第43話~あなたの事が嫌い~
遺体回収の作業は3時間程で全て完了した。
村当番専用の部屋がある宿の前でカンナ達村当番と小隊メンバーが斑鳩の帰りを待っていた。
詩歩は身体に浴びた返り血を宿のシャワーで洗い流しさっぱりしていた。
しばらくして斑鳩は白馬で森の方から駆けてきた。
「すまん。遅れて。遺体回収ご苦労様」
馬から降りながら斑鳩は全員に労いの言葉を掛けた。
「いやぁ、やられたよ。斉宮、その捕虜を起こせ」
斑鳩が深刻な顔つきでつかさに指示を出した。
つかさは隣でロープに縛られて座り気を失っている蜂須賀の前にしゃがみ数回ビンタを見舞った。
すると蜂須賀は突然目を開いた。
「とっくに起きています」
「な、何よ。寝たふり?」
蜂須賀はつかさを睨み付けた。
「おい、お前達は囮で、別の奴がこの島に潜入したな?」
斑鳩の言葉にその場の全員が言葉を失った。
何故か蜂須賀も顔をしかめていた。
「私達が囮? どういうことでしょうかね? 私はそんな話は聞いていない」
斑鳩は蜂須賀の目を見た。
「そうか。ということは、お前達には本当の作戦は伝えず、村当番の3人を引き付けさせたのか。青幻め、小細工を」
「ちょっと、どういうことですか? 斑鳩さん!!」
つかさが斑鳩の方を向きながら言った。
他のメンバーも真剣な表情で斑鳩の答えを待った。
「村の西側の岬に不審な小舟が1艘停めてあった。その小舟には村人の格好をした男が2人乗っていた。俺が声を掛けて近付いていくともう1人潜んでいた奴に背後からいきなり襲われた。俺は襲ってきた奴を捕まえようとしたが攻撃を全て殺されて、まんまと海へ逃げられた」
「え……い、斑鳩さんから逃げたんですか!? そいつ。闘玉も躱して?」
抱キナが驚いて言った。『闘玉』とは斑鳩の使用する鉄製の小さな玉だ。斑鳩はそれを投げて体特でありながら遠距離攻撃も可能にする。斑鳩と同じ体特で闘い方を知っているキナは信じられないと言わんばかりの表情だった。
「ああ。面目ない。俺の力が及ばなかったばかりに」
斑鳩は頭を抱えて謝罪の言葉を述べた。
「いえ、そんな、謝ることじゃ……とにかく、斑鳩さんから逃げられるほどの腕の立つ奴がこの島に入ったというなら目的は何なのでしょう?」
カンナが言った。
すると蜂須賀が口を開いた。
「私達は囮でしたか。まぁ、敵を騙すにはまず味方からと言いますからね。さすがは青幻様」
蜂須賀は鼻で笑って言った。
「蜂須賀さん! 本当に知らなかったんですか? それじゃあ別働隊の目的とか心当たりないですか?」
カンナが蜂須賀の前に屈んで訊いた。
すると蜂須賀は声を上げて笑い出した。
「馬鹿な子ですね。知ってても言うはずがないじゃありませんか。さっさと私を殺しなさい。私はもう何も喋りませんよ」
そう言うと蜂須賀はまた目を閉じた。
「仕方ない。その捕虜を学園に連行する。馬に乗せろ。そうだな、蔦浜。抱。お前達2人で連行しろ」
「え!? 俺ですか!?」
蔦浜は驚いて聞き返した。
キナもあからさまに嫌そうな顔をした。
蔦浜とキナは仲が悪い。
「ああ。すぐに行け。捕虜が途中で暴れたら体特のお前達2人の方が都合がいいだろ。俺達の隊はこのまま村で待機する。おそらく柊が総帥の指示を持ってくるはずだからな」
蔦浜は渋々蜂須賀を縛っているロープを柱から解き馬に運んだ。
その作業速度の遅さに苛立ったのかキナは蔦浜の尻に蹴りを入れていた。
カンナはその様子を見て思わず吹き出した。
蔦浜とキナが蜂須賀を連行してから数十分後、舞冬が馬で駆けてきた。
舞冬は斑鳩が急遽借りた大部屋に駆け込んで来た。
「あれ? 大部屋! 借りたんですか? 斑鳩さん?」
舞冬は10人位は入れるであろう大部屋を見回しながら言った。
「村長に報告に行った時無料で1つ部屋を貸してくれたんだよ。それより、総帥からの指示は?」
斑鳩は舞冬を急かした。舞冬は汗だくだった。休まず駆け続けてきたのだろう。
「『斑鳩隊はそのまま村当番と共に浪臥村の守備。後日守備隊を新たに編成して村に派遣する。斑鳩隊と村当番はその守備隊が到着後学園に帰還せよ!』とのことです!」
「了解した」
斑鳩が言うと、カンナ達も返事をした。
「あと、小耳に挟んだ情報なんだけどね」
舞冬が声のトーンを下げて呟いた。
「近いうちに、学園に久壽居さんが戻って来るみたい!」
舞冬の呟きに一同は騒然とした。
久壽居とはカンナが学園に来て以来一度も会ったことがない生徒の1人だ。もはや生徒であるかすら分からない位置にいる男。体特のトップに君臨し、軍の指南役に抜擢され、ここ最近将校として正式に入隊のオファーが来ているという大物。カンナは体特師範の重黒木からその程度は聞いていた。
────会ってみたい。
カンナはそう思った。
久壽居の実力は知らないが、斑鳩の腕前は授業で何度も見ているからなんとなく知っている。正直カンナより格段に上ということはないと思っている。しかし実際に組み合った訳では無いので分からない。噂に聞く『闘玉』という武器を使ってるところは見たことすらないのだ。
「そうか。久壽居さんが戻って来るか。何年ぶりになるだろうな。あの人が学園を不在にして大分長い」
斑鳩が感慨深そうに言った。
「あの、私、久壽居さんにお会いしたいのですが、会えますか?」
カンナが堪らず訊いた。
「そうか。澄川は会ったことがなかったな。だがわざわざ会ってどうするんだ?」
斑鳩が微笑んで言った。
「体術を見てみたいんです。体特トップの体術。ずっと見てみたいと思ってたんです」
「分かった。俺が紹介してやるよ。会ってくれるかどうかは分からないがな」
「ありがとうございます!」
カンナは斑鳩に頭を下げた。
「そうだ柊。ここに来る途中で蔦浜と抱に会ったろ?」
「はい、会いましたよ! 捕虜運んでました。相変わらず喧嘩ばっかりしてますよねあの2人。面白いくらいに。ま、喧嘩するほど仲がいいって言いますし、なんだかんだあの2人はお似合いかも知れませんね」
舞冬はニヤニヤしながら言った。
「蔦浜君には抱さんくらい強気な子の方がいいね」
つかさも笑いながら言ったのでカンナも苦笑しながら頷いた。
「さて、おしゃべりは終わりだ。柊。おそらく今から蔦浜と抱を追い掛けてもお前の方が早いだろう。悪いがもう1度学園へ伝令を頼む」
「え……」
舞冬が信じられないくらいの嫌悪を表情に出したが斑鳩は何も言わなかった。
斑鳩は別働隊が入っていた事を舞冬に簡潔に伝えた。
「わかったよー、行ってくるねー」
カンナは宿の者に頼んで舞冬に水を差し出してもらった。
舞冬は嬉しそうに一息に飲み干した。
「柊さん、大変でしょうが、よろしくお願いします」
カンナが言うと舞冬はカンナの頭を撫でた。
「うんうん! 全然元気が漲ってきた!! 大丈夫! ありがとね!」
舞冬は笑顔で答えるとまた馬に飛び乗り颯爽と駆け去っていった。
「よし、それじゃあ、新居。お前は狼煙台へ行って高所から村を見張れ」
「了解致しました。斑鳩隊長」
新居千里は茉里と同じような上品な受け答えで対応した。千里もお嬢様なのだろうかとカンナは思った。
千里は弓を持ち馬に乗り狼煙台の方へ駆けて行った。
「澄川、後醍院、祝。お前達は1度休め。後は俺と斉宮で村を巡回する」
斑鳩は村当番の3人に気遣いの言葉を掛けた。
茉里も詩歩もホッとした様に息を吐いた。
「よし、行くぞ。斉宮」
「はい、斑鳩さん」
斑鳩とつかさは馬に跨り、2人で村の巡回へ出て行った。
「それでは、澄川さん、今度はわたくしがシャワー浴びて来ても良いでしょうか?」
茉里が立ち上がり髪を弄りながら言った。
「どうぞ」
カンナはニコリと微笑み頷いた。
茉里が浴室へ行ったのを確認すると詩歩がこそこそと話し掛けてきた。
「カンナ、あのね、話があるんだけど……その……2人だけで」
詩歩はもじもじとしていた。顔も心なしか赤い。
カンナは詩歩を連れて村当番3人の部屋に戻った。
「どうしたの? 祝さん」
部屋に戻ったカンナが先に詩歩に話し掛けた。
詩歩はカンナから目を逸らし俯いて座っている。
「あ、あのね。私……」
詩歩の唇が震えていた。
カンナにも緊張が伝わって来る。何を言われるのだろう。
「カンナのことが嫌いなの」
詩歩はカンカン帽を深く被りつばで顔を隠した。
「え……あ……そう……なんだ」
それは何となくカンナも感じていた。出会ったばかりの頃は特に表情だけではなく、態度や言動もそうだった。
カンナも気まずくなり目を伏せた。
「覚えてる? カンナが剣特寮にまりかさんを探しに来た時、私にまりかさんの部屋の場所を聞いたでしょ? あの時、私……あなたの友達じゃないから! ……ってカンナの手を振り払ったよね」
「うん、覚えてる」
「私ね……その時はカンナのことが凄く凄く凄く憎くて……嫌いで……あんなこと言っちゃったの。響音さんが怖かったからじゃなくて私の意思でカンナにあんな態度取ったの」
「どうして……そんなに私のこと?」
カンナは理由を尋ねた。
「あなたのお父さん。澄川孝顕が条約を締結させたせいで私の家庭は地獄に堕ちたの……でも澄川孝顕はもうこの世にはいない。だから私はずっとあなたのことを代わりに憎み続けてきた」
カンナは詩歩の気持ちを聞いて全て合点がいった。
「そう……だったのね」
「でもね、あなたはそんな私の態度を見ても、どんな暴言を浴びせられても、私の為に命懸けで影清さんと闘ってくれた。そして後醍院さんから私を庇ってくれた。私はそんなこと1度も頼んでないのに!! あなたに酷いことしてきたのに!! なんで私に良くしてくれるのよ!? そんなことされたら……私……あなたを憎めないじゃない!!」
詩歩は声を荒らげてそして泣き出した。
詩歩の涙が畳の上にぽたぽたと落ちていく。
「祝さん。私はあなたが憎んでいる父、澄川孝顕にこう言われたの。『人を憎むなよ』って。だから私はあなたを憎まない。ほんの一瞬、憎しみが湧いてしまう時も正直ある。それは私が人間だから。だからあなたが人を憎む気持ちは良く分かる。でもね、私はその憎しみを憎しみのまま終わらせないようにしているのよ。憎しみ合って楽しい人生なんてあるはずがないんだから」
「憎しみのまま……終わらせないって?」
「相手を理解しようとすることよ」
「……え?」
詩歩は顔を上げカンナを見た。
「祝さんは後醍院さんのこと最初は嫌いだったけど『友達』として認めたんでしょ? それは後醍院さんのことを理解しようとしたから出来たことだと思うよ。でなきゃ友達にはなれないからね」
「そういう……ことか」
詩歩はカンナが皆まで言わずにも理解したようだった。
「カンナ……私ね。今はあなたのこと好きよ。あなたは本当にいい人。それが今回の村当番で分かったの」
詩歩は涙を袖で拭った。
「ありがとう」
カンナは笑顔で言った。
「後醍院さんと友達になれたのはカンナのお陰。私ね、村当番初日にリリアさんに泣きついちゃったの。カンナと上手くやっていけないって。でもリリアさんはカンナのこと凄く信頼していて『カンナなら大丈夫』って言ってたわ」
カンナは首を振った。
「祝さん。私のお陰じゃないよ。祝さんが逃げなかったから上手くいったんだと思うよ。もし今回の村当番から逃げてしまっていたら私も後醍院さんも祝さんと仲良くなれなかったから」
詩歩はおもむろにカンナに近付き、そして抱き締めた。
カンナは目を見開き顔を赤らめた。
「ありがとうカンナ。私……これからはカンナの事も友達だと思いたい。今まで酷いこと言ったりしてごめんね。もし許してくれるなら……」
「もう友達なんだから、そんなこといいよ」
カンナは詩歩が茉里に言っていた言葉をそっくりそのまま引用した。
「それ、私が言ったやつ!」
カンナと詩歩は抱き合いながら大笑いした。
カンナはようやく心から詩歩と打ち解けたのだった。




