第21話~柊舞冬~
学園の校舎の前にある掲示板は剣特の生徒が剣特以外の生徒に仕合を挑むという内容の貼り紙で溢れていた。とはいっても、剣特の男2人が申し込んだものしかなく、その2人が手当り次第に予定を入れているという感じだ。カンナの剣待の知り合いである火箸燈、祝詩歩、茜リリアからの仕合の申請の貼り紙は貼り出されていなかった。
もう一つ、学園で起きた出来事があった。
多綺響音の脱退に伴う序列変動。通例では欠員が出た場合、全て繰り上げで序列が上がる仕組みだ。故に響音の序列8位以下の生徒は皆1つずつ序列が上がることになり、序列8位には柊舞冬、序列9位には茜リリア。という具合に序列の変動があった。欠員は序列40位のみということになる。カンナもこの序列変動で10位となった。
今回はカンナの時のように序列の割込みはないようである。
カンナは体術の授業が終わったばかりで、首にかけたタオルで汗を拭いながら貼り紙が溢れている掲示板を見ていた。もう響音との仕合の傷は完全に治り跡も残っていない。
不意に後ろから両肩を叩かれた。まったく気配がなく、氣を読んでいたわけではないので驚いてその者の右腕を掴み引き倒そうとした。しかし、その者は上手くカンナの手から逃れ横に回り蹴りを放ってきた。カンナはその蹴りを左腕で捌き腹に正拳を打つ。だがそれも払われお互い少し距離を取った。出来る。カンナはそう思った。
「ごめーん! あなたが反応するから私もつい手が出ちゃったわ! 出したのは脚だけど」
「体術使いの背後に気配を消して近付くなんて、殺されても文句言えませんよ」
「だよねー! だからごめんてばー」
軽い感じで喋っているこの女をカンナは知らなかった。同じクラスの生徒ではない。
その女はカンナの首元に顔を近付けクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
流石のカンナも顔を歪め一歩後ずさりした。
「ちょ、ちょっと!? 何してるんですか!?」
「んー、やっぱり女の子の汗の匂いっていいわね!」
「あなたは?」
カンナは蔑むような目でその女に尋ねた。
「私はこの度学園序列8位になりました、柊舞冬です!宜しくね!カンナちゃん!」
「あぁ!響音さんに何度も挑んで勝てなかったって噂の」
カンナは人差し指を立てて言ったが、失礼な言い方だったとすぐに反省して目を逸らした。
「ひどーい! そんな風に私のこと覚えてたのー? まぁいいよ。この前のカンナちゃんと響音さんとの仕合見てさー、私感動しちゃったの! あ、そうだ、傷大丈夫?? あんなに響音さんを追い詰めたのに、惜しかったわね……私なんて響音さんに102戦102敗よ!? どういうことよ!!」
舞冬は1人でペラペラ話し出したかと思ったら1人で怒り始めた。変わった人だ、とカンナは思った。
「あの、それで何か用でしょうか?」
カンナは舞冬がなかなか用件を言い出さないので堪らず聞いた。
「だからさ、仕合で感動したから挨拶だけしとこうと思ったのよ! 本当はもっと早く来たかったんだけど槍特の授業忙しくてさー」
舞冬は槍術特待クラスだったのか。それすらも知らなかった。ということはつかさと同じクラスだ。カンナは槍特と聞くとすぐにつかさを思い出した。つかさも序列が11位に上がっているはずだ。
「あ、また増えてる! 仕合の予定! これ知ってる? 剣特の影清さんが剣特生全員に強制的に序列仕合をやらせるんだってさ! そのおかげで私も仕合の申し込みをされたのよ! リリアさんに挑まれるならわかるのよ? でもなんかすっごい下の序列の子達から仕合挑まれてさぁ意味分かんないよ!!」
舞冬はカンナがまだ何も言っていないのに掲示板を見ながら1人で喋り出した。上位序列で唯一仕合を挑まれているのが舞冬だ。102敗もしているからほかの生徒も舞冬には勝てると思っているのではと思った。
「なるほど、だからいきなり仕合が増えたんですね。でも何の為に?」
「それがさぁエリートクラスのプライドらしいよ? 剣特の人達は自分のことエリートだと思ってるらしくて、常に上を目指すとかなんとか。ちなみに今回の仕合に負けた剣特生はみんな剣特をクビになるらしいね!! おー怖い怖い」
「クビに!? そ、そしたらどうなるんですか?」
カンナが恐る恐る聞いた。
「ほかのクラスで剣特に行きたい人と交換なんだってさー。目標は剣特生10人全員が序列10位入!! 影清さんのやる事はむちゃくちゃだねー。それに引き換え、槍特の寮長はあの序列1位の瞬花ちゃんだからね! ほかの生徒には一切介入して来ないから楽だよー」
1を聞いたら10返ってくる。それが舞冬なのだろうと思った。確かに序列10位以内に入るのであれば舞冬は狙い目と思うのかもしれない。しかし先ほどの手合わせで只者ではないとカンナは感じていた。
「ま、カンナちゃんはまだ仕合挑まれてないみたいだけど、油断しちゃっだめだよ!」
それだけ言うと舞冬は手をひらひらと振りながら歩いて行ってしまった。
本当に挨拶だけしに来たのか。この学園で初めて会うタイプの人間だった。悪い人ではなさそうだった。
「面倒な人に目付けられたわね、カンナ」
振り向くと斉宮つかさが笑顔で立っていた。
「つかさ! 何なのあの人?」
カンナは困った様子で言った。
「舞冬さんは変わってるからね。響音さんに仕合を挑み続けたように自分が納得するまでとことんやる、絶対に諦めない鋼の心を持っているのよ。人の匂いを嗅ぐのは分からないわ。性癖かしら? 私もやられたから」
つかさは苦笑いしながら言った。
「でもカンナ、気を付けないと。仕合以外でほかの生徒に手を出してその生徒が学園側に訴えたら即退学よ」
「あ、うん。そうだね。気を付ける」
カンナは何者かが突然背後に現れた時、身体が勝手にそれを排除するように訓練していた。故に先程の舞冬の接近の仕方はその防御行為を誘発した。自分に限らず、この学園の生徒、特に体術特待クラスの生徒だったら皆そう訓練されているというのは分かるはずだった。
「もしかして舞冬さん、私にわざと攻撃させるように仕向けたのかな……」
カンナが不安そうに言った。
「ないとは言えないわね。とにかく、この学園の生徒達は性格破綻者が多いから、いい人に見えて実はやばい奴なんてごろごろいるのよ。特にカンナ。あなたより上位の序列の生徒達はリリアさんと鏡子さんを除いて全員やばいから。気を付けて。」
「鏡子さん?」
カンナが首を傾げて聞いた。カンナはあまりほかの生徒の事をまだ知らなかった。
「美濃口鏡子。学園序列2位、弓術特待のトップよ。弓術だけなら、序列1位の神髪瞬花を上回るらしいわ」
「そうなんだ……覚えておくよ」
カンナは弓特にはまったく縁がなかった。知り合いが1人もいない。
「色んな生徒と話して自分でその人の素顔を見抜くのが一番だと思うけどね」
つかさがカンナの肩をぽんぽんと叩きながら言った。
カンナは自分が社交性に欠けていると思うことがあった。感情をあまり表に出さないことが原因だろうか。それでも、つかさやリリアは優しく接してくれる。
カンナはまた掲示板を見た。
「つかさ。リリアさんが仕合をする事になったら、柊さんと闘うのよね」
「おそらくね。一応一番勝てる可能性のある生徒だからね。ま、言ってもリリアさんだって剣特のエリートだからさ、そうそう負けないと思うよ。私達は信じて応援するしかないわ」
つかさは腕を組みながら言った。
「うん」
カンナは小さく頷いた。
「それじゃ、つかさ。私シャワー浴びて来るから。またね」
「うん。お互いまだ仕合挑まれてないけど、挑まれちゃったら頑張ろう!」
つかさは手を振り歩いて行った。
カンナはまた掲示板を眺め、それから首にかけたタオルで顔を拭い、体特寮へ向かった。




