第16話~仕合開始《澄川カンナvs多綺響音》~
熊退治では若干ビビッていたカンナ。しかし今回は違います!カンナのかっこいい闘いぶりをどうぞご覧ください。
カンナと響音の序列仕合当日。
斉宮つかさは仕合を見に来ていた。
カンナはすでに仕合場の金網の中にいた。響音も到着しており、両者いつでも仕合を始める準備は出来ているようだった。
つかさは仕合前にカンナの寮に顔を出しに行っていた。本当に仕合をするのか、そう聞くとカンナは迷わず頷いた。迷いのない瞳を見ると見守るしかないと思った。つかさが望むのはカンナの勝利。それ以外の結果に未来はないのだ。
仕合場の金網の周りには、まりかと響音の序列仕合の時よりも多くの生徒が来ているようだ。入学早々学園序列11位に入ってきたカンナがどうなるのか興味があるのだろう。
剣特、体特、槍特、弓特の錚々たる面々が揃っていた。
序列10位以上の生徒も殆ど集まっており、いないのは序列1位の神髪瞬花と序列3位の久壽居朱雀だ。和服姿が美しい黒髪の序列2位、美濃口鏡子と、腰に1本の刀を差している身長180cm以上ある大男である序列4位の影清は前回同様に観戦に来ている。
他には茶髪のショートカットの二刀流遣い、序列5位の畦地まりか、銀髪赤眼の孤高の剣士、序列6位の外園伽灼の姿もあった。
学園総帥である割天風もすでに仕合場が見渡せる場所に床几を置き着席していた。その傍らにはいつも通り、青髪ポニーテールの側近、序列10位の茜リリアが直立したまま辺りをキョロキョロと見回している。
剣特と体特の生徒は殆どがカンナを無視していたと聞いたが、この仕合の観戦に集まったのはやはりそれ程生徒達からの関心が高いのだろう。
「それではこれより、学園序列8位の多綺響音と学園序列11位の澄川カンナによる序列仕合を執り行う」
仕合を取り仕切る師範が金網の中へと入り、両者の間に立ち、開始の宣言をし、諸注意を説明し始める。3年前、響音とまりかの仕合を取り仕切った体特の師範である重黒木瞻という中年の渋い見た目の男だ。
重黒木が説明を終えると、カンナと響音はお互いに一定の距離をとる為に3m程下がった。そして、重黒木が2人が位置につき準備が出来た事を確認すると、重黒木の右手がゆっくりと挙げられた。その様子をカンナと響音は横目で見ている。
「始め!」
始まった。つかさは祈るような気持ちでカンナを見守った。
♢
仕合開始と同時にカンナは響音の右手側に回った。右手のない響音にとってそちら側からの攻撃は通常よりも受けづらいはずだ。
卑怯などとは言っていられない。この仕合、何が何でも勝たなければならないのだ。
すぐにカンナは右脚を響音の頭目掛けて打ち込む。しかし、響音はしゃがんで回避。カンナはすかさず回転して下段に蹴りを入れる。
手応えはない。
響音は跳んでいた。カンナの頭上。見上げる。なんという跳躍力だろう。紫色の着物がヒラヒラと真っ青な空に浮かんでいる。響音はそのままカンナの頭目掛けて蹴りを入れる。カンナは左手でそれを払い、響音の腹目掛けて掌底を打ち込む。
しかし脚で防がれ、響音はカンナから離れたところに着地した。
お互い1発も入れることが出来なかった。
響音は腰の柳葉刀をまだ抜いていない。
「さすがは体特の生徒ね。あたしも体術は出来る方なんだけど」
響音は不敵に笑いながら言った。
カンナは黙って響音の様子を窺う。
信じられない程に速い。今まで闘ってきた者達よりも遥かに速い。だが、これでもまだ『神速』は使っていないだろう。
熊退治の任務を告に来た時の響音の移動が『神速』だったのだろう。あれは人の速さではなかった。あれを使われたら氣を感知してもおそらく身体が追いつかないと思う。『神速』を使われる前に倒さなければならない。
カンナは左手の掌を前に出し、右手は腰の辺りで構え、大きく息を吐いた。
「ふーん、それが、篝気功掌の構え? 意外と普通ね。伝説の体術って言うくらいだからもっと面白い構えなのかと思ったわ」
響音は鼻で笑いながらカンナの様子を見ている。
カンナは自分の氣を身体全体から放った。自分を中心に約3m。1対1の戦闘であればそれで十分だった。その範囲なら例え目をつぶっていても相手の動きが分かる。
カンナは響音に正面から突っ込んだ。両脚に氣を集中させ脚力を強化した状態で地面を蹴る。こうする事で、普段の2倍の速さで動く事が出来る。響音はカンナの先程までの速さとの違いに困惑する筈。その速度のまま右の掌底で響音の腹部を狙う。しかし、それでも寸前でひらりと横に躱された。カンナの小指が僅かに響音の着物の帯にに触れただけ。すかさず響音はカンナの脳天に肘を入れよう振りかぶる。だが響音の左腕はカンナの頭より高くは上がらずカンナへの攻撃を中断し、腹を抑えカンナから距離を取り片膝を突いた。
突然の響音のダウンに、観戦している生徒達からどよめきの声が上がる。
確かに響音にはカンナの掌底は当たっていない。
「……なに……? どうなってる?」
響音にも周りの生徒達にも状況が呑み込めない。
響音が抑えている腹の辺りは特に目立った外傷はない。
カンナは無表情で響音を見て口を開く。
「当たらなくても効きますよ。私の技は」
響音はカンナを睨みつける。
「氣の力か……」
カンナは何も答えず、静かにまた構えた。
「妙な技使いやがって。だけど、こんなダメージしか入らないなら、いくらやっても無駄よ! カンナ。調子に乗らない方がいいわよ。まさか、勝った気でいるんじゃないわよね?」
カンナはまた何も答えず響音に突っ込む。
カンナの攻撃は手や脚に凝縮した氣の力を纏わせたものを掌底や蹴りと共に相手の体内に打ち込み内部からダメージを与える。例え掌底が直撃しなくても、そこに纏われた氣の力が相手の体内に届けばそれだけでカンナの攻撃は有効となる。
「ったく、猪見たいに真っすぐ突っ込んでばかり」
響音は呆れたように言葉を吐く。
カンナは掌底を響音に打ち込む。だが、目の前に響音はいなかった。移動した様子もない。なのに響音の姿はない。
「カンナ、あんたがどんな奇怪な技を使ったところであたしに指1本触れられ……」
カンナの射抜くような鋭い後ろ蹴りが、いつの間にか背後に移動していた響音を襲う。
「くっ……!」
ギリギリで躱されたが、響音の鼻からは血が垂れていた。カンナの足に纏わせた氣が鼻を潰したのだ。
「今あたしは『神歩』を使ったのよ? それに瞬時に反応するなんて……それも氣の力なのね、カンナ」
「そうです。これが篝気功掌の闘い方。私は体術では絶対に負けません」
響音を凛とした眼差しで見つめるカンナ。
観戦している生徒達からはカンナに歓声が上がった。
しかし、響音が睨みを効かせたので歓声はすぐに収まった。
響音は頷きならがら言う。
「あぁそう、体術では負けない……か。まぁ今のは私の氣の動きを読んだんでしょうね。目で追えなくても、あたしの氣が分かればそれを狙って攻撃出来るのね。なるほど。分かってきたわよ。お前の出来る事が」
響音は左手で鼻血を拭き、ついに柳葉刀を抜いた。逆手で握りカンナにその刃を見せる。
「それじゃあね、カンナ。お前にあたしの本当の『神速』という神の力を見せてあげるわ。って言っても、見えないんだけどね」
言い終わらぬうちから既にそこには響音の姿はなかった。砂煙が立ち込めただけ。
そう思った時には、響音の柳葉刀はカンナの首のすぐ横に迫っていた。




