第15話~カンナ助言を乞う~
カンナはある人に助言を求めに行くが…
カンナは氣を練る修行を1時間こなすとすぐに剣術特待クラスの寮に向かった。
多綺響音に仕合で勝つには、彼女自身に勝ったことがある人物に会って闘い方を聞いた方が良い。そう思ったのだ。
学園序列5位、畦地まりか。序列仕合で響音から序列5位を奪った張本人だ。まりかなら響音の闘い方を知っているはずだ。カンナに教えてくれるかは別にして。
実際カンナはまりかに会ったことは1度もない。クラスが違えば学園内で会うことはほとんどないのだ。
♢
剣特寮に着くと、カンナは以前ここで響音に追い返された事を思い出した。またここで響音に出くわしたら追い返されるに違いない。そう考え、カンナは剣特寮の入口の門の脇の石造りの塀に背をつけ、密かに氣を放ってみた。響音の氣なら身体が良く覚えているので寮の中に居ればすぐに分かる。
しかし、響音の氣は感じなかった。どうやら寮には帰っていないようだ。カンナの氣の探知能力はこういう時にも役に立つ。役立つのだが、この行動には後ろめたさを感じるので普段気軽に氣の感知などはしない。
響音の氣の代わりに寮の中には強く感じる氣が2つあった。この氣はおそらく、序列4位の影清か序列5位の畦地まりか、もしくは序列6位の外園伽灼のどれかだろう。もっとも、カンナはその3人の氣を誰1人知らなかったので確証が持てなかった。
♢
カンナは畦地まりかの部屋を探した。
この学園では序列5位以上は1人部屋が与えられる。その部屋を探し寮をうろうろしていると人影が見えた。この寮の生徒だろう。カンナはまりかの部屋を聞く為にその人物に近付く。
「あっ!」
カンナも相手も同時に声を上げる。
カンカン帽を被り、一際長い薄紫色の長い刀を持った女の子だった。
「祝さん、あの聞きたい事があるんだけど……」
その生徒は以前の浪臥村での熊退治の任務の時に村当番だった序列29位の祝詩歩だった。
詩歩はカンナの顔を見ると目を逸らし、そのまま横を通り過ぎた。カンナは慌てて詩歩の腕を掴む。
「ちょっと、待ってよ」
すると詩歩は掴まれた方の腕を強く引いてカンナの腕を払い除ける。
「何よ!! やめてよ!! 私に話し掛けないで!!」
詩歩は怒った様子でカンナを睨みつける。
「この前は燈やつかささんも一緒だったから少し話してあげたけど、私はあなたとは友達じゃないからね!? 気安く話し掛けないでよね?」
カンナは詩歩の直球な物言いに心を抉えぐられたが、詩歩から目を逸らさずに問う。
「あの、私が何かした?」
詩歩は不服そうな目でカンナを見る。
「話し掛けないでって言ってたよね?」
ぷいっと顔を逸らし詩歩は寮の外へ歩いて行ってしまった。
カンナは詩歩も響音の機嫌を損ねないように指示に従ってるだけだろうと思う事にした。この学園で下位序列の人間が自分の身を守る方法としてそれが賢明と言えば賢明である。
♢
カンナは剣特寮のロビーを抜けると階段で2階に上がった。
通路の奥に進むと”序列6位 外園伽灼”というシンプルな表札があった。ということは、序列5位のまりかの部屋は隣だろう。
予想通り、伽灼の隣の部屋がまりかの部屋だった。伽灼とは雰囲気の違う星やハート、小さな動物のシールなどが貼ってある表札でとても可愛らしかった。
カンナはまりかの部屋の扉をノックした。
「すみません、澄川カンナと申します。畦地さんいらっしゃいますか?」
丁寧に挨拶するとすぐに扉が開いた。
「響音さんに仕合を申し込んだカンナちゃんじゃない! 初めまして! 畦地まりかです!」
部屋から出てきたまりかはにこりと笑顔でカンナを出迎えてくれた。
カンナは初めてまりかに会ったが、その笑顔はあまりに柔らかで温かく、悪意などはまるで感じなかった。
「あ、あの、実はその仕合のことで、畦地さんにお聞きしたいことがありまして」
「ん? なるほど! なんとなく予想は出来たけど、一応聞いてあげよう!」
まりかは笑顔で答える。カンナはほっと胸を撫で下ろす。
「響音さんと闘う上でのアドバイスを頂きたいと思いお伺いしました」
「やっぱりね!」
「お願いします」
カンナは頭を下げる。
「カンナちゃん、それ教えてさぁ、私に何かメリットあるの?」
カンナは一瞬固まった。頭を下げたまま、顔を上げてまりかを見る事が出来なかった。
「え? メリット……?」
意を決してまりかの顔を見たカンナは背筋が凍るのを感じた。
「そう、メリット。私にメリットがないんじゃ、教えたくはないわね」
まりかは笑顔だった。しかし、その笑顔は初めの笑顔とは何かが違っていた。悪意に満ちている、そんな感じだろうか。
カンナの身体は震えていた。
「ん? どうしたの怖い顔しちゃって? 身体、震えてるわよ? 休んだ方がいいんじゃない? じゃあ、お大事にね!」
まりかは最後まで笑顔のままで、カンナの要求には一切答えず玄関の扉を閉めた。
カンナの身体の震えは収まらず、数歩後ずさりしていた。
すると、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。
「あ、ごめんごめん! 余りにも滑稽だったからつい」
銀髪で紅い目の女の子はこちらを見て口を抑えながら笑っていた。
「お前、カンナだっけ? まりか怖かったの?」
相変わらずくすくす笑いながらこちらを見ている。不快だったが、今カンナはそれどころではない。
「で、響音さんの闘い方とか知りたいんだって?」
「もしかして、あなたは外園さん?」
震える口からようやく言葉を捻り出した。この女からはとても強い氣を感じる。
「そう。まりかに相手にされないって事はお前、相当弱いんだろうね。ちょっと不憫だからあたしが少しだけなら話してやるよ」
伽灼はついて来いと言うと剣特寮の中庭の方へに向かった。
カンナは震える身体に鞭打って伽灼について行った。
♢
剣特寮の中庭で、カンナと伽灼はベンチに腰を下ろしていた。
「『神速』?」
「そう。『神技』って言ってね、まぁ特殊能力みたいなものだな。神の力を分けて貰った的なやつらしい。それがあるから響音さんは自分の脚で馬の4倍の速さで移動出来るんだよ。多分本気を出せばそれよりも速いんだろうな」
「それが1番厄介ですね。いくら私が氣を探っても身体が反応出来なければやられてしまう。だからあの時、信じられない速さで森を抜けて走って私に近付いて来たのね」
「それだけじゃない。響音さんは全ての武術に長けているから神速がなくてもお前が勝てるとは思えない」
伽灼は相変わらず笑っていた。
カンナの身体の震えは収まっていたので伽灼の人を馬鹿にした態度に些いささか苛立ち始めた。
「まりかはね、『神眼』っていう能力を持っているから利き腕を失ったばかりの響音さんに勝てたんだ。実際、利き腕があれば響音さんはまりかには負けなかっただろうしね」
『神技』と名のつく能力がこの世に存在していた事自体カンナは知らなかった。それは驚くべき事実だったが、響音の信じられない速さを知っているカンナはそれを受け入れる事が出来た。もっとも、カンナ自身が『氣』という特殊な力を操れる以上それ程までに驚きはしない。だが、その神技を持つ人間がこの学園に2人もいるというのは衝撃だった。
「ま、どちらにせよ、その能力を持っていないお前じゃ勝てないよ。死にたくなかったらこの学園から逃げ出しな」
カンナは伽灼の言葉に最後まで苛立っていた。しかし、響音の技の秘密を教えて貰えたことは大きな収穫だった。苛立ちは深呼吸してなんとか抑える事にした。
「色々と教えて頂きありがとうございます」
カンナは深々とお辞儀してそこから立ち去ろうとした。
すると伽灼が呟いたのが聞こえた。
「お前……似てるな」
「え?」
カンナは意味が分からずキョトンとしてして紅い瞳を見る。
「いや、何でもない。カンナ、仕合から逃げ出さないならお前が響音さんに殺されるところ見に行くから、せいぜいいい顔見せてくれよ」
伽灼はまた皮肉を言い笑っていた。
カンナはもう聞こえないフリをして剣特寮を後にした。




