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序列学園  作者: あくがりたる
虎狼の章
49/138

第49話~傲り~

 カンナはうきうきしながら体特寮の中庭に出た。

 久壽居(くすい)斑鳩(いかるが)はカンナの後からゆっくりと歩いて来た。


「久壽居さん。一応確認ですが、序列仕合若しくは制裁仕合以外の生徒同士の戦闘行為は禁じられています」


 斑鳩が準備運動をするカンナを見ながら言った。

 その言葉にカンナは伸脚(しんきゃく)を止めて固まった。


「分かってる。勿論、特権を使う。ま、使わなくても、お互いの合意がある以上どちらかが学園に訴える事もないんだがな」


 その言葉にカンナはほっとして準備運動を続けた。

 斑鳩を見張る3人の監視はまだ近くに潜んでいる。一体何者なのだろうか。


「よし。来い。澄川(すみかわ)


 久壽居が呼び掛けてきた。

 カンナは構えた。


「澄川。本気で行ったほうがいいぞ」


 斑鳩が真顔で助言をくれた。

 確かに、響音(ことね)戦や影清(かげきよ)戦でも本気を出さざるを得なかった。今回は序列3位の男。そして体特最強の男。

 カンナは氣を溜めた。


「行きます!」

 

 カンナは久壽居に向かって走った。

 両手を得意の手刀に構えた。

 久壽居は直立しているだけで全く構えようとしない。

 影清との制裁仕合の時は影清が油断していたから体術であと一歩の所まで追い詰められた。今回も久壽居が油断していれば勝てるかもしれない。そう、カンナは久壽居に勝つつもりで挑んだ。


篝気功掌(かがりきこうしょう)斬戈掌(ざんかしょう)!!」


 カンナの右の手刀が久壽居の左側から首を狙う。

 久壽居はカンナより30センチ以上も背が高い。

 跳んだ。

 首。

 当たった。久壽居の首を打つ感覚。

 続け様に左の手刀で久壽居の後頭部を打った。

 そして久壽居から距離を取り着地。

 斬戈掌が当たれば筋力の低下を引き起こす事が出来る。久壽居は攻撃が出来なくなる。

 つまり、カンナの勝ちだ。

 カンナはあまりにも呆気なく勝負が決まった事に違和感を覚えた。

 カンナが久壽居の方を見た。


「おい。澄川。何やってるんだ? 早く掛かって来い」


 久壽居は何事も無かったかのようにカンナに話し掛けてきた。

 ダメージがなくとも、筋肉の機能は阻害した。阻害した筈だ。

 久壽居はカンナを見てまた仕掛けてくるのを待っているようだ。

 カンナはまた久壽居に向かって走り手前で跳んだ。

 側頭部に右回し蹴り。

 今度は久壽居は左手でその蹴りを受けた。その時、カンナの視界に久壽居の大きな右の掌が入った。カンナは久壽居の頭に蹴りを入れる為飛び上がっていたので避けられない。

 久壽居の右手はカンナの細い首を力強く掴んだ。


「ぐっ!」


 カンナの呻き声。

 そして久壽居は容赦なくカンナの左胸を人差し指で突いた。

 カンナは声にならない声を出し後方に吹き飛ばされた。

 地面に落ちる寸前にカンナは受け身を取り着地した。


「ほう。流石に受身は申し分ない。だが、打たれ弱いな」


 カンナは地面に這いつくばりながら久壽居を見上げた。

 斑鳩は終始無表情でその様子を見ていた。

 カンナはよろよろと立ち上がり、氣を溜める動作をした。しかし、カンナはある異変に気付いた。


 『氣』が溜められない。


「何かあったか? 澄川」


 久壽居はカンナの異変に気付いているようだった。

 カンナは呼吸を整え落ち着いた。

 何故氣が溜められないのか……

 そんな事を今は考えている場合ではない。

 カンナは再び久壽居に突っ込んだ。氣を使えない状態で序列3位に立ち向かう。カンナの心には恐怖が渦巻いていた。


「はぁぁぁぁ!!」


 カンナは叫んだ。

 久壽居は相変わらず構えない。

 構わずカンナは全力で正拳を打ち込んだ。しかし、もうそこに久壽居はいなかった。

 カンナの正拳を放った右腕は強い力で引っ張られ、何がなんだか分からないうちにカンナは地面に叩き付けられていた。


「あ……は……あれ……?」


 カンナは地面に大の字で仰向けに倒れていた。

 立ち上がろうとしても身体が動かない。

 久壽居が近付いてきてカンナの顔を見下ろした。


「澄川。お前は『氣』の力に頼り過ぎだ。例えば、氣が効かない相手に出会った時。例えば、氣が使えない状況に陥った時。勝敗を決するのは結局は体術の力の差だ。お前は自分が体術では秀でていると思っていないか?」


「私は……体術では……絶対に負けません」


 カンナはその言葉だけを胸に今まで闘ってきた。事実、体術で負けた事はなかった。

 しかし、今、自分の状態を目の当たりにしてその言葉を言った時、悔しくて堪らなくなった。氣は溢れてこない。代わりに涙が溢れてきた。



 ────私は体術で負けた────



「澄川。篝気功掌は世界最強の体術だと俺は言ったな。あれは嘘じゃない。澄川師範は言っていた。『氣』と『(たい)』が一体になってこそ篝気功掌の真髄だと。事実俺は篝気功掌を極めた澄川師範に勝つ事が出来なかった」


 久壽居の言葉にカンナははっとした。「『氣』と『体』が一体になってこそ篝気功掌の真髄」確かに父が良く言っていたことだ。カンナはそれが出来ていると思っていた。だが負けた。つまり出来ていなかったのだ。


「お前は氣も体もまだまだだ。それじゃあ斑鳩にも勝てないな」


 カンナは目を閉じた。恥ずかしさで顔を隠したい気持ちだが手さえも満足に動かない。


「それとお前に足らないものがもう1つある」


 久壽居が人差し指を立てて言った。


「相手を知ることだ」


 久壽居は穏やかな口調だった。


「お前の篝気功掌という体術を俺はかつて澄川師範に教わろうとしたと言っただろ? 体得するには至らなかったがその弱点は知っている。『氣』を封じるツボ。『鼓動穴(こどうけつ)』」


「……え!? そうか……だから私……氣が」


 カンナは負けるべくして負けた事をようやく理解した。


「『()を知り己を知れば百戦(あや)うからず』。精進(しょうじん)しろよ。澄川」


 久壽居は手を振りながらどこかへと歩いて行ってしまった。


「ありがとう……ございました、久壽居さん」


 カンナは声を絞り出して去り行く久壽居の背中に言った。


「大丈夫か? 澄川」


 大の字で倒れたままのカンナに斑鳩が駆け寄り声を掛けてくれた。


「あ……大丈夫……ですが、身体が動かないです」


「手を貸すよ」


「え!? いや、大丈夫です、1人で何とかしますから」


 カンナは斑鳩がかなり近くに来たので思わず断った。


「動けないんだろ? 医務室に運んでやる」


 そういうと斑鳩はカンナの背中と膝の下に手を添え抱き上げた。


「や! ちょ、ちょっと斑鳩さんこの格好……凄く恥しいです、下ろしてください!」


「黙ってろよ、さっきから文句ばっかり」


 斑鳩のお姫様抱っこにカンナは今までに感じた事のない恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。頼んでも下ろしてくれないのでカンナは斑鳩の胸に顔を(うず)めた。

 斑鳩はカンナを抱えたままゆっくりと歩き出した。


「澄川。負けることは成長出来るチャンスだ。気を落とすなよ」


 斑鳩はカンナに優しい言葉を掛けてくれた。


「斑鳩さんは私の体術どうでした?」


 カンナは斑鳩の胸に顔を埋めたまま尋ねた。


「久壽居さんの言う通りだと思ったよ。ま、久壽居さんがあんなにアドバイスくれるなんて珍しいから、プラスに考えろよ。まだ強くなれるってな」


 カンナはちらりと斑鳩の顔を見上げた。

 斑鳩はカンナの視線に気付き微笑んだ。

 カンナは胸が締め付けられるような気持ちになりまた斑鳩の胸に顔を埋めた。









「ふーん。あー。ムカつくねー! 久壽居さんと斑鳩さんが一緒にいると思って見てたらさー、あの女もいるんだもんね。しかも斑鳩さんにお姫様抱っこしてもらってるよ。どう思う光希(みつき)?」


「ムカつきますね」


 カンナと久壽居が闘った中庭の木立(こだち)の中で周防水音(すおうみお)篁光希(たかむらみつき)は一部始終を見ていた。


「私ね、光希。あの女。殺したい程憎いの」


 水音は光希にそう言うと目の前の木の幹に拳を叩き込んだ。

 バキっという音がして木の幹が砕け散りそこだけ拳の形に抉れた。


「急にしゃしゃり出てきたクソ女がさ! 何て汚い奴なのよ! 何であんな女が斑鳩さんとイチャイチャしてるのよ!? 私決めたわ光希」


 水音は凶悪な顔で光希を見た。


「あの女。澄川カンナを殺す。手伝ってくれるわよね?」


 光希はニヤリと笑った。


「もちろんです。水音のやることなら協力しますよ」


 光希は水音が砕いた木の幹をぽんぽんと叩いた。そしていきなり蹴りを放った。蹴りを食らった木は完全にへし折れバキバキと音を立て地面に倒れてしまった。


「あはははははは!! さっすがぁ! 光希!! 澄川カンナもこんな風にしてやろうねー!!」


 水音は狂気に駆られ狂ったように笑い出した。


「私と水音の2人ならあの女潰せますよ。絶対に。だって、あの女。弱いですもん」


 比較的大人しい光希も凶悪な笑みを浮かべた。

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