりかさん、前回の村当番の任務でカンナと詩歩(しほ)ちゃんを苦しめる為に茉里(まつり)をメンバーに加えたって話らしいしね」


 初耳だった。しかし、そう言われたら納得出来た。あの任務は身内のいざこざでかなり苦労した。

 カンナは目を細めたまま口を膨らませた。


「そろそろ話は終わりにしてくれないか?俺も暇じゃないんだ」


 重黒木がカンナとつかさの会話を遮った。


「あ、すみません。つかさ、とにかく舞冬さんがいない理由が分かって良かったよ。教えてくれてありがとね」


「うん。カンナ! ファイトだよ! 私はここで見てるからね!」


 つかさはカンナと重黒木から少し離れたところで棒を立ててこちらを見ていた。

 カンナは本当はまりかの言うことなど信用していない。あの女がそう言ったということは、実は既に舞冬は学園に拘束されてしまっているのだろうか。


「澄川」


 カンナが考えようとした時、重黒木が声を掛けた。


「お前今、稽古以外の事で頭がいっぱいだな。そんなことで体術を極められると思っているのか?」


「そ、そんなことありません! 他のことなんて考えてません!」


 カンナは心を見透かされたような気分になり咄嗟に否定した。


「ならば、来い。俺は左手だけで相手をする。昨日の続きだ。俺に一発入れてみろ」


 重黒木は左腕だけカンナの方に出した。

 カンナは深く息を吸い、そして吐いた。

 構える。

 今は体術の稽古に集中しなければ。昨日と違い身体の状態は良いのだから。

 カンナは姿勢を低くして重黒木の懐に突っ込む、と見せかけて右側に回り下段の回し蹴りを放つ。

 重黒木は片足を上げて軽く躱す。

 続けざまにカンナは後ろ蹴りを放つ。

 しかしそれも後ろに跳んで躱された。

 追いかける。

 正拳。当たらない。肘。当たらない。膝。当たらない。手刀、当たらない。

 そして────

 カンナは重黒木が左腕を動かしたのを見た。

 カンナの身体は回転して数メートル吹き飛んだ。

 右頬に強烈な痛みがあった。

 平手打ち。

 ただの平手打ちで吹き飛ばされたのか。

 カンナは地面に転がりながらも着地した。


「カンナ!?」


 つかさの声が聴こえた。

 しかしカンナはそれには反応せず重黒木を見た。


「お前には迷いがあり過ぎるな。武術は相手と闘う前にまずは己との闘いでもあるのだぞ。そんな初歩的な事を俺に今更言わせるな」


 カンナは立ち上がり構えた。

 拳を握り打ち込んだ。何度も何度も。

 しかし打ち込む度に重黒木はカンナの拳をまるで攻撃する場所が読まれているかのようにすべてひらりと容易く躱してしまう。

 これが学園体術師範の洞察眼か。





 また一発も当てられなかった。

 1限目の授業開始までの1時間の間打って打って打ちまくったが一発も当てられなかった。代わりに何度か打撃を身体に貰った。最初の頬への平手打ちよりは手加減してくれたようだが身体中が痛い。

 体調は昨日より遥かに良好であった。なのに当てられなかった。

 カンナは右頬を(さす)りながらつかさと一緒に学園の校舎へ向かい歩いていた。


「今日はありがとね。つかさ」


「いいって、別に。それよりどうしたの? まだ悩み事があるの?」


 カンナはつかさの問いかけに一瞬迷った。しかし、つかさにはすべて話そうと決めた。


「つかさ。あのね、舞冬さんのことなんだけど、私、学園に拘束されてるんじゃないかと思うの」


「え!? まさか!? どうして?」


 つかさは驚いて聞き返した。

 当然の反応だろう。カンナは自分の考えを話した。斑鳩に付けられた3人の監視の事、舞冬が学園の陰謀を調査すると言った事。地下牢で捕虜の蜂須賀が殺害された事。

 つかさは顔色を変えて顎に手を当てて何か考える仕草をした。


「なるほど。カンナ。これはあなたが考えているように重大な事かもしれない。万が一舞冬さんが学園の事を調べていてそれが発覚し捕えられてしまったのなら、学園はやばい事をやっている。この事、他に誰かに話した?」


「まだ誰にも。でもたぶん、斑鳩さんとリリアさんなら話しても大丈夫だと思います。あと御影先生」


 カンナは学園に疑問を抱いている面々の名を挙げた。


「分かった。それじゃあその人達に声掛けて意見を交換しようか! とりあえず今日の放課後。場所は私が決めとくよ」


「あ、じゃあ斑鳩さんには私から……」


 言いかけてカンナは水音と光希の事を考えた。


「カンナ。まだ私に言ってないことあるの?」


「水音と光希の事なんだけど……私と斑鳩さんが仲良く話してるのを良く思ってないんだよね。最近は特に酷くて……暴言とか」


「ったく、何そいつら嫉妬ってわけ? その2人とは話した事ないけど性格悪いね。ぶっ飛ばしてあげようか?」


 つかさは持っていた棒で殴る仕草をした。


「いや、それはいいよ。私が手を出されたわけじゃないし……」


「つまりカンナはその2人に斑鳩さんと話してるところを見られたくないわけだ? なら私が斑鳩さんに声掛けるわ! それで問題ないでしょ? もしそれで私に突っかかってきたらぶっ飛ばすのは私の自由よね?」


 つかさはニコリとカンナに微笑み掛けた。

 なんて頼りになる人なんだろう。

 カンナはつかさが女神に見えた。


「ありがとう、つかさ。でもぶっ飛ばすのはやり過ぎかな」


 カンナは笑顔で礼を述べた。


「カンナが困ってたら私はいつでも助けるよ! それじゃ、放課後迎えに行くから! 授業頑張ってね!」


 つかさは笑顔で手を振りながら槍特の授業の行われる教室に駆けて行った。

 カンナは走りゆくつかさの背中を見送ると自分も教室へ歩いた。

 体特の授業では水音と光希に会う。

 カンナは一つ溜息をついた。

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