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序列学園  作者: あくがりたる
虎狼の章
50/138

第50話~私に体術を教えてください~

 医務室のベッドの上でカンナは寝かせられていた。

 医務室にはここまで運んで来てくれた斑鳩(いかるが)と女医の御影(みかげ)がいるだけだった。

 御影はカンナに近付き上着を脱がせ、シャツを(めく)ろうとして斑鳩の方を見た。


「ねぇ斑鳩君。カンナちゃん脱がせるんだけど、まだそこにいるつもり?」


 御影は意地悪な言い方で斑鳩をからかった。


「出て行きます。後は宜しくお願いします。御影先生」


 斑鳩は御影に一礼すると医務室から出て行った。


「斑鳩君は紳士ね。カンナちゃんよくあんないい男捕まえられたわね。学園でもかなりの人気なのよ?」


「え!?いや、捕まえてないです!ただ同じクラスなだけです」


 カンナは御影が勘違いしているようなので首を振って否定した。


「そう……でもカンナちゃん、顔赤いのよね」


「え!? 違う! 違います! 多分あれです身体のダメージで熱が……」


 御影は目を細めてカンナを見詰めた。


「まぁいいわ。そのうち分かることだわ」


 そう言うと御影はカンナのシャツを胸の上まで捲った。カンナの下着を着けた胸が(あらわ)になった。


響音(ことね)ちゃんと闘った後もあなたの身体を診たけど……カンナちゃんて凄く美乳よね。羨ましいわ」


「あのぉ……」


 御影がカンナの胸をしげしげと見て感想を述べたのでカンナは恥ずかしそうに口を尖らせた。


「ごめんなさい、つい見とれてしまったわ。あらぁ……久壽居(くすい)君も酷いことするわ。左胸が腫れてるわね。……えっと……氣が使えないんだっけ?」


「……はい」


 御影の眉間の皺を見ながらカンナは小さく答えた。


「恐らくだけど、その氣を使う為のツボを突かれてるんじゃないかな?それがこの左胸、心臓の真上の腫れ」


「そうです。体内の氣の大元(おおもと)のツボ”鼓動穴(こどうけつ)”を突かれました」


「手足が動かない理由は身体中の打撲から来たダメージだと思うわ。骨には異常はなさそうだからそれは寝れば治るとして、氣については私は解らないわ。栄枝(さかえだ)先生なら詳しいと思うから診てもらいましょうか。ちょっと呼んでくるわ」


 そう言うと御影はカンナから離れようとした。


「待ってください!」


 カンナは御影を呼び止めた。


「何? カンナちゃん」


 御影は振り返り尋ねた。


「氣は……暫く使えなくていいです。それに身体が動くようになれば自分で鼓動穴を突けますから」


 御影は意外そうな顔でカンナを見詰めていた。


「そう……カンナちゃんがいいって言うならそれでいいけど……」


 御影は胸の腫れに薬を塗り、今度は背中を向けさせ打撲の傷にも薬を塗った。


「私……久壽居さんに”氣”に頼り過ぎって言われたんです。だから暫くの間氣を使えない状態で自分の基礎体術だけを磨きたいんです。氣が使えたら……私また氣に頼ってしまうかもしれないし……」


 カンナは悔しさで顔を歪めた。

 御影は頷いた。


「分かったわ、カンナちゃん。それじゃあ今日はそこで休んでいきなさい。動けるようになったら勝手に帰っていいわよ。それにしても健気ね。そんなにボロボロになってまで上を目指すなんて」


「私は……体術で誰にも負けたくないんです!」


 その言葉に御影はニコリと微笑んだ。





 結局その日は医務室で寝てしまっていた。

 目が覚めた時には朝で医務室の窓から朝の日差しが射し込んでいた。

 カンナはゆっくりと上体を起こした。まだ背中を地面に叩き付けられた時の痛みがあるが動けるまでには回復していた。

 カンナが辺りを見回すと、御影が自分の机に突っ伏したままで眠っていた。一晩中付いていてくれたのだろう。

 カンナはベッドから降り、御影の横に近付くと気配を察知したのか御影はゆっくりと目を開けた。


「おはよーカンナちゃん……身体どう?」


 御影は机に突っ伏したまま欠伸(あくび)をしながらカンナに話し掛けてきた。


「まだ少し痛いですが、もう動けるので大丈夫です。御影先生、ありがとうございました」


 カンナは深々と頭を下げて御影にお礼を述べた。


「お大事にねー」


 御影はカンナに手を振りながらまた眠りに堕ちた。

 カンナは少し微笑み、そして静かに部屋を後にした。





 久壽居はもう学園を去った後だった。

 そしてこれを機に学園を離脱した。

 生徒たちの序列の変動はない。5位以上の上位序列が離脱した際はその序列を空席のままにするようだ。つまり序列3位が空席となった。

 カンナは医務室からそのまま体得師範の重黒木(じゅうくろき)の部屋を訪れその事を聞かされた。


「どうした。久壽居に勝ち逃げされたのが不満か、澄川(すみかわ)


 カンナが寂しそうな目をしていたので重黒木が言った。


「いえ。ただ、せっかく知り合えたのにもう接点がなくなっちゃったなぁと思いまして」


「今度会う時にお前の体術で久壽居を倒してやったらどうだ?それが今のお前がやるべき事だと思うぞ」


「はい! もちろんそのつもりです!」


 カンナの決意していた想いを、重黒木は見透かしたように言った。

 重黒木は自分の深い椅子に座ったままカンナを見た。


「それで、俺に稽古を頼みに来たんだろ?」


「流石師範。お見通しでしたか」


 重黒木は無表情だった。いつも冷静で寡黙な男である。


篝気功掌(かがりきこうしょう)は”氣”を使うことで一撃必殺を可能にする。一撃で倒せる分、何十人何百人でも倒す事が出来る。では澄川。久壽居のような氣が効かぬ相手、若しくは篝気功掌の弱点を突いてくる相手の場合どうする?」


 カンナは重黒木の問に俯いた。


「正直、そんな相手が存在するとは思っていませんでした。でも久壽居さんと闘ってみて私が”氣”を使わなければ並の体術使い以下だと言う事を嫌というほど思い知らされました。悔しくて悔しくてたまりませんでした。だから私は、氣を使わずに己の体だけで闘う術を磨こうと思い、本日伺ったのです。重黒木師範。どうか私に稽古を付けてください!」


 カンナは深々と頭を下げた。

 重黒木は相変わらずの無表情でカンナを見ていた。


「氣を使わないという事は、篝気功掌を捨てるという事か?」


「違います!」


 重黒木の問にカンナは瞬時に否定した。


「”氣”と”(たい)”を極めてこそ篝気功掌の真髄。どちらも篝気功掌には必要不可欠なもの。私はまず、基本に還り”体”を極めようと思いました。今私は”鼓動穴”というツボを突かれていて氣を使えません」


「なるほどな。ようやくお前は篝気功掌に向き合う気になったという事か。良かろう。体術は教えてやる。”氣”については俺は分からんぞ?」


「体術を教えて頂ければそれで十分です! 私に体術の基本から教えてください!」


 これまで体術なら誰にも負けないと思ってきた。父以外の者に体術で負けた事はなかった。しかし、久壽居には全く歯が立たずに負けた。悔しさで涙が溢れた。もうそんな思いはしたくない。


 ────体術では絶対に負けない────


 その想いはもう崩したくない。その為ならつまらないプライドなど捨ててやる。


 ────私に体術を教えてください────


 今なら言える。この言葉。自分は弱かった。強くなりたい。

 カンナの真剣な眼差しに重黒木は頷いた。


「澄川。だが今日はもう少し休め。稽古は明日からだ。そんな身体では俺の稽古には耐えられん。明日の朝、学園の体術訓練場に来い。明日からは授業があるからその前に付き合ってやる」


「わかりました。師範」


 カンナは一礼し部屋を出た。





 

 舞冬(まふゆ)割天風(かつてんぷう)の執務室の天井裏に侵入していた。

 隠密で動くのは身軽で素早い舞冬にとっては得意中の得意だった。しかし、得意武器の方天戟(ほうてんげき)だけは大き過ぎて隠密行動には向かない為腰に挿した短刀だけを持って行動する。

 割天風と言えど、気配を殺す事に長けた舞冬の気配は感じ取ることは出来ないはずだ。

 舞冬は息を潜め天井の板の隙間から割天風の様子を窺った。

 外は日が沈んで間もなく、部屋にはランプの(あかり)(とも)ってゆらゆらと割天風の影を揺らしていた。

 割天風は何やら資料を見ているようだが内容までは見る事が出来ない。


「なかなか思うようにはいかんのぉ。久壽居が抜けた今使えるのは瞬花(しゅんか)とまりかくらいじゃのぉ」


 割天風の部屋には今他に人はいない。

 独り言。

 舞冬は首を傾げた。

 今の言葉はどういう意味だろう。

 すると部屋に誰かが入って来た。

 腰に2本の刀を挿した女。畦地(あぜち)まりかだ。

 舞冬はまりかの動向も注意深く見た。

 しかし、まりかは部屋に入ると割天風の前で立ち止まり動かなくなってしまった。

 舞冬は息を呑んだ。


「総帥……」


 まりかが静かに言った。

 割天風は何も言わず手に持っていた資料を机の上に置いた。


「何人だ」


「1人」


 舞冬はまさかと思った。

 その時まりかが急に天井裏に隠れていて見えないはずの舞冬の方を見た。

 目が蒼く光っている。


 ────神眼(しんがん)!?────


 まりかは微笑んでいる。

 舞冬は舌打ちをしてすぐに天井裏から脱出し割天風の執務室から離れた。


「殺すなよ、まりか」


「殺しちゃうかもです」


 まりかは笑顔で部屋を出た。




 辺りは日も沈んだ暗闇である。

 舞冬は走った。

 怖くなった。

 割天風の言葉の意味は解らない。しかし良くない事だという事は何故だか感じた。

 そして何より畦地まりかに盗み聴きしていた事がバレた。

 舞冬はとにかく走った。近くの木立(こだち)に逃げ込んだ。とりあえずここで騒ぎが起こるかどうか様子を見よう。

 舞冬は呼吸を整える為深呼吸をした。


「舞冬。逃げ切ったつもりなのー?」


 舞冬の首元には(やいば)が突き付けられていた。

 いつの間に背後を取られたのだろうか。

 舞冬は背筋が凍った。


「畦地まりか……!!」


「はーあーい?」


 まりかはいつも通り舐めた返事を返して来た。


「私を……殺すの?」


 背後にいるまりかに問い掛けた。


「そうしたいんだけど、総帥が殺すなってさぁ。私あなた嫌いだから殺してもいいんだけどさ」


 まりかは舞冬の首に刀を押し付けてきた。


「総帥は何を企んでるの!?」


「本当にあなたって馬鹿よね!教えるわけないじゃない。詮索しなければ平和に暮らせたのにね。どいつもこいつも」


「斑鳩さんの事!?」


「あら。そこまで気付いてるんだ。やっぱり、殺しちゃうかな!!」


 舞冬の首に突き付けられた刀が動く瞬間、舞冬は身を屈め、まりかの脇腹に肘を入れて吹き飛ばした。


「うっ!?」


 舞冬はすぐに反転し逃げ去った。


「待ちなさい!!! 臆病者!!! 私に手を出して……!! 絶対殺す!!!」


 舞冬は一心不乱に走った。

 逃げているうちに森の奥へ奥へと入って行った。

 後ろからはまりかが追って来ている。

 逃げなければ……殺される。

 足場が悪い森の中を必死に走り抜ける。

 追い掛けてくるまりかは笑っていた。

 狂っている。

 目の前が拓けた。

 海が見える。

 東の岩壁の上。

 とうとう追い詰められた。


「そうねぇ。1つだけ、あなたが助かる方法を教えてあげるわ」


 行く手を阻む海を見て次の手を考えていた舞冬の背後からまりかがにこにこしながら近付いてきた。


「舞冬。私の奴隷になりなさい」


「は?」


「私に忠誠を誓うなら命だけは助けてあげる。どうする? 死ぬ? (ひざまず)く?」


「私があなたの足の指の間でも舐めればいいの?」


「そこまで指定はしてないけど、まぁそんなところね」


「とんだ変態さんなのね、まりかさん。可愛い顔して気持ち悪いわ」


 舞冬は両手を広げ首を振った。


「そう……あなたに変態と言われるなんて夢にも思わなかったわ。じゃああなたはただでは殺さずにすんごく苦しめていたぶってあげる。私、変態だから」


 まりかは言い終わらぬうちに舞冬に斬りかかった。

 舞冬は腰の短刀を抜き刀を受けた。

 まりかの1本の刀を弾いてもまた別のもう1本が襲って来る。

 舞冬は素早い身のこなしでまりかの二刀流を受けていく。


「まさかとは思うけど、そんな短刀で私を倒せると思ってないわよね? ってか、響音のクズに102回も負けてる時点で私に勝てるわけないじゃないの」


 舞冬の後ろ回し蹴りがまりかの左肩に当たった。まりかは少しバランスを崩したがすぐに体制を立て直した。


「響音さんを馬鹿にしないでよ!」


 舞冬はまりかの2本の刀を上手く弾きつつまりかの腹に蹴りを入れた。

 まりかは僅かによろめいただけだった。


「あーー!! もーーー!! 痛い!! ムカつく!!」


 まりかが苛立って叫んだ。

 舞冬が斬込む。

 しかしまりかの身体に舞冬の(やいば)は届かない。


 ────方天戟(ほうてんげき)さえあれば────


「方天戟さえあれば?」


 舞冬は心の中で思った事を言い当てられ動揺した。

 まりかの眼は不気味な紋様を浮かべ蒼く光っている。


「方天戟さえあれば私に勝てたかも? って?」


 まりかは舞冬の身体に蹴りを入れた。

 舞冬がよろめいた。


「無理に……決まってんでしょおおおがぁぁぁあ!!!」


 バランスを崩した舞冬にまりかが怒声を上げながら2本の刀を振った。

 舞冬の身体からは鮮血。宵闇に不気味に舞った。

 僅かに後ろに跳んで躱した筈だった。しかしその行動が自ら地面のない場所へと跳んだ事を舞冬は自分の舞い散る赤い血を見ながら悟った。


「あなたは血を吹き上げる姿がお似合いね。舞冬」


 舞冬の視界はまりかの笑顔を捉えそして真っ暗な空へ……


「しくじっちゃったな……」


 呟いた舞冬は誰も探しに来ないであろう真っ暗な海に落ち、そして沈んでいった。


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