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序列学園  作者: あくがりたる
偽りの学園の章
36/138

第36話~茉里、扇の的を射抜く~

 風が出てきた。

 宿は木造でお世辞にもしっかりしたものではない。少し強い風が吹くと戸がカタカタと音を立てている程だ。

いつもなら2人部屋に通されるところだが、今回は特別に3人部屋が用意されたのでカンナ達はそこに滞在することになった。

 茉里(まつり)は先ほど暴れたことなど忘れたかのように宿の朝食を静かに食べていた。静かにしていれば上品なお嬢様である。宿で出された食事は村で取れた魚を使った焼き魚定食でお嬢様である茉里にとってはかなり質素なもののはずだ。しかし特に文句も言わずに食べていた。カンナは食事の度に暴れられたらと思うと気がきでなかったがどうやら大丈夫なようである。

 詩歩(しほ)はカンナの隣に座っていた。

 詩歩の様子がリリアと話してから少し変わったような気がした。カンナと会話を続けようとしてくれたり、詩歩の方から話し掛けて来るようにもなった。とは言ってもどこかよそよそしく、まだ目を見て話してはくれないし笑顔もない。

 カンナはそれよりも茉里のことの方が気になっていた。放っておけばまた村で暴れだし何かを破壊してしまうかもしれない。村人や仲間である詩歩にも危害を加えてくるかもしれない。先程の茉里の発言で茉里が詩歩に抱いている感情が分かった。放っておけないものである。

 カンナは出来るだけ詩歩とは離れないように行動しようと思っていた。

 3人の食卓に会話はない。

 3人とも黙々と食事をしているだけだった。

 味噌汁を飲みながらカンナは向かいに座っている茉里をちらっと見た。すると茉里も視線に気付き目が合った。茉里はニコリと微笑み箸を置いた。


「さっきはごめんなさいね。わたくしつい取り乱してしまってお見苦し所をお見せしてしまいましたわね」


「私ではなく、(ほうり)さんに言ってください」


 詩歩は箸を口に運んだところで動きを止めた。

 茉里は首をかしげた。


「え? どうして?」


 カンナは苛立った。詩歩に対する侮辱を悪いと思っていないのだ。ここでそれを(とが)めるべきか。しかしまた荒波を立てて面倒事を起こされるのも宿や詩歩にも迷惑が掛かる。

 カンナが黙って考えていると部屋の外から複数の足音が聴こえてきた。

 戸が開くと同時に(いか)つい髭を蓄えた男が何人かを後ろに控えさせ部屋の中に入ってきた。


「お前達か! 着任早々村で暴れたっていう奴らは! 村当番が村で暴れるなんて前代未聞の不祥事だぞ!? 酒屋の男が商品を運ぶための木箱を壊されたと俺に言いに来たんだ!」


 男はいきなり怒鳴り散らし3人の顔を見回した。カンナの顔を見た時表情が動いた。


「お前、初めて見る顔だな。やったのはお前か!?」


 カンナは驚いて箸を置いた。


「違います!」


 カンナが言うより先に詩歩が言った。


「お前は確か祝だな。よく村当番で来てくれる生徒だな。お前じゃないことは分かる。新顔が違うとなると、お前か後醍院(ごだいいん)!」


 茉里は詩歩を睨み付けると一度目を閉じ、怒鳴っている男の方を見た。


「わたくしだったら何か問題でも?」


「当たり前だ! このことは学園に報告させてもらうぞ! すぐに生徒を入れ替えてもらう!」


「あの男の人は誰?」


 カンナは隣で男の怒声に怯えている詩歩に聞いた。


酒匂(さかわ)さん。村の自警団の隊長さんで村長の長男。私達村当番と連携して動いてくれるの」


 村当番の生徒と共に村の警護に付いてくれるという組織があると聞いていたがカンナは詳しくは知らなかった。つまり、実質この酒匂という男が率いる村の男達と学園が派遣する生徒達で村を守るということなのだ。

 カンナは酒匂の言っていることは最もだと思った。村の治安を守るはずの村当番が村で暴れてしまったのでは元も子もない。それにメンバーが再編成になったほうが、正直カンナは嬉しかった。詩歩も同じ気持ちだろう。茉里とは極力関わりたくないのだ。


「おい、新顔!」


澄川(すみかわ)カンナと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」


「そうか、澄川。後醍院がやったのは事実だな?」


「事実ですが、止められなかった私にも責任はあります……申し訳ございませんでした」


「そんな……」


 カンナが謝ったので詩歩は身を乗り出して驚いた。

 茉里は面白くなさそうに口を膨らませていた。


「澄川は礼儀を(わきま)えているようだな。だが、後醍院も以前村当番で来た時はまさにお前の様な模範的な生徒だった。なのになんだこの豹変ぶりは! おい! 狼煙(のろし)を上げろ! 学園に知らせるんだ」


 茉里は酒匂が部下の男達に指示を出したのを見て手を(かざ)した。


「まぁ待ってくださいよ。謝ります。申し訳ございませんでした。箱を壊したのは私ですわ。もう二度とこのような真似は致しませんのでどうか今回は大目に見て頂けないでしょうか?」


 茉里は頭を下げていた。

 それを見た酒匂は宿を出ようとした部下を呼び止め茉里の方を見て腕を組んで言った。


「そうか、反省するんだったら今回だけは見逃してやってもいい。ただし、条件がある。今回不祥事を起こすような奴を送ってきた学園の判断が間違っていなかったということを俺達に証明しろ!」


「どういうことかしら?」


 茉里が首を(かし)げた。


「つまり、『力こそが全て』の学園が送り込むだけの実力がお前にあるかどうかを見せろと言ってるんだ、後醍院!」


「あぁ、わたくしを試すのですね? 分かりましたわ」


 カンナと詩歩は勝手に進む話を顔をしかめながら聞いていた。


「そうだ。後醍院。お前は弓使いだったな? ならば海に浮かべた船の上の(おうぎ)の的を射抜いて見せろ。弓の腕を見るには風情があっていいだろう?」


「あら、そんなこと。お安い御用ですわ」


 茉里はにこりと微笑んだ。

 詩歩はメンバー編成に期待していたようだが、それが保留になったようでガクッと肩を落とした。

 カンナも同じ気持ちだったが表情には出さなかった。




 浪臥村の浜辺からおよそ50mの所に1(そう)の小舟が浮かべられていた。その舟の上には棒が立てられており、その棒のてっぺんには扇が開かれて固定されていた。

 風が強く波が荒いため(いかり)を下ろしてあるとは言え小舟は酷く揺れていて今にもどこかに流れて行ってしまいそうだ。

 カンナと詩歩と茉里の3人はその様子を浜辺から眺めていた。

 これは無理だ。カンナも含め周りにいる誰もがそう思っていた。もし、これで失敗すれば茉里は今回の任務から外される確率が高い。

 カンナは茉里をちらっと見たがその顔は自身に満ち溢れていた。

 カンナは心の中では茉里の失敗を望んでいた。しかし茉里は成功させる気だ。

 詩歩も刀を抱えたまま不安そうに茉里をチラチラと見ていた。


「さあ後醍院。あの扇を射抜いてみろ。風があるがそんなものに左右されるほどの実力ならお前を学園へ帰らせるぞ」


 酒匂は自信に満ちた笑みを浮かべて言った。

 茉里は右手に弓懸(ゆがけ)(弓を引く際に右手に付ける革の手袋のようなもの)を付けながらにやりと笑っていた。

 酒匂の部下が茉里に3本の矢を渡した。


「3本も要りませんわ。1本で充分です」


 茉里はそう言うと1本だけ矢を取って浜辺を歩き出した。


「随分と自信があるんだな? 俺は3回チャンスをやろうとしたのに、それを自ら棒に振るとは。まぁ俺はどちらでも構わんがな」

 

 酒匂は笑いながら言った。勝利を確信しきった物言いだった。

 カンナも詩歩も黙って茉里の様子を見ていた。

 茉里が足を止めた。

 脚を開いて弓を構えた。


「それでは参りますよ」


 酒匂はニヤニヤと茉里の様子を見ていた。

 茉里は(つる)をゆっくりと引き絞った。


 静止。



 全ての時が止まったような感覚。


 風は海上の小舟を揺らしその上の扇も上下左右に激しく揺れていた。

 茉里は扇に狙いを定めている。1本だけの矢だ。絶対に外すことが出来ないという重圧が襲い掛かっているはずだ。

 その時一瞬凄まじい()を感じた。今までずっと一緒にいたが一度も感じたことがない程の強い氣を茉里が放った。詩歩も何かを感じたようで目を丸くしている。


 風を切る音が聴こえた。


 矢が放たれていた。


 その矢は真っ直ぐ風の力などものともしないで扇の方へ飛んでいきそして真ん中に当たった。矢はそのまま貫通したようで海に落ちた。

 矢を放った後の茉里は残心(ざんしん)(武道で動作の終了後も精神を集中して構えること)。その姿はとても美しかった。


 誰もが予想しなかった結果に酒匂を始め村の自警団の男達はただ呆然と立ち尽くしついた。

 茉里は酒匂の方を向き顎でクイッと扇の方を示した。

 酒匂はバツが悪そうに歯軋(はぎし)りしていた。

すると茉里はカンナの方を向きにこりと微笑んだ。

その笑顔はとても純粋無垢でカンナは初めて茉里のことを可愛いと思った。


「まさか……御堂筋弓術みどうすじきゅうじゅつを使う奴が美濃口(みのぐち)の他にも学園にいたとはな」


 酒匂が茉里に言った。


「鏡子さんはわたくしの師匠ですわ。さ、これで文句はありませんわよね? 酒匂様?」


「分かったよ、約束だ。ただし、もう二度と暴れるんじゃねぇぞ」


 そういうと酒匂は部下を引き連れ引き上げて行った。


「凄いですね。1発で扇を射抜くなんて。ところで御堂筋弓術って?」


 カンナは弓懸を外し、弓の弦を外している茉里に聞いた。


「弓術界最強と謳われた古武術の1つ。もう使い手はこの世界には鏡子さんと私しかいませんわ。動く的を射る事が基本。全ての動きを先読みするのです。酒匂様はわたくしの謝法を見て鏡子さんが村当番だった頃の姿を思い出したのかもしれないわ」


 なるほど、とカンナは頷いた。

 詩歩が隣で石ころを蹴っていた。

 その様子を見ていたカンナは詩歩と目が合った。すぐに詩歩は恥ずかしそうに目を逸らした。

 茉里が弓具の片付けを終えるとカンナに近付いてきた。


「せっかくだし、このまま2人で村を回りましょう? 澄川さん」


 2人で。

 詩歩は眼中にないとでも言うのか。やはりその様な扱いをすることをカンナは許せなかった。

 詩歩がこちらを寂しそうな目で見ている。


「3人で回ります」


 カンナは凛として茉里に言い放った。


「澄川さんの言うことなら聞くわ。私より澄川さんの方が序列は上だし。それに……」


 茉里は言葉を最後まで言わず下を向いた。


「それに?」


「いえ、何でもありませんわ! さ、行きましょうか」


 カンナが気になって聞いたが茉里は答えなかった。


「祝さん! 行こう!」


 カンナが呼ぶと詩歩はとことこと駆けてきた。

 いつの間にか日は高く昇っていた。

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