第45話~月明かりの下で~
今回で『偽りの学園の章』は最終話です。ご精読ありがとうございました!
この後もまだまだ続きますので是非是非お楽しみくださいませ!
狼臥村での戦闘があった翌日の朝。村では戦死した酒匂とその自警団の隊員達の葬儀が行われた。
酒匂の父親である狼臥村の村長、邦晃は息子と隊員達の早すぎる死に深く悲しんでいた。しかし勇敢なる戦場での死を遂げられた事については誇りに思うとも発言していた。
カンナ達村当番と斑鳩小隊は全員葬儀に参列し喪に伏した。
村を青幻の手の者から守ったという功績を称えられ、邦晃から謝辞が贈られた。しかし誰も嬉しそうにする者はいなかった。犠牲が多過ぎたのだ。敗北と変わらない。
葬儀は2時間程で終わり、後は村民達で行う事になったので、カンナ達は宿に戻った。
正午になり、陽が高く昇っていた。
学園からの交代の部隊が到着したのはその頃だった。
村の守備には2小隊12人が来た。
師範2人、生徒10人である。
「いつもの戦力に比べると圧巻ですね、袖岡師範、太刀川師範」
「そうだな。斑鳩。こんな大所帯、学園創設以来初だからな」
斑鳩の言葉に馬上の袖岡が豪快に笑いながら答えた。
「それにしても、こんな小さな島を青幻は何人で攻めてくるのかのぉ」
袖岡の隣の師範、太刀川が顎の白い髭を撫でながら言った。
袖岡も太刀川も還暦は過ぎており顔の皺も深く両者髭を蓄えていた。そして師範同士で最も仲が良い。
師範達の他には序列2位の美濃口鏡子、序列6位の外園伽灼の姿もあった。その他下位序列の者達が4名ずつ馬から降り斑鳩に挨拶しに来た。
カンナにも下位序列の生徒達から挨拶があったが斑鳩への挨拶に比べるとどことなく素っ気ない気がした。
茉里にもカンナと同じく体裁上挨拶しているだけに見えた。
つかさや詩歩、蔦浜、キナ、千里は温かく接されていた。人望の差が顕著に現れる。これもこの学園の実態だ。
鏡子が茉里に近づいて行った。
茉里は嬉しそうな顔をしている。
「何本射た?」
鏡子のその問に茉里の表情は曇った。
「5本です。鏡子さん」
「5本? あなたが戦った相手は1人よね? 1人に5本も射るなんて多過ぎるわね」
「申し訳ございません。わたくしの力不足です」
「敵には一矢で向かうべし。伝令の矢を含めても3本までよ」
鏡子が茉里を睨み付けて言った。
茉里は俯いている。
詩歩がその様子を見て2人の元へ近寄った。
「美濃口さん。違うんです。後醍院さんは1本も外したりしてません。むしろ1本で敵を仕留めました。私を援護する為に2本射てくれたんです。私のせいです」
詩歩の言葉を聞いて鏡子は眉を動かした。
「茉里が? あなたを助ける為に規定以上に矢を射たというの?」
「……? はい」
鏡子は茉里を見た。
「申し訳ございません。鏡子さん。他のクラスには関わるなと言われておりましたのに、他のクラスの援護をするような事をして」
茉里が謝罪をした。
鏡子は首を振った。
「違うわ。茉里。他のクラスのいざこざには関わるなと言ったけど、友達の危機に手を貸すなとは言ってないわ。あなたが他人を助けるとは思わなかったから勘違いしてしまったわ。ごめんなさい」
鏡子は頭を下げた。
「詩歩。茉里と仲良くしてあげてね」
詩歩は鏡子のその言葉に驚き、小さな声で「はい」と返事をした。
「そこにいる澄川カンナは以前、クラスの壁を越えて友達を助けたわ。友達を助けたいという気持ちは尊重されるべきものよ。茉里」
茉里は頷いた。
突然名が挙がったカンナは驚いて目を丸くした。
その様子を終始見ていた伽灼は鼻で笑い何も言わずに自分の馬を曳いて宿の厩に歩いて行った。
「それでは、簡単に今回の守備配置を説明する。よく頭に叩き込め」
袖岡が村当番のカンナ達と斑鳩小隊に理事会で決定した配置を説明した。
カンナ達村当番と斑鳩小隊は一時帰還し、学園の守備をするという事だった。
「では、帰還して宜しい。ご苦労だった。後は任せろ」
説明を終えた袖岡がカンナ達に帰還命令を出した。
「了解しました」
帰還の準備が整っていたカンナ達は各々馬に跨り学園への帰路に着いた。
斑鳩を先頭につかさ、キナ、千里、蔦浜、そして村当番のカンナ、茉里、詩歩が続いて駆けた。
茉里が詩歩に馬を寄せてきた。
「さっきはありがとうございます。祝さん。矢の本数の事、口添えして頂いて。別にわたくしの事なんて放っておいても良かったのに」
詩歩は首を振った。
「後醍院さんが尊敬する美濃口さんに誤解されたままなんて、私も嫌ですからね」
「ありがとう」
詩歩の優しさに、茉里は屈託のない笑顔を見せた。
カンナは2人の様子を見て静かに微笑んだ。
「あなたは凄いよ、カンナ」
いつの間にか隣を駆けていたつかさが言った。
「え?」
「村当番出発の朝。あなた達3人の様子を見てたら不安しかなかった。茉里もそうだったけど、詩歩ちゃんもカンナに目も合わせなかったからね。心配だった。でも今は3人とも心から仲良くなれたみたいね。本当に良かった。全部カンナの力だよ」
「そんな事ないよ! 私はただ一生懸命……頑張っただけだし……ただ、一生懸命……」
「それが凄いって言ってるの! 逃げ出すのは簡単だったんだから。カンナは自分の凄さを知るべきだよ」
カンナは目頭が熱くなるのを感じた。
────違う。違う。違う。
私はあなたがいたから頑張れた。あなたが強い人だったから自分もそうなりたくて、あなたに心配掛けたくなくて、強いところを見せたくて────
想いが心を駆け巡った。
「つかさ……」
カンナはその想いを言葉にすることが出来なかった。
「澄川さん、学園に戻ったらゆっくりなさってくださいね。久しぶりのご自分のお部屋ですから」
茉里は微笑みながら言った。
「うん。ありがとう。後醍院さん」
カンナも微笑み返した。
いつの間にかカンナは自然に笑顔が出るようになっていた。
つかさはカンナの自然な笑顔を優しく見詰めていた。
イレギュラーがあり4週間で打ち切りになったがこの日、カンナ、茉里、詩歩の長い村当番は終わりを迎えたのだった。
学園に到着した日の夜。カンナは寮の部屋で窓を開け夜風を浴びていた。
月が綺麗に見えていた。
カンナの部屋と同室の下位序列の生徒である序列20位の周防水音34位の篁光希は学園守備隊に配属されている為部屋にいた。2人は未だにカンナと打ち解けようとしなかった。水音と光希はいつも一緒にいて仲がかなり良い。故にカンナと仲良くする必要などないのかもしれない。
カンナもこれまで何度も会話を試みたが必ずどちらか一方がカンナの話を遮ってしまう。何かをしてくる、という訳ではないのでカンナも怒ることは出来ずいつの間にかその状態のまま時が流れてしまっていた。しかし、カンナは諦めず隙あらば水音と光希に話し掛ける日々を送ってきた。
この日カンナは村当番の疲れから2人に話し掛ける元気もなくうとうとし始めていた。
その時玄関の扉をノックする音が聴こえた。
水音が玄関の扉を明けると月明かりに美しく佇む美男子斑鳩がいた。
「斑鳩さん! こんな時間にどうされたんですか?」
水音が嬉しそうに言った。
光希もすぐに玄関へ走り斑鳩に挨拶に行った。
水音は自分を良く見せようと甘えるような喋り方をしていた。光希は恥ずかしそうに水音の後ろに隠れていた。
「悪いな、こんな時間に。澄川に用があるんだ」
斑鳩がカンナを指名すると水音も光希もあからさまに不貞腐れカンナを呼びに来た。
「澄川さん。斑鳩さんが呼んでます」
水音は無表情でカンナに言った。
カンナは玄関の斑鳩の所に顔を出した。
「疲れてるところ悪いが少し出られるか?」
「はい。大丈夫です」
斑鳩の誘いにカンナは短く答えた。
「えー!? 斑鳩さん、澄川さんに何の用ですか?」
水音が不服そうに言った。
「大したことはないんだ」
そういうと斑鳩はカンナを急かし2人で部屋を出た。
連れてこられたのは体特寮の倉庫だった。普段は鍵が掛かっており、その鍵は斑鳩が持っている。
斑鳩は鍵を外し中にカンナを連れ込み、そして扉を閉めた。
中は真っ暗だった。窓が1つだけありそこから僅かに月明かりが入っているだけだった。
カンナには何故斑鳩がこんな密室に自分を連れて来たのかが寮を出た時から分かっていた。
斑鳩はマッチを擦り、ランタンに火を灯した。辺りが明るくなり斑鳩の端正な顔が目に入った。
「澄川、実は……」
「3人ですね」
斑鳩が話し始めると同時にカンナが言った。斑鳩は微笑んだ。
「流石だな。分かるのか」
「寮を出た時から斑鳩さんを監視する3人の氣を感じました。男か女かまでは分かりませんが恐らくこの学園の生徒や師範ではないと思います」
「だろうな。となると、村人か外部の人間という事になる」
「斑鳩さん。どうして監視されてるんですか?」
斑鳩は大きく息を吐き、カンナを見詰めた。
「学園に戻ってすぐ、俺は総帥に呼ばれた。そこで今回の島の守備任務を外すと言われた。そして学園外への外出を禁じられた。昼間の青幻の別働隊を取り逃がした罰らしい。あの3人は俺が謹慎しているかどうかの監視じゃないかな」
「そんな……今は人手が足りないから斑鳩さんの力は喉から手が出るほど必要なはずだし、罰も重過ぎます。それに3人も監視がいるなんておかしいですよ」
カンナは極力声を殺して喋った。
「澄川。万が一俺に何かあったら体特の実質的なトップはお前になる。その時は頼んだぞ」
斑鳩はニコリと微笑んだ。
「そんな、縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
斑鳩がそこまでの罰を受けるのはおかしい。一体どういう事なのだろう。そして3人の監視。今も倉庫の外に全く動かずに少し離れた所にいるようだ。こいつらは一体何者なのか。カンナは急に怖くなった。
「澄川。この学園はただ孤児を集めて武術を教えるだけの学園ではないぞ。裏では俺達の想像出来ないような何かをやっている。気を付けろよ」
「想像出来ないような事……それって、一体」
「それは分からない。だから俺は謹慎中の身を利用して学園の裏の顔を探ってみようと思う。俺が思うにここは『偽りの学園』だよ」
不意に3人の内の1人の氣が倉庫のすぐ外に近付いて来た。
窓。
覗かれる。
「斑鳩さん!」
「悪い」
斑鳩は咄嗟にカンナを抱き寄せた。
斑鳩の熱と鼓動が伝わってくる。
窓からこちらを覗く気配があった。
見られている。
カンナは恐怖を感じ、自分を今抱き締めてくれている男を抱き締めた。こうしていればどうにかなる気がした。普段ならこちらから始末しに殴り掛かっていっただろう。しかし、今はこの男に任せてしまいたい気持ちになっていた。今まで感じた事のない感情。
「もう大丈夫だ」
斑鳩が呟くと抱き寄せていたカンナを離した。
カンナが我に返り氣を探ると確かに窓のそばにあった氣は離れて元の一定の距離に戻っていた。
誰も来ない密室に男女2人が抱き合う様子。上手く監視の目をごまかせたのだろう。
カンナは斑鳩と目を合わせられず俯いた。
「許してくれ。これが一番自然にやり過ごす方法だった」
斑鳩は申し訳なさそうに言った。
「いえ……大丈夫です」
カンナの鼓動は早かった。顔が暑い。
「さっきの話、他言無用で頼む。俺はお前の力を信じている。大丈夫だ。お前なら体特のトップになっても皆認める。力こそが全てのこの学園ならな」
斑鳩はそう言うと倉庫の扉を開けた。
「送るよ」
「いえ、1人で帰れます。斑鳩さんこそ、気を付けてください」
カンナは斑鳩を見詰めて言った。
「大丈夫だ。いざとなれば3人くらいどうってことないさ。わざわざ呼び出して悪かったな。おやすみ」
「あ……はい。おやすみなさい」
斑鳩はランタンの火を消し倉庫にまた鍵を掛けると1人月夜に消えて行った。
3人の氣も斑鳩をゆっくりと追って行った。結局最後まで3人の監視の姿は見えなかった。
カンナも1人部屋に向かい歩いた。
夜空には不気味なほど綺麗な月。
月光に照らされた斑鳩の顔が頭から離れなかった。同時に斑鳩の言った『偽りの学園』という言葉も頭から離れなかった。
偽りの学園の章~完~




