第17話~仕合決着・重なる影~
ついに仕合決着!果たして勝者は!?
カンナの首に襲い掛かる響音の柳葉刀を見て、斉宮つかさは思わず叫ぶ。
「カンナ!!」
しかし、つかさの心配を他所に剣撃をすんでのところで躱したカンナはしゃがんだまま回転して手刀を放つ。だが、響音はそれを大きく避けた。先程の当たらなくても効果があると言っていたカンナの攻撃を、ある程度距離を取って躱す事で氣によって入るダメージを避けているのだろう。
2人ともまた距離を取った。お互いにゆっくりと1歩ずつ動きながら距離を詰めている。
響音は狂気の笑みを浮かべていた。
3年前にまりかと仕合をしていたときとは明らかに表情が違った。今は十分な余裕を感じる。
一方カンナのほうも相変わらずの無表情で感情は読み取れない。ただ、どこか余裕を残している感じがした。
カンナは只者ではない。つかさはカンナの場馴れした佇まいを見て、はっきりとそう思った。
♢
氣を読み続けた。響音の『神速』という力。人間では考えられない速さで動き死角から攻撃してくる。氣を読まないと対応出来ない技だった。その唯一の頼みの氣が読めても、一つ判断を誤れば首が飛んでいたところだった。身体がギリギリで反応してくれたお陰で何とか斬首は免れたが、おそらくこれはまだ『神速』の本気ではないだろう。真の力を出されたら負ける。カンナは顔には出さないが焦っていた。
「生意気ね、カンナ。『神技』無しであたしの神速に付いてこれる生徒はお前が初めてよ」
『神技』。外園伽灼が言っていた神の力。響音の持つ『神速』もその力の1つらしい。
「お前もあたしの闘い方を調べてたみたいだから知ってるとは思うけど……」
カンナは響音の言葉に鳥肌が立つのを感じた。響音はカンナが剣特寮に情報収集に行った事を知っている。あの時響音の氣は剣特寮にはなかった。もしかすると、カンナの氣の感知範囲外から様子を窺っていたのか。はたまた、あの日出会った剣特生からカンナが来た事を聞いたのか。何にしても、響音がカンナの事をずっと付け狙っていた事には変わりない。それ程までにカンナの事が憎いのだろうか。
カンナは響音のねちっこさに引いていたが、響音は構わず話を続けた。
「『神技』ってのはね、文字通り神が与えてくれた戦闘に特化した特殊能力よ。人間には神技が使える人間と使えない人間の2種類がいるの。これは生まれもっての才能。この神技が使える人間は極わずか。ただ、この学園は異常で序列5位以上の生徒は皆神技を保有している」
「5人全員が!?」
カンナは思わず聞き返す。
「そうよ。もっとも、どういう神技を持ってるかはあたしも一部しか知らないけどね」
確か、まりかは『神眼』を持っていると聞いた。それも『神技』なのだろう。
「もしかしたら、この学園は神技持ちの人間を見抜き集めているのかもしれないわね」
響音は割天風の方に目線をやった。その視線はカンナに向けられるものと似た感じがした。
「私は、この篝気功掌であなたを倒します! 神技を持っていようが、あなたの中に氣が存在する限り、私の感知からは逃れられません」
「お前如きが、あたしに勝てるわけないだろ!!」
響音の怒声。同時にカンナは地面に両手を付いた。先手必勝。体内の氣の力を地面に放出し、地中に存在する『地の氣』に、自らの氣を融合させて操る技、『篝氣功掌・地龍泉』。カンナの放った氣は地表を電気が流れるように真っ直ぐ移動し響音の足下へと向かう。そして足下から間欠泉のように氣の波動や地中の小さな石ころを放出する。
──だが、
「これは熊退治の時に見たわ」
響音は退屈そうに呟くと、足下から噴き出した氣の波動や石ころを軽々と横に跳んで躱してしまった。
熊退治の時にいなかった筈の響音の言葉が気になったが、今はそんな事を考えている暇はない。
カンナはすぐに響音へ向かって走る。地龍泉が当たらないなら体術で攻めるしかない。響音が動く前に一撃でも食らわせられれば勝てる。篝気功掌の技を受けて平気な人間などいない。
だがカンナの拳が届く寸前で響音の姿は視界から消えた。すぐに響音の氣を探る。後ろ。間に合わない。
「うぐっ……」
響音の強烈な蹴りがカンナの背骨に入った。咄嗟に前へ跳んで衝撃を殺していたので骨が折れることはなかったが、カンナは数m地面を転がりながらも受身を取り、即座に体勢を立て直し立ち上がる。
「なんて馬鹿力……」
響音の蹴りは普通の女の子が出せるような力ではなかった。『神速』や剣術がなくても響音は根本的に強いという事だ。ましてや響音は片腕がないというのに。
「なるほどね、普通だったら今の蹴りで背骨がへし折れて即死だったのに、身体が勝手に跳んで衝撃を殺したのかしら? あの状態から綺麗な受身まで取るなんて、お前口だけじゃないのね」
落ち着け。カンナは呼吸を整えた。構える。衝撃を殺したとはいえ、普通なら即死レベルの蹴りを食らったのだ。ダメージがないわけではない。
「諦めないのね」
カンナの構えを見て、響音は呆れたように言った。
「諦めたら私死ぬんですよね。諦めませんよ」
響音はカンナのその態度に舌打ちをする。
「月希に似てるな」
それは金網の外からの声だった。
カンナも響音もそれ以外の生徒達も全員が声の主を見た。
銀髪赤眼の女。外園伽灼だ。
その場の全員の視線が集まったので伽灼はふんっと鼻で笑った。
しかし、カンナの目の前の女は様子が豹変していた。
「伽灼お前……こいつが、カンナが月希に似てるだって!? 寝言は寝て言えよ!! このクズ女がぁぁあ!! こんな奴に似てるわけねーだろ!! 月希を侮辱するなよ!! ぶち殺すぞ!!」
整然とした場に響音の怒声が響く。
「おー怖い怖い! いいからさっさと仕合続けてくださいよ」
伽灼は響音の怒りに対してまったく動じず飄々としていた。
だが、すぐにその場の全員が響音とは別の尋常じゃない殺気を感じたのか、その殺気を放つ人物を見た。
そこには普段の笑顔からは想像も出来ないほどの表情で伽灼を睨みつけている畦地まりかがいた。
伽灼はその表情を見ると野次を飛ばすのをやめ、それからは口を閉ざしてしまった。
まりかは1度目を閉じると再び目を開き、今度は笑顔で金網の中の2人に言った。
「さ、続けて。2人とも」
カンナは意識を響音に戻しまた構えた。
しかし、響音はまだまりかを見ていた。
カンナはその隙を見逃さず、両手に氣を溜め響音に打ちかかった。
「篝気功掌・斬戈掌!!」
それは手刀。カンナの技で最もスピードが早い技だ。カンナの右手は響音の左肩を狙い勢いよく振り下ろされる。それすらも響音はひらりと躱した。躱した先にカンナの左の掌底。
「篝気功掌・壊空掌!!」
寸前で躱す響音。しかし寸前で躱した為またもや腹部に氣のダメージを入れられた。
「ちっ」
響音は舌打ちをしながらも距離は取らず、カンナの目の前で柳葉刀を振り上げる。振り上げられた刃は鋭い痛みを刻み付け、カンナの身体が裂ける。だが、傷は浅い。カンナは後方に回転しながら跳び体勢を立て直す。鎖骨から臍辺りまでの浅い切り傷が出来ており、血が滲み出していた。
「また上手く避けたわね、カンナ。でももう次のは避けられないわよ」
そう言いながら響音は懐から注射器を1つ取り出し、自分の太ももに刺した。注射器の中には無色透明の液体が入っていたが、それを全て体内に注入してしまった。回復薬? ドーピング? 得体の知れない薬にカンナは身構える。
響音はその注射器を放り投げると逆手に持った柳葉刀を低く構えた。
「じゃあね、カンナ。あたしの姿を見てられるのもこれが最後。『神歩・百連魁』!!」
響音はニヤリと八重歯を見せて微笑むと、その場にはもう姿がなくなった。そして次の瞬間、金網を蹴る音と鋭い痛みが連続して襲い掛かってきた。氣を読もうにも、そこにある筈の響音の氣は全く感じられず、カンナはただ切り刻まれるしかなかった。
周りの生徒達も、カンナが呻き声を上げて1人で苦しみながら血を吹き出しているようにしか見えないだろう。
響音の『神速』を目で終える人間などいないのだ。
♢
つかさは耐えきれず叫ぶ。割天風の隣にいた茜リリアも同じように金網に手を掛け叫んでいる。
「もうやめて! 響音さん! カンナが死んじゃう!!」
しかし、響音にその声が届くはずはなかった。
すると、つかさの隣の方にいたまりかが何か呟いた。
「おかしい。カンナちゃん。もうとっくに死んでる筈。響音さんの連魁を受けたら一太刀で首が飛んでるわよ」
つかさはその言葉にはっとしてまたカンナの様子を見る。
すると柳葉刀がこちらに向かって飛んできてガシャンと音を立て金網にぶつかり地に落ちた。つかさは思わず金網から離れ、またカンナに視線を戻す。
「え!? どういう事??」
金網を蹴りながら宙を舞って刀を振り回していたであろう響音が、突然地面に落下した。
周りの生徒達には、もはや何がなんだか分からず場は混乱していた。
「くっ……くそ、カンナ……お前……何しやがった……腕にも脚にも……力が入らない……」
カンナはゆっくり立ち上がり、横たわる響音の方へ歩きだした。身体は身体中切り刻まれていて自身の血で真っ赤だ。
よろよろと響音の所へ歩いて行く。
「篝気功掌は当たらなくても効くって……言ったじゃないですか……」
響音にカンナの有効打は1発も入っていない。しかし、2度、氣によるダメージを入れられた事を響音は思い出したように目を見開いた。
「馬鹿な……あの2回の攻撃で!?」
「響音さん、あなたの四肢の筋肉の動きを……氣の力によって阻害させてもらいました。篝氣功掌に伝わる『筋電阻害』という攻撃法。もう暫くは箸も持てないし、1人で歩く事も出来ません」
カンナは響音の目の前に立ち、その胸むなぐらを掴み無理やり立たせると拳を構えた。
荒い息をしながらカンナは言った。
「氣を消す薬を使ってまで、私を殺したかったんですか?」
「うるさい……離せ」
「いくら薬で氣を消そうが、私の氣があなたの中に入ってしまえば無駄なことです。その薬、自分の氣しか消せないみたいですね」
「くそっ!! あたしが、あたしが!! お前なんかに!!」
カンナの無表情は突然変わった。
笑顔。そして涙。
「多綺さん、1発、殴らせてください。それで終わりにしましょう。今までの事、全部」
響音はもう動けない。カンナの拳が入れば間違いなくカンナの勝ちだ。誰もがそれを確信しただろう。
だがその時、カンナは突然膝から崩れた。響音もそのまま地面に崩れ座り込んだ。
♢
響音はカンナの顔を見た。意識を失っている。カンナの握り締められた拳は響音の目の前に振りかざされる寸前で力なく解ほどけた。その手を響音は左手で掴み良く見た。
「綺麗な手……綺麗な……爪……」
響音の目からはいつの間にか涙が溢れていた。体術遣いとは思えない程の綺麗なその手と爪は、響音の目の前に掛かっていた霞を晴らすように衝撃的だった。
カンナの目からも涙が溢れており、全てやり切った達成感に満ちていた顔をして眠っているようだった。そして、ふらりと響音の身体にもたれ掛かった。
「月希……月希……」
響音の目にはカンナと重なる月希の面影が見えた。
「響音さん!! その子は月希じゃないわ!! カンナよ!!」
リリアが叫んだ。
「カンナ……あたし……」
嗚咽を漏らし、響音はカンナを左腕で抱き寄せた。
「ごめん……ごめんね……」
そこへ仕合を取り仕切る師範、重黒木が歩み寄り、カンナの様子を確認。
「澄川カンナ、戦闘不能により、この仕合、多綺響音の勝利! よって序列の変動はなし! 以上で仕合は終了とする!」
すぐに医療班が駆けつけ、カンナと響音の手当を開始した。
「とんだ茶番ね」
まりかは興味を失ったかのようにその場を後にした。
伽灼も何も言わずに去って行く。
つかさとリリアそしてどこで見ていたのか分からなかったが火箸燈もカンナの側そばへ駆け寄った。
「お、おい! カンナ!? 大丈夫か?? 生きてるか!?」
燈が乱暴にカンナの身体に触れようとするのを医療班の人間が止めている。
「あの、カンナは……」
つかさが心配そうに医療班の1人に尋ねる。
「大丈夫です。気を失っているだけですし、身体の傷も全て浅いので。傷も残らないように治療します」
つかさはほっと胸をなで下ろした。
リリアは響音の方へ駆け寄る。
「響音さん!」
「あたしは大丈夫。手足が動かないだけだから……」
響音はリリアから目を逸らす。その潤んだ瞳を直視出来ない。
響音はすぐに担架に乗せられた。カンナは先に担架で校舎の脇にある医務室へと運ばれて行く。
周りの生徒達はカンナの仕合ぶりに賞賛の拍手を送る者もいれば、つまらない闘いだったと言って帰る者もいた。
「響音さん。後で医務室に行きますね。そしたら少しお話しましょう」
「分かったよ。リリア」
響音はやはりリリアの瞳を見られなかった。顔を背けた先に先程までいた筈の割天風の姿はもうなかった。




