第40話~茉里vs蒲生~
地面を覆っていたのは無数の死体だった。
胴が裂かれ、首が転がりそれはもう見るに耐えない光景だった。
目の前の男は強い嫌な氣を発していたので迷わず蹴り飛ばした。だが見事にカンナ渾身の蹴りを防がれた。
「澄川カンナね。私は蜂須賀。ちょっと村を見学に行くところだったのですが、邪魔したいようですね。まぁいいでしょう。私が相手になりますよ」
蜂須賀は両手を前に出し構えた。右手を上、左手を下にした構えだった。
「あなたが青幻の手の者というのは本当ですか?自警団を殺したのもあなた達?」
「ええ、そうですよ。あの村人達は襲って来たから倒したまでです」
カンナの問い掛けに蜂須賀は素直に答えた。
「私は祝詩歩。あなた、目的は何なの?」
隣の詩歩が蜂須賀に言った。
「んー、だから見学ですよ。見に来ただけ。なのにあの怖い隊長さんがいきなり襲って来たんですよ。私達は悪くないでしょ?」
蜂須賀は構えを崩さず言った。
「祝さん、この男は私がやる。体術使いよ。祝さんはあっちの剣を持ってる男をお願い。たぶんあいつが自警団の皆を殺した」
「分かった。任せて」
詩歩は背負っていた刀を手に持って酒匂と壬生が対峙している所に向かった。
「ははは、澄川さん。あなた私に1人で適うと思ってるのですか? それにあの剣士の娘さんも。やれやれ、若さゆえの無知ですね。相手の強さも測れないのですか、この学園の生徒は」
蜂須賀は手を広げ溜息をついた。
「蜂須賀さん、挑発ですか? なんだかその言葉をそのまま返したい程、あなたは滑稽に見えますよ」
カンナは無表情で言った。
「可愛い顔して言いますねぇ。私は青幻様の配下なのですよ?あまりふざけた口は聞かない方が賢明だとおもうのですがね」
「いいから、かかってきてください?」
カンナは蜂須賀の言葉を無視して、指先をちょいちょいと曲げて合図した。
蜂須賀は構えを崩さず、そしてもう喋るのをやめた。
詩歩は酒匂と闘っていた剣を持った男の方へ歩いていた。
酒匂も男もこちらをじっと見ていた。
「祝詩歩と申します。いざ尋常に勝負!」
「壬生と申す。本当にお前が俺を倒す気でいるのか? やめとけよ。間違いなくそこに転がってる村人共と同じ目に遭うぞ」
「祝! こいつは俺の獲物だ! 手出すんじゃない!」
酒匂が詩歩に怒鳴った。
詩歩はいきなり怒鳴られたので驚いて身体を震わせた。
「ははは! 味方にビビってるようじゃ本当に救いようがねーな」
壬生は詩歩の挙動を見て笑い声を上げた。
「まぁいいか。男を斬るのも女を斬るのも大人を斬るのも子供を斬るのも大してかわりねぇ。来いよ」
壬生はニヤついて挑発してきた。
それを見て酒匂が壬生に斬り掛かった。
壬生の不意をついた側面からの攻撃。躱すか、防ぐしかない。
しかし、酒匂の胴体は刀ごと真っ2つに両断され血を噴水のように吹き出しながらその場に崩れた。
「酒匂さん!!」
詩歩は驚き声を上げた。
崩れ落ちた酒匂は地面に落ちる瞬間に詩歩と目が合った。
「い、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫。
義父を殺した時と同じ、真っ2つ。
あの凄惨な光景が蘇った。
吐き気がした。立っていられずにうずくまった。
「あぁぅ……うぅ……やめて……やめて……やめて……!!」
様子がおかしくなった詩歩を見て壬生はゆっくりと近づいて来た。
「どうしたんだい? 人が斬られるのがそんなに怖いのかい? 君は人を斬るんだろ? それでよく剣士をやってるね。剣士の恥だな」
そう言うと壬生はうずくまる詩歩に突然蹴りを入れ始めた。
容赦なく何度も何度も蹴りを入れた。
「あうっ……! やっ……! 痛いっ!! やめて……!!」
詩歩の叫びに聞き耳も持たず壬生は笑みを浮かべながら蹴り続ける。
詩歩は頭を必死に庇いながらうずくまることしか出来ない。
人間を蹴る音が何度も何度も響く。
「た……助けて……カンナ……」
遂に詩歩は後ろに蹴り飛ばされ仰向けに倒れた。
身体中に痣や傷が出来ていた。
動く気力もない。
まさか、ここで終わる? カンナに「任せて」と言ったのに何も出来ずにただ蹴り殺される?
情けない。私は剣士。そうだ。剣特の祝詩歩なんだ。せめて一太刀。この男に浴びせてやりたい。
「ああ、この島には雑魚しかいねえのか。この隊長の男も雑魚だったしな。まぁ、女の子をいたぶるのは楽しかった。だがもう満足だ。せめて剣で殺してやる」
壬生は剣を詩歩の首筋に当てた。
詩歩はもう言葉も出なかった。ただ浅い呼吸を繰り返しているだけだった。
壬生が剣を振り上げた。
死ぬ────
そう思った時、壬生の持っていた剣が吹き飛んだ。
「ぐっ」
壬生は詩歩から離れて行った。
良く見ると壬生の右肩には矢が1本突立っていた。
「祝さん? 何やってるんですか? そんなクズ、さっさと片付けなさいよ。あなたが男にいたぶられてるのはあまりにも不快だったからつい手を出してしまったじゃないの」
少し離れた所から茉里は声を掛けてきた。
詩歩は呼吸を整えゆっくりと起き上がった。
「仮にもあなたとは半月以上一緒に過ごしてきたのだから、ここで死なれては後味が悪いわ。ただそれだけよ」
茉里は詩歩を一度見ただけでそれきり詩歩の方を見ることはなかった。
「後醍院さん……」
話を聞いていた壬生が右肩の矢を引っこ抜き2つにへし折り地面に叩き付ける。
「殺す! 貴様ら殺す!」
壬生は吹き飛んだ剣を拾い茉里の方へ走りだした。
詩歩は咄嗟に長刀を一息に抜き壬生の目の前に突きを放った。
壬生は進路を塞がれ急停止して詩歩を睨み付けた。
「貴様が先か……!!」
詩歩は心を研ぎ澄ました。
今は戦場。私情は一旦忘れなければ。
「さっきも見ただろ? 俺の剣は屑鉄の貴様らの刀ごと両断する!」
壬生は詩歩に向かい剣を振り下ろした。
祝詩歩が一方的にやられていた。
普段だったら別に何も感じなかったが、さっきは違った。不愉快だった。
別に相手が男だろうが、自分が男にやられなければ他人のことなどどうでも良かった。
しかし、今は不愉快だと感じてしまう。
それで矢を放った。
とどめまで刺すつもりはなかった。とにかく、詩歩への攻撃をやめさせたかった。それだけだ。
茉里が振り返ると、目の前の蒲生という男が両腕を腰に回した。
次の瞬間、何かが目の前に飛んできた。
反射的に寸前で躱した──つもりだったが、茉里の顔には一筋の傷が出来、そこからは真っ赤な血が流れてきた。
痛い。
「……は?」
茉里は顔の血を手で触り確認した。
「お嬢さんの相手はおじさんだよ? 余所見は失礼だよ?」
柔和な物腰の男はにやけながら茉里を見ていた。
茉里は弓を側の建物の壁に立て掛けて置いた。
蒲生は確かに何か投げてきた。
しかし、その形跡はない。
「暗器使いですか」
「そう、でも凄いね。さっきのを避けるなんて。君結構出来るね」
「ありがとうございます。おじさん」
蒲生は微笑むとまた何かを投げて来た。早くて何かは見えないが恐らくクナイだろう。
茉里は何度も連続で投げられる暗器を上手く躱していった。
「ほほう、お嬢さん、他の武術もやるんだね? 凄いなぁ」
蒲生は茉里の動きを見て弓術以外の武術のスキルを見抜いた。
「あら、良くお分かりですわね。正直あなたには弓を使うまでもないと思っていますのよ」
茉里は暗器を躱しながら蒲生に近づいていき、太ももに仕込んであったナイフを手に取り首に伸ばした。
鉄と鉄のぶつかる音。
蒲生はどこからか取り出したクナイで茉里のナイフを防いだ。
「やはりクナイでしたか」
茉里はすかさず後ろ回し蹴りを食らわした。
「ぬっ……!」
蒲生は右腕でそれを防ぐ。蒲生の左腕がこちらに動く。クナイ。ナイフで打ち落とす。接近。ナイフを振った。顔。
蒲生の左頬に浅くナイフが掠った。
「へぇ、やるね、お嬢さん。これでおあいこだね」
「いいえ、あなたは女の子の、そう、このわたくしの顔に傷を付けたのですから、罪は重いですわ」
壊す。殺す。そう決めていた。
「君たちみたいな中途半端な正義感で俺たちの仕事を邪魔してもらっちゃ困るんだよね」
「中途半端な正義感? もとよりわたくしには正義など御座いませんわ。あるのはあなたをぶち壊したいという衝動のみ」
茉里はにやりと笑った。
蒲生は表情を変えすぐに両腕を何度も振り回した。
「君危ないね。先に始末するよ」
茉里は飛んできたクナイ3本を躱し2本をナイフで打ち落とした。
その勢いで蒲生の懐に入りナイフで腹を狙う。蒲生は後ろに跳び寸前で躱すとまた1本クナイを投げて来た。また茉里はそれをナイフで打ち落とし、さらに距離を詰める。
蒲生も体術での応戦を余儀なくされ、お互いにナイフとクナイのぶつかり合いの応酬が続いた。
徐々に押されていく蒲生。
「ねぇ? どうしたんですの? そんなに息を切らして? 私と遊んでくれると言ったのはあなたの方ですのよ、おじさん」
茉里は不気味に微笑んだ。
「ちっ」
蒲生は機を見て乱撃から逃れた。背を向けて山の方へ走って行く。
茉里は走り去る蒲生を見つめながら建物に立て掛けてある弓を取った。
もう随分離れてしまったが視認は出来た。
「わたくしから離れたのは正解ね。近くにいたらぐちゃぐちゃに壊してしまったでしょうけど、追いかけてまで壊す気はないわ」
茉里は1人呟くと矢を番え、遠く走り去って行く蒲生に狙いを定め弦を引き絞った。
「御堂筋弓術・洗礼死矢」
放たれた矢は真っ直ぐに風を切り遠く彼方に見える蒲生の方へ消えていきそして蒲生はその場に倒れた。
「清き魂よ、穢れた肉体より離脱せよ。そして安らかに眠りたまえ」
茉里は静かに呟くと詩歩の戦況を見に向かった。
いつの間にか詩歩を気にしている自分の心境の変化に茉里は僅かに戸惑いを覚えた。




