第124話~犠牲~
50人はいた黒ずくめの集団を斑鳩は1人で10人以上は倒した。もはや周りの生徒達の生死は確認出来ない。ただ、キナの馬鹿でかい声は時折聴こえているので生きてはいるようだ。
斑鳩と交戦している1人の槍を持った男の指示により、黒ずくめの集団は生徒部隊のさらに奥へ進み、弓特部隊の元へ進まれてしまった。それからというもの、弓特部隊の援護はパタリと途絶えた。そして、女達の悲鳴が聴こえた。嫌な予感がした。敵に女はいない。つまり、悲鳴は生徒達のものだ。
「弓兵と言えど、なかなかやるではないか。俺の部下が手こずっておるわ」
斑鳩の目の前の男は涼しい顔をして槍を構えたまま言った。一撃も浴びせられていない。サイドバックの闘玉はあと5発分。100発用意しておいたが、この男に使い過ぎた。
男はまた斑鳩に突っ込んで来た。その槍を持った突進は油断していたら躱せない、とても鋭いものだった。
斑鳩はその突進を数度躱したので大体要領は把握していた。
男が槍を突き出した瞬間、その槍を右の脇で挟み、頭目掛けて回し蹴りを放った。男は頭を下げて躱し、斑鳩ごと槍を振り上げ振り回した。
たまらず斑鳩は手を離し着地すると同時に闘玉を1発打った。
その闘玉は男の顔面に当たったように見えた。しかし、僅かに逸れたのか男の顔から一筋の血が流れただけだった。
「くそっ!」
斑鳩は舌打ちをした。
「貴様、ようやく当てられたなその玉を。だが、それがお前の限界だ。俺を仕留める事は出来ん」
男が槍を構え今度は目にもとまらぬ速さで何度も突きを放ってきた。斑鳩の身体に何度も槍先が掠り、皮膚が避け血が吹き出た。
斑鳩がバランスを崩した時、男の槍はその隙を逃さんとばかりに真っ直ぐに斑鳩の心臓を狙ってきた。
「これで終わりだ。小僧」
槍が斑鳩に伸びた時、その槍を真上から何かが踏み付けた。その衝撃で槍はへし折れ、踏みつけた者はそのまま槍を持って驚いた表情をしている男の顔面を蹴り上げた。
「ぬっ……!? 重黒木師範!? 裏切ったのですか!?」
男は重黒木が裏切るはずはないと思っていたのかかなり動揺した様子だった。
重黒木はへし折れた槍を足で脇に払った。
「斑鳩よ。この男の名は常陸。かつて学園の生徒だった男で現在は鵜籠の影の部隊の隊長だ。お前ではこいつには勝てん。だが、奴に傷を負わせたのは上出来だったぞ」
重黒木は斑鳩を一度見るとすぐに常陸に視線を戻した。
「重黒木師範!? 力を貸してくださるのですか?」
斑鳩が言った。
「ああ。俺はこれよりお前達に就く。生徒達を駒のように扱う総帥には就いていけん。斑鳩、下がって仲間達を助けてやれ。こいつは俺がやる」
「重黒木師範! 感謝致します」
斑鳩は頭を下げすぐに黒ずくめの男達の殲滅に掛かった。
重黒木があの常陸という男を倒してくれれば勝利も近い。
斑鳩は完全に油断していた黒ずくめの男達を背後から強襲した。
「お久しぶりですね。と、言っておきましょうか。重黒木師範。まさかあなたが裏切るとは」
常陸は槍先のない槍を脇に放り投げて失望したように言った。
「悪いな。俺も多少は人の心が残っていたようだ」
重黒木は口元だけ笑いながら言った。
常陸は体術の構えをしてこちらの動きを窺っていた。まったく隙はない。流石は割天風のお気に入りと言ったところか。
「甘えは弱さですよ。あなたが教えてくれた事じゃないですか。僕は体術もあれから随分と鍛えました。ほら、さっきの序列7位の男。あんなのよりだいぶ強いはずだ」
「ふむ、では、体術師範のこの俺が、直々に見てやろう。来い! 常陸!」
常陸は笑顔だった。負けるとは微塵も思っていない。不気味な笑顔だった。
上位弓特部隊は男達を次々に射殺した。先程まで重黒木相手に矢を射ていたのでまったく人を射たという感覚はなかったが、今度の黒ずくめの男達へはあまりにも簡単に矢が当たった。しかし、恐ろしいのは一本当たったからといって、死なない事だ。急所を僅かにずらしているのか、即死せず、死ぬ間際に刀を振って襲い掛かってくるのだ。
それはまさに、狂気の沙汰だった。
それでも、弓特部隊の攻撃は次第に男達は数を減らし、黒ずくめの男達の中からオレンジ色の長いツインテールの髪が見え、くるくると蹴りを放ち続けていた。
「篁さん!? 皆さん! 篁さんを援護!」
茉里の合図で光希の周りの男達はあっという間に射殺された。
光希はふらふらとしてこちらに走って来た。しかし、その背後にはまた男達が集まって刀を振り上げた。
「篁さん!!」
茉里が叫ぶよりも先に、刀を振り上げた男達数人を斑鳩が蹴り飛ばし、光希を抱えてそのままこちらに走って来た。
「斑鳩さん! ご無事だったのですね! 篁さんもご無事で何よりですわ」
「ああ、重黒木師範のお陰で人まずはな。体特は2人やられた。叢雲と石櫃。抱と蔦浜は……」
斑鳩が辺りを見回すと最後まで残っていた男達が吹き飛んだのが見えた。
「よーっし!全員倒したーー!!」
キナが身体中血だらけで両手を上げて歓喜した。その脇から蔦浜がよろよろと1人を背中に乗せ、もう1人に肩を貸しながら現れた。
「やれやれ、過去最高に死ぬかと思った」
「あーーー! あいつ! 弓特の子達に触ってるー! 後醍院さんにおーこらーれるーぞー」
アリアは蔦浜の功績を茶化すように言った。
「怒らないですわよ。大切な仲間を命懸けで助けてくれたのですから」
「うわっ。珍しい」
茉里は冷静に答えた。アリアはその反応に対して面白くなさそうに口を尖らせた。
蔦浜は背負っていた者と肩を貸していた者をゆっくりと茉里の傍に下ろした。
「水無瀬さん! 櫛橋さん! 」
茉里は傍で膝を付いて2人の名前を呼んだ。
序列25位の水無瀬蒼衣と序列32位の櫛橋叶羽だ。2人とも身体中傷だらけで自分では動けないようだが生きてはいるようだ。
「助かりました。あの……ごめんなさい。お名前は存じ上げないのですが……」
青い髪の蒼衣が言った。
「ああ、俺の名前は蔦浜……」
「ありがとうございます。蔦浜祥悟さん」
蔦浜が下の名を名乗る前に蒼衣と共に横になっていた叶羽は蔦浜のフルネームを呼んだ。
「だが、全員救えたわけじゃない」
蔦浜は首を横に振って言った。
すると今度は千里が気を失っている矢継を背負って重そうに歯を食いしばりながらやって来て蒼衣と叶羽の隣りに寝かせた。
「矢継さんを運んで来ました。重黒木師範の言っていた通り息はあります。良かった」
千里はほっと胸をなで下ろした。
次々と生存が確認された弓特生達。しかし、茉里は全員の生存が確認できるまで気が気ではなかった。
「ねぇ! それより、お姉ちゃんは?」
アリアは助かった3人をしゃがんで見ていたが、自分の姉がいないことに気が付いた。
「あ……マリアさんは……」
横になっていた蒼衣が震える指で黒ずくめの男達の死体が大量に倒れている方を指した。
アリアは蒼衣の指差す方へ一目散に走って行った。
「お姉ちゃん!! お姉ちゃん!?」
アリアは黒ずくめの男達の死体を両手でどかし必死に姉のマリアを探し始めた。
茉里もマリアの捜索を手伝おうと立ち上がった。
「後醍院さん、こちらでも弓特の子を保護しましたよ」
茉里の背後から四百苅奈南が剣特の逢山東儀と扶桑匠登を引き連れて現れた。奈南は白い肌や着物に返り血を浴びているだけで傷一つない。奈南の後ろにいる逢山と扶桑は傷だらけで立っているのが不思議なくらいだ。そんな逢山は1人の女に肩を貸していた。
「蓬莱さん! 良かった! あなたも無事だったのですね」
「ええ、わたしの弓は斬られちゃいましたけど、なんとか……」
逢山が肩を貸していたのは序列30位の蓬莱紫月だった。全身血塗れで今も左腕からは血が流れていた。
「大変! 急いで手当しなければ!」
茉里は逢山から紫月を預かり横に寝かせた。
奈南は両手の双鞭に付いた血を振り払い腰に戻した。
紫月の血が止まらない。
「さっき向こうで御影先生を見ました。すぐにここへ連れて来ます」
重症の紫月を見た奈南はそう言い、近くの馬に飛び乗り、戦場にいるという御影を探しに馬を駆けさせた。
茉里はとにかく紫月の血を止めようと自分のスカートの裾を破り、紫月の左腕に巻ききつく縛り上げた。
蒼衣と叶羽の手当は斑鳩が手際良く応急処置をしてそれを千里が手伝っていた。
「ほかの生徒達は大丈夫か!? 槍特は!? それと、リリアと伽灼、鏡子さんは!?」
手当をしながら斑鳩がほかの生徒達の生死を確認させた。
「あー、槍特とリリアさんはまだ戦闘中みたいです! 美濃口さんと外園さんはここからは確認出来ません」
キナがいち早く報告した。
その時、アリアの悲鳴が聴こえた。
何事かと皆が悲鳴のした方を見た。
そこでアリアが誰かを膝枕にしていた。
「アリアさん!? どうなさったの!?」
茉里は紫月の腕を抑えながら叫んだ。
しかし、アリアからの答えはなかった。
茉里は近くにいたキナに紫月の止血を頼み、自分はアリアの方へ走った。
アリアの膝の上にはアリアの姉のマリアが血塗れで横たわっていた。
「マリアさん!!」
茉里はマリアに声を掛けた。
マリアは薄っすらと目を開け茉里の方を見た。
「あぁ……後醍院さん。ごめんなさい。僕、しくじっちゃっいました……。魅咲ちゃんを……」
マリアは震える指先で一点を指差した。その方向を茉里が見ると、黒ずくめの男達の死体の間に涼泉魅咲が倒れていた。
茉里は急いで魅咲に駆け寄り声を掛けた。
しかし、魅咲が返事をする事はなかった。
死んでいた。目は半開きで口からは血を流していた。
「そん……な……」
茉里は魅咲の遺体を抱き締めて涙を流した。
戦争なのだ。死者が出るのは当然で、それが自分達の仲間から出る事も十分ある話だ。ただ、仲間の死に直面するのは初めてだった。しかも同じ弓特で同じ部屋の仲間なのだ。
「涼泉さん……守ってあげられなくて、ごめんなさい」
茉里は魅咲の瞼をそっと閉じてやった。茉里の中でその時だけ一瞬時が止まったような気がした。




