第30話~終わりの見えない闘いの始まり~
『剣特騒乱の章』は今回で最終話です。
次回のお話もご期待ください。
ご精読ありがとうございました。
カンナは舞冬の病室にいた。
影清 の神斬からカンナを身を呈して助けてくれたのだ。
その舞冬は緊急手術が終わり、ベッドの上で眠っていた。
かなり傷も深く出血も酷かったが奇跡的に一命は取り留めた。
しかし、意識が戻るかどうかは本人次第だと言っていた。
舞冬のお陰で今回の勝利があった。舞冬が協力してくれなければ神斬の能力も分からなかった。今回の功労者の1人だ。もう1度お礼を言いたかった。
「影清の犠牲者。これで2人目か」
学園の医者の1人栄枝良宣が言った。
「カンナちゃん、いつ目が覚めてもいいように舞冬ちゃんの傷も目立たないように処置したから、後は目が覚めることを祈ってあげて」
もう1人の女医御影臨実がカンナの肩に手を置き言った。
「ありがとうございます、先生方」
2人は腕利きの医者だった。
栄枝は病も怪我も治療する腕利き医師。御影は怪我の治療、特に傷を消す事に関しては栄枝を上回る技術を持っていた。
響音との仕合でカンナの全身の傷を綺麗に消してくれたのも御影の仕事だった。
この学園にはこの2人の医師以外に医療担当者と呼ばれる者が10人いる。その者達は助手のような立場だが各々がそれなりの腕を持っていた。
そしてこの学園の者であるからには医療担当者も武術に長けていた。
カンナが見る限り、立ち振る舞いから栄枝も御影もそこそこの腕はあるようだ。
舞冬の隣のベッドには影清の最初の犠牲者、逢山東儀が眠っていた。彼も意識不明の重体だった。影清は対戦相手を殺さないにしても死なない程度にしか手加減していなかった。同じ学園の生徒なのに、あまりにも残酷だとカンナは思った。
「影清も怪我したようだな。私の部下の手当てで事足りたと聞いたが、奴に怪我を追わせたのは誰だ?」
栄枝が興味深そうに聞いてきた。
「剣特の茜リリア、火箸燈、祝詩歩の3人ですが、正確に言うと肩の傷を負わせたのは祝詩歩です」
「え? 祝さんが?」
カンナが答えると御影は驚いた様子で言った。
「祝さんは仕合には出ていないはずでしょ? どういうこと?」
「リリアさんと燈の闘いを見て自分の過ちに気付き自分も一緒に闘うって言って、自ら影清さんと闘いに金網の中に
入ったんですよ。でも祝さんは無傷ですよ」
カンナが簡潔に説明した。
「そうだったのね。無事で良かったわ」
御影がほっと胸をなで下ろすと、栄枝も腕を組みながら頷いていた。
部屋の扉が開いた。
リリアと燈、詩歩が入って来た。
「みんな!」
カンナが3人に近付いた。
「舞冬さんは!?」
リリアが聞いた。
「意識はまだ戻らないが命に別状はないよ」
栄枝が答えた。
「そうですか……」
リリアも燈も詩歩も複雑な表情で俯いた。
「そういう燈も怪我してるんじゃ?」
カンナが燈を見て言った。顔には応急処置のガーゼなどが当てられていた。
「あぁ、別に大した事はないよ。肋骨にヒビが入ってるらしいから栄枝先生に診てもらえって」
「それを早く言いなさい!」
「ま、待って! 大丈夫だから! そんな焦らなくても……いてーって!」
栄枝と御影が嫌がる燈を無理矢理ベッドに寝かせていた。
「医療担当者の方達の話だと、影清さんの力が何故か弱まっていたから燈は肋骨のヒビで済んだけど、万全だったら死んでたかも……って。カンナのお陰よ。ありがとう」
リリアはにこりと微笑んだ。
「いえ、もっと弱らせておけばこんな事には……」
リリアは舞冬の隣のベッドの逢山東儀を見た。
「逢山君も目を覚まさないのね」
リリアは悲しそうな顔で東儀を見つめていた。
「何でこの学園は生徒が危険な目に遭うような制度が存在してるのかしら。私はそれが疑問よ」
突然御影が言った。
病室の全員が一斉に御影を見た。
「序列仕合にしろ制裁仕合にしろ、死ぬ間際まで闘わせて全て自己責任っていうんだからさ。まだ若い子達ばかりのこの学園でそんな命のやり取りみたいなことをするなんておかしいわよ。そう思わない?」
御影は恐らくカンナ達生徒に問いかけたのだろう。
カンナが答えようとする前にリリアが口を開いた。
「私もおかしいと思います。私は総帥の側近をここ数年務めてきました。しかし、私が疑問に思ったことをいくら訊いても何一つ教えてはくれませんでした。もちろん、序列仕合が『命』までをも賭けるその意義もです」
「つまり……」
カンナが言うとリリアは答えた。
「総帥は何かを隠しています」
リリアの言葉に全員が言葉を飲み込んだ。
暫くして栄枝が口を開いた。
「みんな、この話はやめよう。御影も余計なことを言うんじゃない。さあ、さあ、みんな、怪我人だけ残して後は帰りなさい。ここは団欒の場所じゃないぞ」
栄枝は燈をベッドに寝かせたままカンナ、リリア、詩歩の3人を部屋から追い出した。
燈が嫌そうにジタバタしていたのが見えた。
3人は病室を出て扉の前で立ち止まった。
「力こそが全て……」
カンナが呟いた。
リリアと詩歩はカンナを見た。
「そもそも、何で力こそが全てなの? 今回の私達の仕合で力こそが全てではない事が証明されましたよね」
「そうね、確かに絶対的な力も友情と団結で打ち破れたわね」
リリアが言った。
詩歩はカンナをチラチラ見ていたがカンナと目が合うとあからさまに目を逸らした。
「それを学園が良しとしますかね?」
「え? カンナ、どういうこと??」
リリアが目を丸くしていた。
詩歩も驚いた様子でカンナを見た。
「序列仕合も制裁仕合も上位序列の特権も、全ては『力こそが全て』という理想の下にある制度だと思うんです。それを私達は覆してしまった。これは学園の根本を揺るがしかねない。さっきの栄枝先生の様子も不自然でした」
「か、考え過ぎよ、カンナ。私達は正当な形式の仕合で師範の監督の下正当に勝利したんだから。何も悪い事はしてないもの」
リリアが必死に自分達の行いを正当化しようとした。
「私達が受けるべき罰は剣特の追放。それだけ。カンナには何も罰は無いわ。この話はこれで終わりにしよ。なんか怖いよ」
詩歩が恐る恐る言った。
「そうね、ごめんなさい。変なこと言って。それじゃあ私はこれで」
カンナはリリアと詩歩に別れを告げ体特寮に帰って行った。
「私達も行こっか。剣特寮に」
「最後の剣特寮になるかも知れないね、リリアさん。燈も連れて帰りたかったな」
詩歩は寂しそうに言いリリアに甘えるようにもたれ掛かった。
リリアは頬を赤く染め、自分に身体を預けた詩歩の肩に手を掛けた。
「お帰り、詩歩」
「ただいま、リリアさん」
「お前ら、あたしをのけ者にするつもりか!」
背後からベッドで寝てるはずの燈の声が聴こえた。
驚いて振り向くと病室の扉から顔だけ覗かせていた燈が頬を膨らませて2人を見ていた。
「燈!あなた安静にしてないと……」
「聞いてたの? さっきの話」
詩歩が顔を赤くして言った。
「聞いてたぞ! 『燈も連れて帰りたかったな』だって? 可愛いなぁ詩歩ちゃんは」
燈がにやにやしながら言ったので詩歩の顔は真っ赤だった。
「こら! 火箸! 何やってる! こっちに来なさい!」
部屋の中から栄枝の声がして燈は引きずり込まれていった。
リリアと詩歩はその様子を笑いながら見ていた。
3日後。
序列2位の美濃口鏡子が影清に制裁仕合を執行したという話が飛び込んで来た。
その仕合は深夜に行われたらしく、観戦していた生徒はいなかった。師範が取り仕切っていただけである。
その仕合の公示も無かったのでかなり特別な仕合だったのだろう。
制裁の理由は学園の絶対的な理念である「力こそが全て」を揺るがしたことらしい。
影清はカンナが与えた筋力低下のダメージは栄枝の鍼治療によりとうに回復していて詩歩による右肩の怪我が完治していない状態だったが制裁仕合は執行された。影清は四肢に1本ずつ矢を受けてものの数分で敗北したという話だ。
カンナは昼飯時で混み合う学園の食堂で食事をしながらリリアからその話を聞いた。詩歩もリリアの隣で食事をしていた。
「そんな、私達5人掛りでやっと勝てた影清さんを……1人で、しかも怪我していたとはいえ数分で……」
カンナは驚きのあまりオムライスをつついていたスプーンを止めた。
「鏡子さんなら勝てるとは思っていたけど、まさかこんなに実力差があるとはね」
リリアがサンドウィッチをパクリと頬張った。
「やっぱりなんかあるのかな、学園の秘密」
詩歩がうどんを啜りながら呟いた。
「栄枝先生も言ってたけど、その話はしない方がいいわよ、詩歩」
リリアが小声で言った。
「あ、うん、そうだね」
食堂の入口に男が1人現れた。カンナ達を見付けると近づいて来た。体特師範の重黒木だった。
「食事中悪いな。お前達に良い報せと悪い報せがある」
「良い報せから……お願いします」
リリアが言った。
「強制仕合の方針が白紙になった。茜以下下位序列の生徒は全員序列仕合をしなくても良い。影清が美濃口にやられたのは知ってるな? 影清は全治2ヶ月の重症だ。1人で歩くことも出来ない。それに伴い影清は剣特を統率出来ない状態なので一旦白紙に戻すということだ。茜と祝、そして火箸の剣特追放もなしだ」
「ホントですか!!? 私達剣特に残れるんですか!? やったね! 詩歩」
「良かった……本当に良かった! 早く燈にも知らせてあげなきゃ!!」
リリアと詩歩の歓喜にカンナも自然に笑顔になっていた。
「それで、重黒木師範。悪い報せは……?」
気持ちを切り替えたリリアが訊いた。
「茜リリア、お前の割天風総帥の側近の任を本日をもって解く」
「え?」
リリアが思わず声を出した。
カンナと詩歩は声も出せずにリリアを見た。
「私が……クビ……ですか?」
「そういうことになる。後任は決まっている」
「ちょっと待ってください! どうして私がクビなんですか!? 私はこれまでしっかりと任務に従事してきました! 解任される理由は何なんですか!?」
リリアはとても真面目で責任感が強い性格の為、理由無き解任が納得いかないのだ。
カンナと詩歩は口を挟めずただ成り行きを見守っていた。
「後任に立候補した生徒が”特権”を使った」
「ってことは……後任は序列5位以上……」
リリアの目は光を失っていた。
「それで……後任は誰なんですか、重黒木師範」
カンナは嫌な予感がした。
詩歩も息を飲んで様子を伺っていた。
リリアは重黒木の目を見つめた。
重黒木がゆっくりと口を開いた。
「畦地まりかだ」
リリアから全身の力が抜けるのが見て取れた。
詩歩はリリアを心配そうに見つめていた。
重黒木は伝えることを伝えるとすぐに去っていった。
「リリアさん……」
カンナが声を掛けるがそれ以上の言葉は出てこなかった。
「あ、ごめんね、大丈夫よ。仕方ないわよ。力こそが全てなんだから。まりかさんが特権を使ったのなら抗うには序列仕合で勝つしかないわ。でも……今すぐにどうこうする気はないわ」
リリアの言葉に力はなかった。
カンナも詩歩もやはり言葉が見つからなかった。
食堂にはいつの間にか誰もいなくなっていた。
この学園に平穏は訪れるのだろうか。
カンナはそう考えずにはいられなかった。
剣特騒乱の章~完~




