第127話~人馬一体~
各方面で激しい戦闘が行われていた。
リリアは馬術師範の南雲と一騎討ちをしていた。手には斬れない刀”無刃音叉”を握り締めていた。
何度か打ち合ったが南雲の大薙刀の脅威よりも、やはり馬の操り方が見事でリリアの太刀筋は難なく交わされていた。
南雲や大甕個人の武術なら他の師範勢よりは劣るだろう。しかし、その差を馬術のみで埋めているのだ。馬は南雲の為に動き、南雲は馬の為に動いているという感じでお互いが信頼しあっているのがひしひしと伝わってきた。
「なんと見事な馬術。いつ見ても南雲師範の馬術は素晴らしいです」
思わずリリアは賞賛の言葉を掛けた。
「茜リリア。お前も人馬一体とならなければ、騎馬戦で俺には勝てんぞ」
言いながら南雲はリリアの方に馬を駆けさせまた大薙刀を振るった。
無刃音叉と大薙刀がぶつかり、鍔ぜり合った。力は南雲の方が圧倒的に上。しかし、武術自体はリリアの方が上だった。リリアの無刃音叉は南雲の大薙刀の柄を滑り、南雲の首に向かった。
「黒稜!!」
南雲が馬の名を呼ぶと南雲の馬がリリアの太刀筋を避けるように動き、リリアから離れて行った。
南雲が馬に乗っている限り、リリアに勝機はない。心の中で僅かにそんな思いが沸き上がってきた。
「馬とは友だ。茜リリア! お前の馬はなんという名だ? 名前で呼んでやれ」
「霜雪」
リリアが愛馬の名を呼んだ時、霜雪の耳がピクっと動いた。霜月に生まれた真雪のように白い馬だからそう名付けた。
「馬は優秀だ。後はお前がどれだけ霜雪と心を通わせてきたかだ。それが、戦場では勝敗を分けることになる」
「はい!」
南雲の助言にリリアはしっかりとした返事を返した。
「行くよ! 霜雪!」
霜雪は嘶いた。南雲へ向かって力強く駆けた。
南雲も黒稜の腹を蹴りこちらに駆けて来た。
南雲の大薙刀が唸った。
リリアは先程までの霜雪の動きと違うものを感じた。軽やかであり鋭い。
「いいぞ! 茜リリア! その調子だ!」
南雲は嬉しそうに笑みを浮かべ大薙刀を振り回した。リリアの頭上に大薙刀が振り下ろされたが、右手の無刃音叉で受け、左手で手綱を器用に動かすと霜雪はリリアの意思を察したかのように思う通りに動いた。むしろ今迄ここまで細かく思い通りに霜雪を動かせた事はなかったので少し困惑さえした。
「はっはっはっ! 愉快愉快!」
南雲は大きな声で笑うと大薙刀を振り回しながら黒稜を巧みに操った。その動きに霜雪は就いていこうと俊敏に動き南雲の横にピタリと就き、リリアは無刃音叉を振った。
霜雪がここまで思い通りに動いてくれると後は己の剣術で南雲を倒せばいいだけだった。
何合か南雲と打ち合うと、ついに南雲もの右腕を無刃音叉が打った。
南雲の大薙刀が手から離れ地面に刺さった。
「黒稜!!」
南雲が叫んだ。
「霜雪!!」
リリアも叫んだ。
黒稜は落ちた大薙刀の元へすぐに駆け出したが霜雪もすぐに黒稜を追った。
黒馬と白馬が重なった。
一瞬、時が止まった気がした。
リリアの無刃音叉が南雲を捉えた。
黒馬を白馬が追い抜いた時、南雲は馬から落ちていた。大薙刀は地面に刺さったままだ。
「見事だ!」
霜雪を止めると、ずっと傍観していた大甕が言った。
リリアは無刃音叉を構えたまま大甕を見た。
「これぞまさに”人馬一体”。お前は南雲師範との戦闘でそれを手に入れたのだ」
「馬術師範である大甕師範にそう言ってもらえるとは、至極光栄でございます」
大甕は微笑んだ。まるで闘志を感じない。
大甕は息を吐いた。
「お前を殺すのはとても惜しい。いや、お前だけではない。今迄俺が馬術を教えてきた生徒達全員を俺の手で殺す事などしたくはないのだ」
大甕は槍を肩に担いで言った。
「私も大甕師範を倒したくはありません! こちら側に就いてください!」
リリアが言うと大甕は目を瞑った。
「確かに、南雲師範も生徒達に手をかける事に疑問を抱いていた。しかし、割天風総帥の意志に共感し力を貸してきたのは事実。師範達の中で全てを総帥と共にと覚悟を決めた者は袖岡、太刀川、神々廻、そして、東鬼の4人だろう。俺と南雲は国家建国には賛成だったが、生徒達を捨て駒のようにする事には納得してはおらん。重黒木や栄枝もそうだったのではないかと思う」
リリアは静かに大甕の話を聴いていた。
「最後の最後まで、どうするべきかずっと考えていたのだが、お前と南雲の闘いを見て、俺は決めた。お前達とは闘わない」
大甕はそう言うと持っていた槍を思いっ切り地面に突き刺した。
「本当……ですか? 大甕師範」
リリアはにわかには信じられなかった。これまで師範がこちらに投降したという話はない。
「ああ。騙し討ちなどせぬ。ただし、俺は割天風総帥にも手は出さん。後はお前達がどこまでこの苦難に抗えるのか、それを見届けさせてもらうとしよう」
そう言うと大甕は馬から降り、気を失っている南雲の身体を担ぎ上げまた自分の馬の背に乗せた。
「俺はお前達が勝てるかも知れないと思った。もし、お前達がこの戦いに勝ったなら、その時は俺と南雲は改めて学園再興に力を貸そう。行くぞ、黒稜」
大甕はまた自らの馬に乗ると地面に突き刺した槍を抜き、南雲の愛馬の黒稜を連れ森の方へと駆け去って行った。
リリアは大甕とも闘おうと覚悟していただけに、思わぬ形での戦闘回避に茫然としていた。
リリアが我に帰ったのは校舎の方で物凄い殺気を感じたからだ。
その殺気の方には鏡子と割天風が激しい戦闘を繰り広げていた。
そして、もう一人。誰かがその戦闘に加わっていた。
リリアは霜雪を鏡子と割天風の元へ駆けさせた。
鏡子の矢は割天風の振り回す禅杖にことごとく打ち払われた。
何本放っても、どんな技を使っても、御堂筋弓術では割天風に歯が立たなかった。
鏡子は脚の力加減だけで馬を操つりながら割天風を倒す手段を考えていた。
鏡子の持つ”神技・神鏡”は戦闘ではほぼ役に立たない。故に端から神技を使う事は考えていない。
割天風は悠然と立っているだけでこちらを威圧していた。
鏡子は腰に提げた矢筒から残り少ない矢を取り番えた。
その時、こちらに向かう1騎の馬蹄が聴こえた。
その馬蹄のする方向を見ると栗毛の馬に乗った黒髪の女、澄川カンナが駆けて来ていた。
鏡子は無事だった。
割天風は見たことのない具足と刃の付いた禅杖を持ってカンナの方を見ていた。
カンナは鏡子と割天風の間に響華を止めた。
「割天風先生、もうやめてください。これ以上血を流す必要はありません」
カンナは駄目もとで説得を試みた。だが、カンナの問いに答えることもせず割天風は口を開いた。
「澄川カンナ。お主の元へは瞬花と鵜籠を行かせたはずじゃが」
割天風の表情はいつもと変わらず読めなかった。しかし、交渉の余地はないという事は分かった。
「神髪さんは私のところに来ました。鵜籠も」
「それを突破してここに来たというのか?」
割天風の口元だけが動いていた。
「ええ。鵜籠は死にました。神髪さんが鵜籠を殺し、そして神髪さんはどこかに消えました」
割天風は眉をピクりと動かした。
「瞬花を一人で動かしたのは早計だったか。奴がこの学園から出ぬうちに捕えねばならぬか」
割天風は鵜籠が死んだ事には興味を示さず、持っていた禅杖を地面に威圧的に突いた。すると、カンナの響華と鏡子の馬は竿立ちになり暴れ出した。
「響華!? どうしたの!? 落ち着いて!!」
カンナは暴れる響華を鎮めようと必死に手綱を操り声を掛けた。鏡子も同様に愛馬を宥めている。
「さあ、往くぞ!」
割天風は一言発するとまだ馬を宥め切れていないカンナと鏡子へ凶悪な禅杖を振った。
カンナは響華の上で姿勢を低くして禅杖を躱した。その間に鏡子は馬を宥めて距離を取っていた。
2回目の割天風の横薙ぎが来た。
避け切れない。
そう思った時、1本の矢が割天風の横薙ぎを遮った。一歩、割天風はカンナから離れた。
「カンナ! 私も矢数が少ない。援護もそこまで出来ないわよ?」
鏡子は弓を構えながらカンナに叫んだ。
「了解しました! では私が美濃口さんを援護します! 割天風先生の動きを止めてください!」
カンナも響華をようやく宥めて割天風から離れた。
「響華、あなたは離れた所で待ってて」
カンナは響華にそう言うと響華から飛び降りて構えた。
「ふむ、なるほどな。2人で協力すれば勝てると思っているのだな? 甘いのお」
割天風は首を横に振って溜息をついた。
鏡子は矢を番えていた。鏡子からは洗練された氣を感じた。
鏡子の弓術は茉里と同じ御堂筋弓術。その弓術は動くものを射る事を得意とすると聞いたことがある。ならば割天風にも当てる事が出来るはずだ。その為にはカンナが隙を作ればいい。
カンナは割天風を見た。やはり割天風には全く隙がない。そして、カンナを見ているのか、鏡子を見ているのか、それ すらも分からない程異様な氣を放っていた。
カンナの全身からは汗が吹き出て身体中をポロポロと汗の雫が流れるのを感じていた。
行くしかない。
カンナは地面に両手を着いた。
「篝気功掌・地龍泉!」
自分の氣を地面に流し、割天風の足元から一気に地上に放出する。この技は巨大な熊さえも宙に浮かすことが出来る。 割天風のような人間なら軽く吹き飛ばすことが出来るだろう。その隙を鏡子がつけばいい。
しかし、割天風は一歩後ろに跳ぶと視認出来ないはずの地上に放出された氣をまるで見えているかのように避け、大きな禅杖でカンナの放った氣を斬り裂いた。そのままカンナの方へ走り禅杖を振り上げた。
油断した。避け切れない。
カンナは無意味だと分かっていたが両手で頭を庇った。
やはり学園総帥である割天風には勝てないか。氣を見切られた。
カンナが諦め掛けたその時、振り下ろされた禅杖を受け止める金属音が聴こえた。
恐怖で目を瞑っていたカンナが恐る恐る目を開けると、目の前には青い美しい髪のリリアが綺麗な白馬に乗り、割天風の禅杖を刀で受け止めていた。
「リリア……さん!?」
「カンナ、油断しては駄目よ。この人はこの学園で最も強い武人なんだから」
リリアはいつものおっとりとした優しい雰囲気ではなく、それこそ武人の面構えをしていた。
「鏡子さん、カンナ、そして私の3人で、総帥を倒しましょう」
リリアは言いながら割天風の禅杖を弾いた。
リリアの抜いていた刀はいつも背中に背負っていた色付きの名刀、睡臥蒼剣だった。
カンナも鏡子もリリアの言葉に大きく頷いた。




