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序列学園  作者: あくがりたる
学園戦争の章~転~
123/138

第123話~学園最強の師範~

 戦場となっている学園の広場の東側で大きな爆発があった。その近辺には黒煙が立ち込め、何が起きたのか分からなかった。

 恐らくその場の全員がその爆発のあった方角を見たのではないだろうか?一瞬、時が止まった気がした。

 だが、余所見をしている暇はない。

 茉里(まつり)は馬から落とすことに成功した体術師範、重黒木(じゅうくろき)にまた矢を向けた。

 重黒木の馬はアリアと矢継(やつぎ)千里(せんり)の騎射で射殺された。重黒木はすぐに馬を捨て巧みに身体を回転させながら弓特の精鋭の騎射を躱し、打ち払った。

 あっという間に千里に接近し、跳び上がり後ろ回し蹴りを入れた。接近戦が苦手な千里は簡単に馬から叩き落とされた。


「大丈夫か? 新居(にい)!」


 矢継が馬を飛び降りすぐに落馬して倒れていた千里に駆け寄った。


「大丈夫です……ありがとうございます」


 千里は落馬の時に受け身を取っており大した怪我はなかったようだ。

 茉里はその様子を横目に確認すると隣りで矢を射ているアリアを見た。


「アリアさん! 重黒木師範をわたくしと左右から挟み同時に射掛けます! 左側に回ってください!」


「了解でありまーす! 後醍院(ごだいいん)さん、間違っても私には()たないでくださいねー」


 アリアは軽口を叩く余裕があるようだ。

 茉里は少し苛ついたがすぐに忘れることにしてこちらに走ってくる重黒木の右側に回った。アリアもしっかりと左側に回り既に矢を構えていた。茉里はアリアの事が嫌いだったが実力は弓特でも茉里に次ぐものを持っていたので多少は信頼していた。

 接近戦に持ち込まれる前に仕留める必要がある。接近戦では茉里とアリアの2人がかりでも確実に負ける。そして、敗北は死だ。

 しかし、茉里はカンナの願いが心に引っかかった。そのせいか、茉里の矢を射るタイミングが僅かに遅れた。


「この馬鹿ーーーー!!」


 アリアが絶叫した。

 アリアの矢は既に重黒木に払い落とされ、茉里の放った矢も重黒木に捕まれ投げ捨てられこちらに走って来た。

 重黒木は茉里の前で軽く跳び、右の掌底を顔面に放った。


「うぐっ」


 茉里は馬から吹き飛ばされ、弓を持ったまま地面に転げ落ちた。

 絶えずアリアは重黒木を仕留めようと矢を射続けていた。しかし、上手く躱されまだ1本も当てられていない。矢継と千里も重黒木に射掛けているが一向に当たらない。

 その矢を躱す動きはもはや神業と言っても過言ではない。

 重黒木は馬から射掛けるアリアを捕捉し矢を躱しつつ首根っこを掴み馬から引きずり落とすとすぐに矢継と千里の元へ走った。

 矢継は弓を捨て腰の刀を抜いた。


「新居、下がって援護しろ!」


 矢継は重黒木に刀を振った。重黒木は表情一つ変えず矢継の剣舞を躱し刀を振る腕を掴んでそのまま背負い上げ地面に叩き付けた。


「ぐぁっ!」


 矢継の呻き声と同時に千里が矢を放った。しかし、その背後を射た矢ですら重黒木に掴まれ投げ捨てられた。

 茉里は遠目からその様子を見て、この男には弓では勝てないのではないかと恐怖が込み上げてきた。





鏡子(きょうこ)よ。お前の弓特部隊が大分劣勢じゃぞ? それも重黒木1人にな」


 割天風(かつてんぷう)は殺気を放つ鏡子を前に悠然として言った。

 鏡子は割天風に矢を向けたまま答えた。


「私はあの子達を信じています。だから私がここに来たのです。簡単には負けないでしょう。あの子達が戦ってる間に私があなたの首を上げます」


 割天風は顎の髭を撫でた。


「そうかそうか。誇れる生徒達で何よりじゃ。しかし、重黒木は師範達の中で最も優れた戦闘術を持っておるぞ。体術とは、全ての武術の基本。それを極めた師範に、弓術のみを学んだ者達だけで勝つ事は不可能だと思うがのぉ。それにじゃ、どうやら桜崎(さくらざき)アリアの機嫌が悪くなっておるようじゃぞ?」


 割天風が指を指したので鏡子もそちらを見た。

 状況はよく分からないが、アリアが茉里に怒鳴っているように見えた。


「弓特の上位は問題児ばかりじゃな。本当に信用出来るのかのぉ」


 割天風は笑い声を上げた。

 鏡子は歯軋りをして割天風に矢を向けたまま睨み付けた。





 千里の目の前に重黒木が迫った。

 片足立ちで矢を射ていた千里は躱す間もなく首を掴まれた。

 苦しそうに千里は脚をばたつかせ、何度も重黒木の身体を蹴った。

 茉里が援護の矢を放とうとした時、倒されたはずの矢継がまた重黒木に斬り掛かった。

 矢継を見た重黒木は片手だけで持ち上げていた千里を矢継の方に投げ付けた。

 矢継が千里を抱き留めるとすぐに千里を抱えたまま重黒木から離れるように走った。


「や、矢継さん? 何して……。助けてくれた事にはお礼を言いますが、私を抱えたままではあなたも()られますよ?」


 千里は太くガッチリした腕で自分を抱えながら走る矢継に言った。


「重黒木師範に近付いたら死ぬ。俺は、お前を死なせたくない。死ぬなら俺が死んだ後にしてくれ。俺はお前の死ぬところなんて見たくねぇんだ」


「え……?」


 矢継がどういう意味で言ったのか千里には分からなかった。矢継は茉里の近くに千里を下ろすとまた重黒木に向かって走って行った。


「新居さん。無事!?」


 茉里は千里の前で膝を付いて顔を覗き込んだ。


「……ええ」


「新居さん、お顔が赤いですわ? お熱でもあるんじゃ……」


「はっ!? そ、そんなわけない!そんなわけ……」


 千里はすぐに立ち上がりまた弓に矢を(つが)えて重黒木を狙った。


「今度は私が矢継さんを助けなきゃ」


 千里から闘争心は消えていなかった。

 茉里も弓に矢を番えようとした時、アリアが物凄い形相でこちらに走って来た。


「この馬鹿!! あんたやる気あんのかよ!? マジでさぁ! 御堂筋弓術みどうすじきゅうじゅつが使えるあんたがしっかり射掛けてれば重黒木師範を()れたのにさぁ! 役立たず!」


 アリアは気が狂ったのかと思う程に激怒して茉里の怪我していた脚を蹴った。


「いたっ!」


 茉里はあまりの痛みにうずくまった。


「は!? ちょ、ちょっと! 何してるんですかアリアさん!?」


 重黒木を狙っていた千里が後ろの騒ぎに気付き振り向いて咎めた。


「うるさい! 黙れ! 千里! 後醍院さんが私に命令したくせに自分がボケっとしてたから仕留め損なったんだよ! この馬鹿のせいなの!」


「今はそんな事言ってる場合じゃないですよ!?」


 千里は矢を射るのをやめて茉里の介抱を始めた。


「何それ!? 千里! まるで私が悪者みたいな扱いね!?」


 茉里はアリアを見た。アリアが度々荒れる事はあったが、ここまで荒れたのは初めてである。こうなってはもう姉のマリアしか止められる者はいない。何を言っても無駄だ。


「新居さん、もういいですわ。それより……!?」


 茉里が千里の方を見ると、その後ろには先程まで矢継と闘っていたはずの重黒木が佇んでいた。

 千里は重黒木の殺気で身体を硬直させていた。

 終わった。

 茉里も千里もアリアも敗北を悟った。

 しかし────

 重黒木は千里を素通りし、茉里とアリアの方に歩いて来た。

 そして、矢を番えようとしたアリアの顔を思いっ切り張り飛ばした。


「きゃあぁっ!!?」


 アリアは遠くへは吹き飛ばず、その場で空中を回転しながら地面に倒れた。

 茉里は太ももに仕込んであるナイフに手を伸ばした。その瞬間に重黒木は茉里の腕を脇で挟み肘を締め上げた。


「うあっ!」


 茉里は苦痛に顔を歪めながら重黒木の顔を何とか見た。男に身体を触れられる屈辱。しかし、いつもの嫌悪感が何故かあまり湧いてこなかった。

 重黒木の顔は先程までの無表情ではなく、怒りの表情になっていた。


「桜崎アリア!! 戦闘中に隊長への暴言や暴行を加えるとは何という体たらく! そんな事を誰が教えた!?」


 突然、重黒木は茉里の腕を締め上げたまま、今まで見たこともないくらいの怒りをアリアに見せた。

 アリアは倒れ込んだまま号泣していたが、重黒木の怒声に身体をビクッと震わせると顔を上げた。


「この学園の師範は誰一人としてそのような教育はしていないはずだ! これは本当の戦場なのだぞ! 死にたいのか! 大馬鹿者が!」


 アリアは顔を引き攣らせてさらに号泣した。

 重黒木は今度は茉里の顔を見た。腕はまだ締め上げられており、下手に動くと腕が折れるので動けなかった。


「後醍院茉里。お前もお前だ。戦場で情けは無用。俺を殺すのなら本気で殺しに掛かれ。何を躊躇ったのだ? あの時、お前が桜崎アリアと共に俺を挟撃していれば俺は死んでいた。何故躊躇った?」


 重黒木は怒ってはいるが語り掛けるように茉里に言った。


「わ、わたくしは……澄川(すみかわ)さんの恩師を殺したくなかったのですわ」


「澄川? 奴とお前に何の関係がある?」


「友達ですわ!!!」


 茉里は迷わず答えた。そうだ、カンナは友達。自分の持っていないものを持っている大切な友達。

 重黒木は一度目を瞑った。そして、ゆっくり開き茉里を見た。


「俺には、お前達くらいの娘がいた。体術を教えていたが病気で死んだ。とても真面目で体術という武術が大好きな子だった。まさに、澄川カンナのような子だった」


 茉里は突然の重黒木自身の話をを黙って聴いていた。この男がそんな話をするなどとは思いもよらなかった。重黒木は切ない表情をしていた。


「俺は、どうしても、お前達と娘の影が被ってしまう。俺は立場上お前達を殺さなければならない運命(さだめ)なのに、どうしても殺す事が出来ない。お前達を見ると、娘の事が頭に過ぎる。俺はもう若い娘が死ぬのを見たくない。たった今、お前に情けは無用と言ったばかりなのに、これでは説得力がないな」


 重黒木は茉里の腕を離した。


「確かに俺は、割天風総帥の意志に共感しこの学園に身を売ってきた。だが、純粋に武術を学ぶ生徒達を駒のように使うやり方だけには納得がいかなかった。周防水音(すおうみお)が殺された時、俺は既に心のどこかで決めていたのかもしれない。もう総帥には就いていけないと」


 重黒木はまだ悲しそうな表情で茉里を見ていた。締め上げられていた腕は不思議と痛みはなくすぐに弓を持てた。


「後醍院茉里。矢継玲我(やつぎれいが)は気を失っているだけだ。他の者もすぐに動ける。桜崎アリアにはお前からもキツく躾ておけ。無駄な犠牲を出さない為にな」


「はい! 重黒木師範」


 茉里は大きな声で答えた。この男こそが真の師範なのだ。厳しさと優しさを兼ね備えたまさに学園最強の師範である。

 アリアは泣きながら起き上がり弓を持つと何故か千里の隣に座り込んだ。


「俺は今度こそ決めた。お前達と共に学園に逆らおう」


 重黒木の加入宣言に茉里は頭を下げた。



 突然、生徒達の部隊の後方から続々と悲鳴が上がった。

 弓特部隊と体特部隊が黒ずくめの男達の大軍に揉まれていた。


「俺が行こう。お前達は援護を」


「了解致しました! 重黒木師範」


 茉里はこの重黒木という男だけは信用出来た。この男の人間性は鏡子やカンナと似ていた。

 茉里の視界に黒ずくめの男達の間に倒れている人影が写った。黒ずくめではない学園の生徒だ。


「そ、そんな……!」


 茉里は自分の目を疑った。

 動揺する茉里の背後からはすでにアリアと千里が黒ずくめの集団に矢を射掛けていた。千里がアリアを(なだ)めたのだろうか。

 その集団の中に重黒木は果敢にも1人で突っ込んだ。

 今は奴らを倒さなければならない。

 茉里は矢を番え、そして男達に矢を放った。


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