第4話~村へ~
外出時は例え任務であっても必ず外出届けを割天風に申請しなければならない。
カンナは今回が初めての任務だった。この学園は学園内だけで生活出来てしまうように様々なものが用意されているのだ。故に外出届けなど出したことはない。
つかさは何度も村当番で外出届けを出していたので慣れた感じで今回も手続きを済ませてくれた。
「カンナ、馬を駆けさせれば村へは2時間で行けるよ。日が沈む前には到着出来る」
つかさは槍術特待クラスの寮の隣の厩舎から立派な馬を曳いてきていた。
「あ……私は借りて来ないと」
つかさは首をかしげた。
「借りる? 自分の馬は?」
「ちょっとね、色々あって貰ってないの」
「そんな、カンナだけ馬を貰えてなかったの?」
「そう、だからすぐに空いてる馬を借りてくるよ」
走り出そうとしたカンナの肩をつかさは掴んだ。
「今から手続きしてたらもっと遅くなるよ。今回は私の馬に一緒に乗っていこう」
カンナの返事を待たず、つかさは自分の後ろにカンナを乗せ、すぐに駆け出した。
「この任務が終ったらカンナがちゃんと馬を貰えるように総帥に話つけてあげるよ。不便でしょ? この学園やたら広いし、馬術の授業だってあるんだから」
「ありがとう」
つかさの背中は自分と同じくらいの大きさだが、どこか大きく感じた。
日が沈みかけ、夕焼けが綺麗に水平線に見える頃、カンナとつかさは村に到着した。
村の端は海と面していて漁が盛んに行われているという話だった。
しかし人々の姿はない。
カンナは響音が村に盗賊団が来ていると言っていた事を思い出した。
「盗賊団は100人もいるって聞いたけど、誰もいないわね、カンナ」
「とにかく村人を探して盗賊団の状況と熊の情報を聞きこう」
「ああ、盗賊団が100人も来てるなら多分みんな避難所に避難してるんじゃないかな? そこ行ってみよ」
この村では有事の際は村はずれの避難地域に避難するという手筈になっているらしい。つかさの提案で、とりあえず避難地域に向かった。
♢
避難地域の入口の門の前にはカンカン帽をかぶり、背丈程もある長刀を持った女の子が1人立っていた。
「あれ? つかささん? 何しに来たんですか?」
「ああ、カンナの熊退治の相棒としてついてきたのよ。詩歩ちゃん、まず盗賊団はどうなってるの?」
序列28位の祝詩歩はつかさの後ろにいるカンナをちらりと見ただけでつかさの後方を指で指した。
「盗賊……団? ここから2キロ位先の村の中心で燈が1人で相手してるわ」
詩歩は何故眉間に皺を寄せて小首を傾げた。
「燈って……火箸燈? 100人の盗賊団相手にたったの1人で?」
つかさは驚いて大きな声を出す。
「100人? そんなにはいないですよ。しょっぱいゴロツキがせいぜい2、30人てところですよ。だから1人で行くって聞かないのよねあの人。特に問題ないと思うけど、一応村の自警団の人達も応援に向かったし、避難対象地区の村の人達はこの避難所に全員誘導しました。私はそれを一応守ってるってところです。ま、大袈裟だとは思うんですけどね」
カンナは響音が盗賊団の人数を多く報告し自分を村に行かせようとしたのだろうかと考えた。
「で、本当に何しに来たんですか? つかささん。熊……とか言ってましたっけ?」
詩歩はまるでカンナなどいないかのようにつかさだけに話し掛けている。
詩歩も響音と同じ剣術特待クラス。口を利くなと言われているのか、自分の意思で無視しているのかは分からない。
「祝さん、私達は熊退治に来たの。村人を襲った熊が2頭いるから退治して来いって言われて」
カンナは試しに詩歩に話し掛けてみた。
「熊退治? そんなの私達がやりますよ。こんなゴロツキすぐ追い払えるんだから、熊だって出てきたらすぐ片付けます。まったく私達の力は信用されてないのかしらね」
カンナは嫌な予感がした。
「あ、もしかして、響音さんが」
「熊はどこにいるの?」
カンナは詩歩の言いかけた言葉を遮った。
鼓動が早かった。
話を聞いていたつかさが怪訝そうな顔で聞く。
「詩歩ちゃん、響音さんがどうしたの?」
詩歩は全て悟ったような表情をしているがつかさの問いには口を閉ざした。
つかさには響音に嵌められた事など言いたくなかった。もしかしたらつかさは事実を知ったら響音と仕合をすると言い出すかもしれない。序列を争うだけの仕合ならともかく、自分に荷担したつかさを響音は許す筈がない。そうなると響音は仕合中につかさを殺すかもしれない。
カンナは響音との決着をつけるのは自分だと、決意した。この任務が終ったら響音に仕合を挑もう。そしてこのいざこざを終わりにしよう。
響音はカンナを熊退治という名目で学園から追い出し、1人で熊退治をさせあわよくば食い殺されるのを望んでいたに違いない。村からの依頼を学園に届けるのは伝令役である響音の仕事。それを利用し盗賊団の人数を偽って学園に報告し、熊退治に新たに人を割かせたのだ。
だが響音の予想に反し、相棒のつかさが見つかってしまった。響音はこの学園の生徒全員が絶対にカンナには協力する筈はないと踏んでいたのだ。
「カンナ、この任務、早く片付けよう。それから響音さんと何があったのか聞かせてもらうよ」
やはりつかさは響音の驚異を知らなかった。カンナがつかさと親しかったのは響音にとっても大誤算だったに違いない。
「わかった」
カンナはそう答えるしかなかった。
「ま、せっかく来たんだから熊退治は任せます。ここから西へ2、3キロの所の畑の作物をよく荒らしに出るって言うから今日もそこに出るかもね」
詩歩が無表情で畑の方角を指さして言った。
とりあえず盗賊団は詩歩と燈の2人に任せて大丈夫そうだ。
カンナとつかさは熊の出現情報がある畑に馬を駆けさせた。