第128話~カンナの舞~
3対1だった。1人で向かうよりは遥かにマシだが、例え3人がかりでも勝てる気がしなかった。
鏡子がいくら矢を射ても全て払われてしまい、割天風は傷一つ負っていない。
さらにカンナの地龍泉も簡単に見切られ避けられた。
カンナは少し距離を取って構えた。鏡子の矢は残りわずかだという。カンナが鏡子の腰と馬に付いている矢筒を見る限りあと5本といったところだ。序列2位である鏡子の方がカンナよりは勝算はあるはずだ。カンナとリリアが割天風の隙を作り鏡子がとどめを刺す。それが最も最善と言える策だろう。
この後誰かがさらに戦闘に加わってくれたらもう少し勝てる可能性は上がる。しかし、見渡す限り、どこも戦闘は終わっているがこちらに来る者はいない。きっと負傷者が多いのだろう。
「リリアよ。南雲と大甕はどうした? 先程までお主が闘っていたであろう?」
割天風は顎鬚を撫でながらリリアに言った。
「南雲師範と大甕師範は戦線を離脱しました。もうあなたには就いていけないと」
「ほう。そうか。残念じゃ。然らば、ここにいる志を持った者はもはや儂一人になってしまったということか」
割天風は絶望的な状況を認識しながらも相変わらず顎鬚を撫でていた。
この男に敗北というものは見えていないのではないだろうか。カンナはそう感じずにはいられなかった。
「カンナ。神髪瞬花はこちらに就く気はなさそうなの? あの女がいれば圧倒的に有利になるわ。勝てる可能性すらある」
鏡子の言葉にカンナは思考を巡らせた。瞬花の去り際を思い出したが、もう全てに興味を失くしたと言わんばかりの様子だった。カンナやつかさの事は勿論、この戦争全てにおいて、瞬花にはどうでもいい事のようだった。
「無理……ですね。あの人は自分の為にしか動かないし、それに、どこかへ行ってしまいました」
「そう」
鏡子自はカンナの答えを予想していたようで、特に表情を変えずに小さく頷いた。
「下手に総帥に近付かない方がいいわよ、カンナ、リリア」
「分かりました。私が氣で撹乱します!」
カンナは腰を低く落とし、両手を前後に伸ばし、左脚を前へ出すように構えた。
「篝気功掌・地龍旋舞踊!」
カンナはその場で舞うように踊った。
鏡子もリリアも突然カンナが踊り始めたので何事かと驚いた様子だったが、鏡子は先にその行動の意味を理解し、リリアに指示を出した。
「リリア、カンナが舞う度に地面から氣が放出され、それにまた力が加わり強力な氣のエネルギーを形成しているわ。その氣を総帥へ放って撹乱している間に、あの厄介な禅杖を破壊するわよ」
「破壊って……どうやって?」
「私の矢を禅杖に当てる事が出来れば破壊出来る。あなたは総帥の禅杖を一瞬でいいから固定させて」
「やってみます」
リリアは返事をするとカンナの動きに目をやった。
「行きます!」
カンナは周りに自分の氣と地の氣が混ぜ合わせ圧縮して4本の半透明なつむじ風のような”氣柱”というものを形成した。その氣柱はカンナの氣と地の氣との摩擦により小さな稲妻を発生させていた。稲妻を放つ程に氣と氣を合成させ圧縮させた事はこれまでない。やろうと思ってもコントロール出来なかった。それが今出来るのは、先程瞬花に”駆動穴というツボ”を突かれたからだ。今迄感じた事がない程に氣を操りやすくなっている。
カンナが手を振ると稲妻を放つ氣柱の1本が地面を抉りながら割天風へ向け勢い良く動き出した。
カンナが放った氣柱を割天風は両手で持った禅杖を振り薙ぎ払った。しかし、禅杖は氣柱と接触した瞬間火花が散り、僅かに禅杖を押し返したが、割天風はそのまま薙ぎ払い、氣柱を斬り裂き消し去った。割天風は他の3本の氣柱の様子を見ながら距離を取った。
「氣の力が増しておるか。駆動穴じゃな?」
割天風はカンナの氣の力の変化を見抜き、その要因が駆動穴である事まで見破った。
「だが、氣の絶対量が増えたわけではなく、氣の操作に掛かる負担が取り払われただけに過ぎない。結局、儂を倒す程の大技は使えず、いずれ自身の氣は尽きる」
カンナは何も答えず、立て続けに残りの3本の氣柱を舞いながら割天風へ放った。
「はぁぁぁぁっ!!」
カンナの手の動き、そして掛け声と共に氣柱は地面を抉り、加速して割天風を襲う。
割天風は両手で禅杖を力強く握り締め3本の氣柱を薙ぎ払った。今度は一太刀で氣柱が消滅した。しかし、薙ぎ払われて消滅した氣柱は1本だけで、他の2本の氣柱は意思を持っているかのように割天風の薙ぎ払いを避けた。
割天風の背後に2本の氣柱が回り込んだ。
凄い。カンナは自分の氣を操る力が格段に増している事に驚くと共に興奮を覚えた。手から離れた氣柱を自分の氣のみで自在に操り続けられる。本来地面を流れる氣は、自分の氣を地面に流し、地の氣を下から持ち上げる要領で地上に放出する。つまり、”地龍泉”という技は、地の氣を操っているのではなく、利用しているだけなのだ。
だが、今カンナがやっている事はまるで違う。地面に手を着かず、ただ舞っているだけだ。地の氣は地表にも僅かに湧き出ている。その僅かな氣に自分の氣を身体中から放出する事で地の氣と同調し、自分の氣のように地の氣を操っている。いわば篝気功掌の秘奥義、”無常掌”と似ている。しかし、無常掌は人の氣を操る技。意思を持つ者の氣を操る事と無尽蔵にある意思を持たない自然の氣を操る事は似て非なるものなのだ。だが、カンナにしてみれば、それでも大きな進歩であった。
カンナは氣柱を操りながら舞うようにその場でくるくると踊り続け、氣柱の氣の圧力を高めつつ、また割天風へ放った。
「瞬花め。余計な事をしてくれた」
割天風はカンナの成長に瞬花が関わったことも言い当てた。
そして、背後から迫る氣柱2本を振り向きざまに禅杖で斬り消し去った。
「霜雪!!」
リリアの声と共に白馬が割天風の側面から突っ込んだ。割天風もすぐに禅杖を振り回しリリアの馬ごと斬り裂こうとした。しかし、白馬は禅杖を跳んで躱し飛び越えた。割天風は飛び越えた白馬を目で追った。
だが、割天風の視線の先には背中に誰も乗っていない白馬が着地した。それと同時に、割天風が後ろに振り抜いていた禅杖に上からリリアが力一杯刀を振り下ろした。そのまま禅杖は地面に刃の部分から突き刺さった。そのままリリアは睡臥蒼剣で禅杖を押さえ付けた。
「鏡子さん! 今です!」
リリアの声が届く前に鏡子は既に割天風へ向け弓を構えていた。
「悪を穿て聖なる閃光! 御堂筋弓術・破砕嚇軍矢!」
鏡子の放った1本の矢は風を切り真っ直ぐに割天風の持つ禅杖の地面に刺さった扇型の刃の真ん中に当たった。その瞬間に禅杖の刃は砕け散った。
「ふん!」
割天風はそれを意に介さず刃の砕けた禅杖を持ち上げた。だが、その禅杖の柄の部分がみしみしと音を立て鏃が突き抜け、割天風の胸へと向かった。
割天風は咄嗟に矢が貫通して2つに折れた禅杖を捨て後ろに反りながら腰の刀を抜き一回転して膝を付き着地した。
割天風の胸を狙った矢は見事に縦に真っ二つに割れ地面に落ちていた。
リリアは横に転がり距離を取っていた。
割天風はゆっくりと立ち上がった。
「何が起きたのか……まるで分からなかった」
カンナは茫然としながら鏡子と割天風の戦闘を見ていた。
「破壊力のある嚇軍矢に、1本射たと見せ掛けて2本射る技である隠死矢を組み合わせてきおったか。2本目も嚇軍矢の威力とはとんでもないのぉ。流石は序列2位じゃな。それに、リリア。お主も馬との見事な連携、成長したのお」
割天風は右手に異様な氣を放つ刀を持ったまま、嬉しそうに言った。しかし、表情は深く刻まれた皺と口周りの髭でよく分からない。
「2本目の嚇軍矢を躱した総帥の方がお見事でございます。まあ、これで倒せるとは思っていませんでしたが」
鏡子は冷静に言ってはいるが、額から零れる玉のような汗は学園序列2位の彼女さえも極度の緊張状態である事を示していた。
カンナからすれば、鏡子もそうだが、2本目の矢を縦に割った割天風もとんでもない男だと思った。
カンナにはまだ氣を操る余裕がある。どうするべきか。
カンナはリリアを見た。リリアは刀を握ったまま割天風の刀を凝視していた。リリアの乗っていた白馬は響華の所へ行き、並んでこちらの様子を窺っていた。
鏡子の矢筒にはあと3本の矢しかない。
カンナがちらりとそれを確認すると、リリアの視線を感じた。
「気を付けて! あの総帥の刀は”神牙六刀”や”色付き”のような名のある刀ではないけど、総帥自身が打って鍛えた刀で、長年愛用している刀よ! 総帥が最も得意とする武器。油断しないで!」
リリアの話で何故割天風の刀から異様な氣が発されているのか理解出来た。離れた所からでも分かる、刀に集約されていく割天風の膨大な氣。
カンナも鏡子もリリアも割天風から一定の距離を取り動く事が出来なかった。
睨み合う4人。
やがてその静寂を切り裂き、馬蹄が聴こえてきた。
「カンナー! 私も加勢するわ!」
真っ赤な豪天棒を持った手で胸元を抑えながら、黒いローブをたなびかせつかさが馬で駆けて来た。
「私も、加勢致しますわよ!」
つかさに続き、茉里も馬で駆けて来た。さらにその後から双鞭を持った奈南も駆け付けた。
5対1になった。
圧倒的に有利にはなったが、カンナはまだ割天風の刀から放つ氣の動きを注意深く感知していた。
ほかの4人もすぐには動こうとしない。
「割天風先生、もうあなたの野望を共に実行する人はこの学園にはいませんよ? あなたに従う師範達はもうおらず、影清さんの氣も全く感じない。もしあなたが私達を全員倒しても、結局あなたの野望は実現出来ない。もう……やめませんか?」
カンナの口からは、自然に投降を勧める言葉が出ていた。勝てないと思ったからではない。本当にこの戦いにこれ以上の犠牲の意味は無いと思ったからだ。
「確かに、儂以外の同志は皆いなくなった。じゃが、戦いはやめるわけにはいかぬ。儂1人だとしても、武術国家は建国する。ここで儂が育ててきた師範や生徒はいなくとも、儂1人で青幻の軍隊を手に入れ、国家を建国する」
「どうしてそこまで……」
割天風の全てを覚悟した言葉に、カンナはその想いの真意が知りたくなった。
「教えてください。割天風先生。あなたが私達に隠してきた全て」
カンナの学園の全ての謎を探る質問に、鏡子、つかさ、リリア奈南の4人も割天風の答えを静かに待った。
「良いじゃろう。お主らが死ぬ前に、全て話してやるとするか」
割天風は左手で顎鬚を撫でて空を仰いだ。
割天風の視線の先の空はどこか寂しい色をしていた。




