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序列学園  作者: あくがりたる
虎狼の章
51/138

第51話~氣を止めることの代償~

 授業再開の朝、日はまだ昇り始めた所だった。

 カンナはいつもより早く寮を出て学園の訓練場に行った。

 まだ重黒木(じゅうくろき)はいなかった。それどころかこの時間の訓練場は初めてなので誰1人としていない静かな雰囲気にどこか落ち着かなかった。

 早朝はいくらか涼しい。

 カンナは眠気眼(ねむけまなこ)を擦った。

 その時、いきなり背後に気配を感じた。

 振り返る。

 額を指でこずかれた。


「いっ!?」


 目の前には重黒木が立っていた。

 カンナの額に指を立てたまま無表情でカンナを見ていた。


「遅いな。俺が敵ならお前は即死だった」


 接近された事には気が付いたが、接近してくるのには気が付かなかった。


「氣が使えればこんな」


 言いかけてカンナは口を(つぐ)んだ。

 重黒木は首を振り指を離した。


「やはりな、お前は氣という力に依存している。それも重度にだ。昨日は眠れなかったのではないか?」


 カンナは目を逸らした。

 確かに昨日重黒木の部屋から自分の部屋に戻ってその日はじっとしていたが身体に違和感を感じた。それはいつも体内に感じる氣というものがまったく感じられなくなったことに対するものだということは明白だった。身体の外傷が癒えてきてその違和感はより鮮明に感じた。

 部屋には水音(みお)光希(みつき)はおらず、カンナがいなかった間も帰って来た様子はなかった。その事も気になり昨日は一睡も出来ていなかった。


「おっしゃる通り、氣が身体の中にないと空っぽになったような感覚で気持ち悪いです」


 カンナは胸を抑えて言った。


「1度中身を(から)にし、新たな気持ちで稽古に臨むことでお前は真の体術を見付けられるだろう。だが強制はしない。氣から離れ過ぎて今度はその氣を上手く使えなくなってしまったり、体調を崩してしまっては本末転倒だからな。どうする? 澄川」


 重黒木は腕を組んでカンナに問い掛けた。


「やります! 私は強くなりたいです」


「そうか。辛いと思うが頑張れよ」


「はい! 宜しくお願いします! 師範」


 カンナは大きな声で挨拶をし、深々と頭を下げた。


「来い。まずは俺に1発でも当ててみろ」


 重黒木はそう言うと組んでいた両腕を下ろした。構えは取らない。

 カンナは構えた。

 そして声を出して踏み込んだ。


──当てるくらいなら簡単だ──






 朝の1限目の授業は座学で政治学だった。

 カンナの得意な科目である。

 体特の授業は全て重黒木が担当する。

 カンナは教室の1番後ろの席に座り机に突っ伏して授業が始まるのを待っていた。

 結局今朝の稽古で重黒木に1発も当てる事が出来なかった。

 ずっと打ち続けた肉体的疲労。自分の弱さに対する悔しさと体内の氣を感じられない不安から来る精神的疲労が一気にカンナに襲い掛かり完全にグロッキー状態だった。

 体特の他の生徒達が次第に教室に集まって来た。

 体特生全員が入ると教室の机は一杯になる。カンナの隣にも誰かが座ることになる。こういう時、いつも隣に来るのは決まって序列26位の蔦浜(つたはま)だった。

 案の定、蔦浜はカンナの隣にやって来た。

 むしろ体特でカンナの隣に好んで座るのは蔦浜くらいだった。


「よぉ! カンナちゃんおはよう!! どしたの? 元気ないね? 具合悪いの? 大丈夫?」


 机に顔を伏せているカンナに蔦浜は元気良く話し掛けてきた。

 カンナはその大きな声が耳に障った。


「大丈夫……ちょっと静かにしてもらえる?」


「いや、マジで具合悪いなら寮に戻って休んだ方がいいよ。師範には俺が言っとくからさ」


 自分で稽古を付けてもらって具合が悪いから授業を欠席するなどと言えるはずがなかった。


「ううん、大丈夫……ちょっとギリギリまでこの状態でいれば治る……たぶん……」


「いや……でも、俺も見てて辛いよ」


「じゃあ見なければ?」


 カンナはいつまでも話し掛けてくる蔦浜に次第に苛立ちを覚えていた。

 蔦浜はカンナの冷たい言葉に寂しそうな顔をした。


「あれあれー? 澄川さん!おはようございます!具合悪そうですね?帰ったらいいじゃないですか?」


 カンナはその声に顔を上げ立ち上がった。

 水音と光希。

 2人とも笑顔でカンナの後ろに立っていた。


「だいぶ辛そうですね? 何かありました? もしかして生理前?」


 水音は表情を変えずに言った。


「2人とも昨日はどこに行ってたの?? ずっと帰って来ないから私心配」


「心配してました!? あらー!! 嘘が下手ですね? 心配する訳ないですよね? あなたが私達の!」


「心配してたよ! 何でそういう事言うの?」


 カンナは水音の一方的な決めつけによる言葉責めに戸惑った。


「何でか分かってるくせにいちいち聞くんですね? いやー、ホント偽善者はウザイですわ。ねー光希」


「ウザイです」


 水音は光希の顔を見て笑顔で同意を求めた。


「偽善者……?」


 カンナは流石に苛立った。


「そうですよー! それに、蔦浜さんがせっかく心配してくれてるのにあの態度! ホント最低な女」


 水音の嫌味にカンナは歯を食いしばり耐えた。


「何ですかその目は??」


 カンナはいつの間にか水音を睨んでいた。

 水音とカンナのやり取りを見ていた蔦浜はゆっくりと立ち上がった。


「お、おい、水音、やめろよ。別に俺の事はいいし、カンナちゃんも具合悪いんだからそれ以上は」


「蔦浜さんは黙っててくれますか? ってか、蔦浜さんはこの女に気があるんですか? 悪い事は言わないからやめといたほうがいいですよ? この女斑鳩(いかるが)さんと」


「お前達、何を騒いでいる。座れ」


 水音が追い討ちを掛けようとした時、斑鳩が教室に入って来た。

 水音と光希はもちろん、他の生徒達も一斉に斑鳩を見た。

 カンナも蔦浜も斑鳩の登場で言葉を失い立ち尽くしていた。

 生徒達は斑鳩に挨拶をして各々席に着いた。

 水音と光希も挨拶をし席に着いた。


澄川(すみかわ)、お前まだ具合悪いのか? 顔色が悪いぞ?」


 斑鳩はまだ立っていたカンナに近付き声を掛けた。


「大丈夫です……」


 カンナは斑鳩に目は合わせず椅子に腰を下ろした。

 そしてまた机に顔を伏せた。

 斑鳩はその様子を見て首を捻った。


「おい、蔦浜。澄川大丈夫か?」


「それが、俺にも良く分からないんです」


「様子見といてやれ。具合悪そうなら授業中でも連れ出せ」


「はい、分かりました」


 斑鳩は蔦浜にカンナを託すと前方の空いてる席に座った。

 蔦浜はカンナの様子を気にしているようでチラチラとこちらを見る視線を感じた。


「な、なぁカンナちゃん本当に大丈夫か? 医務室連れて行くよ?」


「ありがとう。でも必要ない」


 もう話し掛けないで欲しかった。

 結局カンナは授業に重黒木が来るまでずっと伏せたままで、授業が始まると蔦浜に連れ出されないようにしっかりと起きて真面目に話を聴いた。






 1限の「政治学」が終わって2限目の「体術基礎」という実技が始まった。

 カンナはよろよろとしながら訓練場に、歩いていた。


「カンナちゃん、絶対実技無理だよ! やめとこ? な?」


 蔦浜が1限の授業からずっとそばにいてカンナに付き添っていた。


「大丈夫だってば。もう私に付き合わなくていいよ。蔦浜君も水音達に嫌われるよ」


 蔦浜はそのカンナの言葉を聞いて立ち止まった。

 隣を歩いていた蔦浜が急に立ち止まったのでカンナは振り返った。


「構わない。俺はカンナちゃんが心配なんだ。それで俺があいつらに嫌われたって」


「そういうわけにはいかないよ。私のせいで蔦浜君に迷惑を掛けるわけにはいかない。本当に放っておいて。気持ちだけは嬉しい。ありがとう」


 カンナは蔦浜の言葉を最後まで聞かずに1人で蔦浜から逃げるように訓練場に走った。





 体術基礎の実技授業の担当ももちろん重黒木が受け持つ。

 初めにストレッチを各々が行いその後訓練場の外周をひたすら走る。

 カンナは走った。持久力に関しては人一倍自信があった。何しろ篝気功掌(かがりきこうしょう)の「連環乱打(れんかんらんだ)」という技は千人組み手を完遂する為に尋常ではない持久力が必要なのだ。カンナはその尋常ならざる持久力を幼い頃に身に付けていたのだ。

 しかし流石にこの日は身体の調子が悪くいつも一番に完走して休憩するはずのカンナも最後尾を必死に走っていた。

 普段追い抜かれる事など決してない水音や光希にまで追い抜かれてしまった。

 追い抜く時の水音と光希のカンナを見下す目。カンナの心は穏やかではなくなってきていた。

 なんとか完走して一旦休憩が言い渡された。

 カンナは全身汗だくで訓練場の端の金網に寄り掛かり座り込んで水筒の水をがぶがぶと勢い良く飲んだ。

 不意に金網越しに気配を感じた。


「あ、カンナ! 授業中ごめんね。ちょっとだけいい?」


「つかさ?」


 振り向いたカンナの目に映ったのはカンナの親友、槍特(そうとく)斉宮(いつき)つかさだった。

 つかさは肩までの黒髪を微風(そよかぜ)に靡かせていた。


「カンナ……どうしたの? 顔真っ赤だよ? 汗びっしょりだし……熱でもあるんじゃ」


「大丈夫だよ! つかさ! それよりどうしたの?」


 カンナはつかさに心配を掛けないように精一杯元気を装った。

 この金網が無かったら、つかさに抱きつきたかった。この金網、ぶち破ってやろうか……


「あのさ、舞冬(まふゆ)さん見なかった?」


「え? 舞冬さん? 見てない」


「そう、今朝の授業から姿が見えなくてさ、こっちも今槍術基礎の授業なんだけどやっぱりいないから心配になって探してるんだ。あの人絶対授業休まなかったからさ」


 つかさは不安そうな顔で言った。


「ごめん、分からない。でも心配だね、それは」


「うん。凄く心配……あ、でも知らないなら大丈夫! 私の方で探してみるよ! 授業中ごめんね! 無理しないでね、カンナ」


 つかさは笑顔で走って行った。

 舞冬がいない。

 カンナは嫌な予感がした。

 学園の陰謀を探ると言っていた舞冬は失敗して学園に捕まってしまったのでは……

 とにかく、今日の授業が終わったらつかさと合流して一緒に探そう。

 カンナはふらつく身体に鞭を打ちまた授業に戻った。




 結局授業は全て乗り切った。

 日は傾きかけていた。

 医務室に行く事もなくカンナはふらふらになりながら耐えた。途中で何度か吐いてしまったが意地でも医務室には行かなかった。

 自分が稽古を頼んだ手前初日から体調不良で授業を欠席したら重黒木に稽古を打ち切られかねない。

 カンナはふらふらとつかさのいる槍特寮へ向かった。

 身体が暑い。意識が朦朧としてきた。カンナは歪む景色の中前に進む事が出来ず、ついにその場に倒れ意識を失ってしまった。

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