第20話~旅立ち~
新章突入です。宜しくお願いします。
多綺響音は荷造りをしていた。
寮の同室の序列20位、四百苅奈南はその手伝いをしていた。
「悪いわね、手伝ってもらって。今まであなたにも強く当たってばかりだったのに」
「いえ、それはそれ、これはこれです。響音さんは上位序列なのだから、悪いことだとも思ってませんでしたけど。それに、片手じゃ荷造りも大変でしょ?」
奈南は言いながら響音の荷物を淡々と袋に詰めていた。
玄関の扉を叩く音がした。
響音が立ち上がり、玄関の扉を開けると澄川カンナが立っていた。
「本当に行ってしまうんですか?」
カンナは寂しそうな目をして言った。
「あたしは月希がいなくなった時点で青幻を追って仇を取るべきだった。今更遅いかもしれないが、カンナ。あなたのお陰であたしは目が醒めたのよ。あたしは青幻を探すわ」
響音の決意は固かった。
「私は、復讐なんて良くないと思います……」
カンナは俯きながら呟いた。
「カンナ、あたしは青幻を殺しに行くんじゃないわよ? 黄龍心機と月華を取り戻しに行くの。それを取り返したらやっとあたしの心の整理がつくわ」
カンナは意外そうな目で響音を見つめてきた。響音が青幻を殺しに行くと思ったのだろう。無理もない。響音はカンナでさえ殺そうとしたのだから。
影清が響音を剣術特待クラスから追放するらしいと、まりかが告げに来たのは昨日のことだった。響音は体術特待クラスの生徒と入れ替わると話していた。まりかは寂しそうな表情をしていたが明らかに表面だけだと分かった。「残念だね」などと言っていたが響音が青幻を探す旅に出ると告げた時、まりかの目は響音を貫くように睨みつけた。
「今頃か」
そう一言言うとまりかは踵を返しそれからは振り向きもせず、何も言わず去って行った。
響音はカンナと話しながら、その事を思い出していた。
「響音さん……?」
「いや、何でもない。あたしはどちらにしろ、この学園の生徒達に嫌われるようなことをして来たんだ。だから出ていく。学園側の処罰が伝令役の解任だけだなんて正直驚いたよ。影清さんはあたしを許さなかったみたいだけどね」
「でも、私と同じクラスになるじゃないですか、私もう気にしてませんから!せっかく仲直り出来たのに……」
響音はカンナが憎むべき相手である筈の自分をそこまで赦してくれたことに心を打たれ、いつの間にか目が潤んでいた。
「あなたは……馬鹿だな、カンナ。そうだ。あなたに渡したいものがある」
響音は荷造りを奈南に任せるとカンナを連れて部屋を出た。
奈南は嫌な顔一つせず、響音に背を向けたまま「いってらっしゃい」と手を振っていた。
夕焼けの空がいつもとは違う哀愁のようなものを感じさせていた。
響音に連れられ、カンナは剣特寮の厩舎に来た。何十頭もの馬が繋がれていた。
カンナはあまり馬を使わずこれまで生活してきたので馬の善し悪しなど分からないし興味もなかった。馬は大人しくてそれなりに速ければいいと思った。もっとも、響音の策略で自分の馬を支給されなかったが、乗馬の授業は駄馬を借りて受けていたので乗りこなすことは出来る。今は響音が今までのことを反省し馬が支給され自分の馬を持っていた。
響音は1頭の栗毛の馬を撫でながら言った。
「響華、月希の馬よ。まだ若くてそれなりに馬力もある。カンナ、あなたに乗って欲しい」
「え!? そんな、月希さんの大切な馬って事は響音さんにとっても大切な馬じゃないですか!? それを私が乗るなんて……」
カンナは首をぶんぶんと横に振った。
「あなたにしか任せられない。月希もあなたになら渡してもいいと言うと思うの」
カンナは困惑して口に手を添えて考えた。
「響音さんの馬はどうするんですか!?」
「あたしは馬は使わない。自分で走る方が速いしね。それに奪われた月華を取り返した時そいつに乗るからさ」
響音は響華の鼻面を撫でながら笑顔で言った。
「分かりました。響華は私が責任持って面倒を見ます」
響音は笑顔で頷いた。
「ありがとう。カンナ」
そこへ1人の生徒がやってきた。
刀を2本持っている。茜リリアだった。
「奈南さんがここにいるって」
リリアが言った。
「別に学園から追い出されるわけじゃないのに……自分から出ていくなんて」
「せっかくの機会だしね。カンナとこういう関係になれたのも、あたしが前へ進むためだったと思ってるよ。それにあたしもいい歳だからね」
響音は笑っていた。いい歳といっても27歳だ。年下のリリアと2個しか変わらない。
「もう気持ちは変わらないのですね」
リリアが恐る恐る聞いた。
「あたしが行くと決めたんだ。今更心変わりなんてしないよ」
カンナが赦したと言っても、学園の生徒達は響音を良く思っていないだろう。確かにその状況でここで生活するのは苦痛である。カンナも同じような状況だったのでその辛さは容易に想像出来た。だがカンナはその辛さを響音に味合わせたいとは微塵も思わなかった。響音にとって学園を去ること、それが一番いい事なのかもしれない。
「いつ、出発するんですか?」
カンナは観念して出発の日時を聞いた。
「明日早朝。見送りはいらないよ」
「見送りくらいさせてください」
カンナは眉間にシワを寄せ響音に言った。
「私も見送りに行きますよ」
リリアも目を潤ませながら言った。
響音はカンナの方へ近寄り突然左腕で抱き締めた。
「あなたとはもっと違う形で出逢いたかったものね。あたしがあなたを傷付けないような出逢い方……我儘ね。ごめんなさい。ありがとう、カンナ」
響音はカンナの耳元で静かに囁いた。
カンナの目からは涙が溢れていた。
「いつか、また逢いましょう、響音さん」
また明日会うのに。別れの言葉を言ってしまっていた。
響音を見ると響音の頬にも一筋の涙が光っていた。
響音は頷くとリリアの方を見て手を挙げた。
「じゃあね、リリア! 剣特を頼んだわよ!」
言うと響音は寮の方へ1人で歩いて行った。
カンナがその後ろ姿を見送り、ふと隣を見ると涙を拭うリリアの姿があった。
「まだ明日も会えますから」
カンナがそう声を掛けると、2人はそれぞれの寮へと帰って行った。
翌早朝、カンナとリリアは響音の部屋を訪れた。
扉を叩いて響音を呼んだが返事がなかった。ドアノブを捻ると鍵が開いていた。嫌な予感がして部屋の中に駆け込むとそこには奈南が1人座っていた。
「響音さんは??」
カンナが聞くと奈南は静かに首を横に振った。
「夜中のうちに出て行ったわ。あなた達の辛気臭い顔見たくないんだってさ」
カンナは愕然として腰を落とした。最後にもう一度会えると思ったのに。最後に言葉を掛けたかったのに。色々な思いが駆け巡っていた。その横で嗚咽が聴こえてきた。
「バカ……バカ……バカ……」
リリアは立ったまま顔を抑えてそう呟き続けていた。




