第2話~剣特寮~
学園は40名の生徒で構成されていて、4つのクラスに分けられている。
体術を得意とする者は体術特待クラス。剣、それに付随する武器を得意とする者は剣術特待クラス。槍、戟、棒、薙刀などの武器を得意とする者は槍術特待クラス。弓を得意とする者は弓術特待クラス。カンナは体術特待クラスに所属していた。
つまり、カンナのこの学園での識別は、「学園序列11位、体術特待クラス、澄川カンナ」となる。
熊退治に連れていく生徒を誰にするか。カンナは寮まで戻って来るとそんなことを考えていた。
この学園の敷地は広大で端から端へ移動するのにはかなりの時間がかかる。
本来なら各自に支給される馬を使い移動するのだが、カンナは響音の妨害により馬を与えられていなかった。故に乗馬の授業では毎回学園で余っている駄馬を借りている。
授業は特待クラス別に行われる。
カンナの所属する体術特待クラスの生徒達は毎回馬を借りているカンナを見ても序列8位の響音に目を付けられる事を恐れて知らないふりをして気遣う者はいない。
響音より序列の上の生徒は響音を恐れることは無いが自分より下位序列のカンナのことなど完全に無視していた。
一人同じクラスにカンナの目を奪う響音より上位序列の美男子がいたが、その男もカンナの事を特に気にした事はない。
授業担当の師範も響音を恐れる理由などなく、本来なら生徒を気遣うはずだが、響音の周到な計略により、カンナが授業の度に馬を借りに来ることが自然なことだと思い込んでいてそれに関して何か言われたことなどなかった。
カンナはこの響音の執拗なまでの仕打ちにもちろん気付いていた。しかし、他の生徒や割天風に気を遣わせたくはなかった。
この学園では実力が全て。
仕打ちをやめさせるには響音を潰せばいいのだ。
カンナの心にはその思いが密かに芽生えていた。
熊退治どころか、獣退治は初めてだったが、あまり不安はなかった。所詮は獣である。獣である以上常に氣を発しているのだ。氣と氣のぶつかり合いがあれば、人間であろうと獣であろうと大差はない。
カンナは体術特待クラスの寮には戻らず、剣術特待クラスの寮に向かった。
この学園でカンナが煙たがられているとしても中には友好的な生徒がいないことはない。
学園序列10位、剣術特待クラス、茜リリア。リリアは学園の中でも穏やかな性格で面倒見が良く評判が良い。もちろんカンナにも良く接してくれた。
剣術特待クラスの寮に到着すると入口に隻腕の和服姿の女が立っていた。
「やっぱり来ると思った。リリアを探しに来たんでしょ?」
響音は存在しない右腕の袖を風に靡かせて言った。
カンナはうんざりしてため息をついた。
「残念だけど、あの子は総帥の側近として忙しいのよ。お前に構ってる暇はないの。それに下位序列の生徒が上位序列の生徒に熊退治のお供を頼むとか何様よ」
「それが駄目だとは聞いてないし、いけないことだとも思いませんが? いないなら結構です」
カンナは響音に背を向けた。
「待ちなさいよ、カンナ」
響音は声色を変えて呼び止めてきた。
強い殺気を感じる。
「お前、あたしを殺したいとか思ってるんじゃない? あたしもお前を殺したいのよ。いいわよ、仕合しましょう。受けてあげるわ」
カンナは響音の狂気に満ちた瞳を見た。
確かに殺したかった。しかしそれは思っているだけで本当に殺すつもりはない。それはただの殺人鬼だ。だが目の前のこの女は違う。本当に自分を殺したいと思っている。そして、仕合という正当な理由を付けて殺そうとしている。
響音は左手の親指の爪を噛み続けていた。
響音がここまでカンナを憎む理由。それは単純に序列に割り込んできたからということだけではない。
以前リリアに教えてもらったことがあった。
カンナが学園にやって来る前の序列11位。榊樹月希という女の子で剣術特待クラスの生徒だった。
月希を妹のように可愛がっていつも一緒にいたのが当時序列5位だった響音だった。
響音と月希は村の治安維持担当を任せられた。本来なら序列30位以上の2人組で組むはずだが、当時序列5位だった響音たっての希望で特別に許可された。
その任務の途中、村に青幻という頭領率いる30人程の盗賊団がやって来た。その時の戦闘で月希は青幻に殺され、響音は右腕を失ったという。
その後青幻一行は行方をくらましてしまい、学園は今でも青幻の行方を追っているという話だ。
その事件以来響音は性格が変わってしまった。
そして、響音が肉体的にも精神的にも不安定な時期を狙ったかのように当時の序列8位が響音に仕合を持ちかけた。しかし、利き腕である右腕を失った響音は無残にも敗北。当時の序列8位は序列5位に昇格、響音は序列8位に降格した。
そして序列11位の空席を繰り上げで埋めようとしたところへカンナが入学して来てその月希の序列を引き継いだのだ。
それ故、響音は月希の序列をカンナが奪ったと逆恨みしてカンナへの嫌悪感が抑えきれず排斥しようとしてくるのだ。
カンナは深呼吸した。
「申し訳ないですが、今は熊退治の任務がありますので」
「どうせ見つからないわよ。カンナ。もう諦めて1人で行きなさい」
カンナは馬と同じ様に任務の共も見つけられないように仕組まれているのだろうかと考えた。考えたがその時はその時だと思い直した。
カンナが踵を返し剣術特待クラスの寮から去ろうとした時、背中を射抜くような響音の殺気を背中に感じた。