第120話~相思相愛~今度は私の番~~
鵜籠はつかさのがむしゃらな棒術を軽々と交わし、つかさの脚を払った。
つかさはその場に倒れたが、棒を杖代わりに使いすぐに立ち上がろうとした。しかし、鵜籠はその棒を蹴り飛ばし、またつかさを転ばせた。
豪天棒がつかさの手から離れて転がっていった。
近付く鵜籠の顔はあの時の男達と同じ穢らわしい顔をしていた。
つかさの身体は手から豪天棒が離れた事により完全に戦闘を放棄して硬直し、小刻みに震えていた。
「この学園にいる間は相手がいなくて寂しかったろう。ははは。しかし、お前の身体は快楽を求め続ける。俺が久しぶりの相手になってやろう」
鵜籠はつかさの顔を殴った。そのダメージで完全に動けなくなった。鵜籠は刀を鞘にしまうとつかさのたわわな胸を厭らしい手付きで触り始めた。
「やめてぇ!」
つかさの叫びが森の中に響いた。
「おい! 澄川カンナぁぁぁあ! お前の親友を今ここで! お前の目の前で醜く犯してやるよ! ははははははは!! 」
瞬花は顔の横で握った拳をカンナに見せ付けた。この一撃で終わらせようと言うのだろう。
だが、その時。つかさの叫び声と鵜籠の声が耳に入った。
カンナはもちろん、瞬花でさえ、今まで聴いた事のないような苦痛の悲鳴に思わず目をやった。
そこには、目を疑うような光景があった。
大親友のつかさ。大好きなつかさ。
そんな大切なつかさが鵜籠に馬乗りの状態で襲われていた。
カンナの心にはその瞬間に猛烈な憎悪と殺意が湧き上がった。
目の前の神髪瞬花などその時は忘れた。この戦いの目的さえも忘れて、カンナは鵜籠に一直線に駆け出した。
鵜籠に辿り着く前に、カンナは横から割り込む拳に進路を塞がれた。
止まってその拳を両手で捌き、黒いローブの瞬花ごと蹴り飛ばした。
瞬花は後方に吹き飛んだがバランスは崩さず、すぐにカンナに向かって来た。
その間にもカンナはつかさの様子を確認した。つかさの目からは涙が零れていた。つかさが泣いているところなんて初めて見た。あんなに強いつかさが泣いている。
それだけで、カンナは身体中の氣がどこからともなく溢れてくるのを感じた。憎悪や殺意と共にとめどなく溢れてきた。
「よく見とけ! 澄川カンナ! お前に殴られた傷が今も痛むんだ! この借りは返させてもらうからな! 神髪! しっかり澄川カンナを抑えておけ!」
鵜籠はカンナに対して怒りに燃えた目を見せた。
「やめろ! カンナには関係ない……」
弱々しいつかさの声が聴こえた。こんな状態になってもカンナの事を庇ってくれるのか。
カンナはもう思考出来ないほどに感情に支配されかけていた。
その時、意識から消してしまっていた瞬花の拳がカンナの頬を殴り飛ばした。
カンナはゴロゴロと地面を勢いよく転がり大きな木の幹に激突した。
痛い。でもこんな痛み、今のつかさの痛みに比べたら大した事はない。
すぐに立ち上がり、瞬花を無視してまた鵜籠の方に走り出した。
「つかさから離れろ! つかさに触るな!」
カンナは鵜籠を殺す為だけに全ての氣を使わんばかりの勢いで突っ込んだ。
「神髪! 抑えとけと言ったろ! 何やってる!」
鵜籠がカンナの殺気に恐れをなしたのか大声で叫んだ。
瞬花もまたカンナを遮る為に身体を捻って跳躍し華麗な蹴りを放ってきた。
「邪魔をするな!」
カンナは瞬花の蹴りを両腕で受け止め、そのまま振り回し投げ飛ばそうとしたが、瞬花のもう片方の脚がカンナの顎に炸裂してカンナは手を離して仰向けに倒れた。
「こいつ……」
瞬花はボソリと呟くと、綺麗に受け身を取ったので土一つ付いていなかった。
「なんと禍々しい氣なんだ。今までの奴の氣ではない。こんな氣をどこに隠し持っていたのだ」
瞬花は倒れているカンナを見ながらそう言うとついにローブを脱ぎ捨てた。
「つかさを……助けるの……邪魔しないで……」
カンナは荒い呼吸をしながらまた起き上がった。
「今は私が貴様の相手だ。余所見をするな」
「鵜籠を先になんとかしないと、つかさが」
「お前にとってあの女はそんなに大事なものなのか?」
「大事だよ! 一人ぼっちの私を闇の中から救ってくれたの! つかさがいなかったら私は今ここにいない。とっくに死んでた」
「闇の中から……救った?」
瞬花はカンナの話を聞いて目を細めた。
カンナは瞬花の隙をつき、また鵜籠の方へ走り出した。
鵜籠は舌打ちをし、刀を抜くと、つかさの喉元に刀を突き付けた。
「おっと! 寄るなよクソ女! 近付けばこいつの喉を掻っ切る。大人しくこの女が快楽に溺れるイキ顔でも眺めていろ!」
カンナは鵜籠の言葉にその場で止まるほかなかった。歯軋りをし構えたまま鵜籠を睨み付けた。
「卑怯者め……」
その間瞬花は動かず腕を組んだままカンナの様子を窺っていた。いつ邪魔をしてくるか分からない。しかし、瞬花に構ってる猶予はない。
鵜籠の手が動くとつかさの服を刀で裂き、手で引きちぎり始めた。
つかさの悲鳴が当たりに響いた。
「やめろぉぉぉぉ!!」
カンナが叫んだ時。カンナの横を何かが物凄い速さで通り過ぎた。それは鵜籠の所へ真っ直ぐに突っ込み鵜籠を宙に舞い上げた。
カンナは何が起きたのか一瞬分からなかった。
「お、お前……何をしている」
瞬花はいつの間にか槍を手にしており、その槍を真上に掲げて立っていた。その槍の先には鵜籠が串刺しになって血を流しながら苦悶の表情を浮かべていた。
カンナはどうしてこうなったのか理解が出来なかった。
「貴様の存在が煩わしくなった。私の目的は澄川カンナ。だが澄川カンナは先程から貴様を殺す事に躍起になり私に本気で向かって来ない。要するに、貴様は邪魔なのだ」
瞬花は鵜籠を高く槍先に突き刺したまま冷酷に言い放った。槍先は鵜籠の右肩を貫いており致命傷ではないが、傷口からぽたぽたと真っ赤な血が流れ落ち、瞬花の色白の綺麗な肌に点々と落ちた。
カンナは言葉もなく、ただその様子に目を奪われた。いつの間にか先程までの強い憎悪と殺意は収まってきていた。
「わ、分かった。邪魔はしない。だから早く下ろしてくれ。俺が悪かったよ」
鵜籠は顔を歪めながらへらへらと笑いながら瞬花に許しを乞うた。瞬花は表情を変えず鵜籠を凝視していた。
「貴様を生かしておく価値が、私には見い出せないのだが? 貴様は今まで私が闘って屈服させてきたどんな敗者達より卑しく弱い。まさに塵芥以下の存在だ。私の前で女を犯す様を晒そうとした事も不快の極み」
そう言うと、瞬花は槍を真上に勢い良く伸ばし鵜籠の身体を宙に放った。そして、落ちてくる鵜籠を槍先で弧を描くように撫でた。
瞬花の真上で真っ赤な血が飛散した。
ぼとっと地面に鵜籠の首と身体が綺麗に両断され無残に転がった。
瞬花はもうその肉塊を見てはいなかった。
「神髪……さん」
カンナは瞬花に声を掛けた。助けてくれたのか。
そう思った瞬間、瞬花はまた地面に槍を刺し、カンナの懐に入り身体の3箇所を指で瞬時に突いた。
「きゃっ!?」
全く反応出来なかった。カンナはその場に崩れ落ちた。
「カンナ!!」
カンナが座り込んだのを見て、つかさが起き上がり叫んだ。
「勝負は見えた。最後までやる必要はない。貴様は到底私には勝てない。今の貴様に私は興味が失せた」
瞬花はカンナに背を向けて脱ぎ捨てたローブを拾った。
「”遮変除”、”天楽”、もう1つはどこを突いたんですか? 神髪さん」
カンナの言葉に、瞬花はローブを持ったまま振り向いた。
「”駆動穴”。神髪正統流槍術に伝わりし秘孔。”鼓動穴”の僅か数ミリ下に位置する”氣”の循環を司る。感情を爆発させて己も知らない邪悪な氣を身に纏うなど、愚の骨頂。放っておけばいずれその邪悪な氣に支配されてしまうぞ」
瞬花は一瞬でカンナが戦闘前に自ら突いたツボを突き直し身体の機能を元に戻し、さらに何故だか氣の循環系を刺激したのだ。
「どうして私にそんな事を……?」
「貴様に可能性を見出した。もう少し泳がせれば貴様は少しくらいなら私を楽しませてくれそうだ。その為に”駆動穴”を突いた。新たな力を見付けるきっかけだけ与えてやる」
瞬花は地面に刺した槍を抜き、ローブを持ってつかさの方へ歩き出した。
つかさは服が引き裂かれ半裸になっていた。
瞬花からは殺気を感じなかった。それどころか”遮変除”を突かれたはずなのに、カンナの氣が瞬花の氣に反応のする事はなかった。違和感を覚えながらもカンナはつかさに近付く瞬花を取り押さえようと、痛みの走る身体を引き摺りながら地面を這うように瞬花を追った。
だが、カンナのその心配は杞憂だった。
瞬花はつかさの前に立つと、持っていたローブをつかさの足元に放った。
「使え」
それだけ言うと瞬花は指笛を吹き、自分の馬を呼び、それに飛び乗った。
「か、神髪さん! 助けてくれて、ありがとうございます」
つかさがローブを胸に当てがいながら言った。
瞬花はちらりとつかさを見た。
「勘違いするな。貴様を助けたわけではない。貴様を鵜籠に好きにさせないことが結果的に私に利益を生む。そう思った故に奴を始末したのだ」
瞬花は鷹のような鋭い目でつかさを見ると、今度はまたカンナを一瞥した。
「私は行く。後は好きにするがいい。安心しろ。もう貴様らに干渉はしない」
瞬花はもうこちらを見ずに馬の腹を蹴ると、深い森の中へと消えてしまった。
カンナは瞬花が見えなくなると、身体の痛みを堪えてつかさの元へ駆け寄った。
「大丈夫!? つかさ!?」
「カンナ……ごめんね、こんな恥ずかしい姿見せちゃって」
瞬花に貰ったローブを纏ったつかさはまだ涙を流しながらぶるぶると震えていた。
カンナはつかさを抱き締めた。
「すぐに助けてあげられなくてごめんね。私本当に役立たずで……でも、もう大丈夫だよ。つかさ。私がここにいるよ。傍にいるから」
つかさの震えは止まらなかった。身体はとても冷たく顔色も悪い。そして、涙を流し続けていた。
「カンナ……私、怖くて身体が……言う事をきかないの……。私の事は放っておいて、鏡子さん達の所へ行って」
つかさは唇を震わせながらカンナの身体にもたれ掛かった。
「置いていけるわけないでしょ? つかさ。今度は私があなたを助けてあげる番。やっと、あの時の恩に報いる事が出来る」
「あの時の……恩?」
つかさは何の事だか分かっていないようだった。
カンナは自分が学園に入学して間もない頃に、つかさが多綺響音による死にたくなるような嫌がらせから救ってくれた事を思い出していた。あの時つかさがいなかったらカンナは死んでいた。今ここにいなかった。
「あの時は、本当にありがとう」
カンナはつかさの左胸の”鼓動穴”に右手を置くと優しく氣を流し込んだ。
「篝気功掌・心鼓動穴」
つかさは身体をびくっと震わせ、カンナを抱き締める腕に一瞬力が入った。そして、徐々につかさの身体は熱を帯びてきたのが分かった。
「これが……カンナの”氣”……。とても温かくて……気持ちいい……」
つかさは先程までの苦しみと悲しみが入り混じったような表情から一変し、とても恍惚とした表情をしていた。
「つかさ、私の事好きって言ってくれたよね。私もね、つかさの事、大好きだよ」
「うん。ありがとう。カンナ」
カンナとつかさは少しの間抱き合ったままとてつもない幸福感に浸っていた。カンナがつかさへ抱く感情はこの時、”友情”からもっと別の”愛情”に似た何かに変わりつつあった。もしかしたらつかさのカンナへ対する好意はすでに”友情”を超えていたのかもしれない。
そんな想像が頭をよぎった。つかさといる事が何よりも幸せに感じた。それは、斑鳩へ抱いた感情とは違った。ただ、今はこの気持ちがなんなのかなどはどうでも良かった。いつまでもこうして抱き締め合っていたい。
しかし、そうも言っていられないのだ。
「立てる? つかさ」
「もう大丈夫だよ!」
つかさは豪天棒を拾いカンナと共に立ち上がった。
「行こう! みんなの所へ」
「うん!」
つかさにはもう悲しみや苦しみの表情はなかった。いつもの凛々しいつかさに戻っていた。
カンナとつかさは馬に跨り、鏡子や斑鳩達が戦っている戦場へ急いだ。




