第12話~響音と月希4~
人の気配がする。
響音はカッと目を見開いて上体を起こした。同時に右肩に激痛が走り身悶えた。
「まだ動かない方がいいわよ? 響音さん」
学園の医務室のベッドの上だった。
隣に表情を動かさず淡々とした様子で座っていた畦地まりかが言った。
「月希、月希は!?」
痛みの酷い右肩を抑えながらまりかに月希の所在を訊く。
「覚えてないの?」
まりかは相変わらず表情を動かさない。そのせいで感情が読み取れない。
響音はようやく自分の右腕が無い事に気付いた。
「え……右腕が……!!? あ……」
耳を劈く悲鳴が部屋に響いた。
響音はようやく月希が殺された事を、目の前で死んだ事を思い出した。
しかし、響音の悲鳴にさえ動じないまりか。片目を瞑り、鬱陶しそうな表情をしただけだ。
「落ち着きなさいよ、響音さん。あなたが取り乱したところで月希ちゃんは帰ってこないわよ」
響音はまりかの方を見た。
不気味なほどに冷静で口元しか動かしていない。その様子が堪らなく不愉快だった。
「響音さん!?」
部屋の扉が開き、茜 リリアが入ってきた。
まりかに何か言ってやろうと思ったがリリアの突然の登場に言葉を飲み込んだ。
「悲鳴が聞こえたから……大丈夫ですか!?」
リリアは心配そうに響音に近付く。
「リリア……あたしは月希を……守れなかった」
「響音さんのせいじゃありません。青幻とかいう賊のせいです」
青幻、その名を聞きはっとしてリリアの肩を左手で掴んだ。
「リリア、青幻はどこへ行った!? 学園へは来なかった!?」
「落ち着いてください! 青幻は学園へは来ていません。村人の情報によれば、この島からすぐに出て行ったそうです」
「あなたは1日眠っていたの。あと黄龍心機と月華も持って行かれたわよ」
まりかが表情を変えずに言った。
「そ、そんな……」
響音は脱力し目と口を開けたまま何処かを見つめていた。涙が溢れていた。
「分かったわ、響音さん」
まりかが立ち上がった。
リリアは立ち上がったまりかを見たが、響音は一点を見つめたまま呆然としたままだ。
「響音さん、今あなた、青幻を追いかけようと思わなかったでしょ? 月希ちゃんの仇を取ろうと思わなかったでしょ?」
響音はまりかを睨む。
しかし、リリアが響音とまりかの間に割り込んできた。
「ちょっとまりかさん、何言い出すんですか!?」
リリアは驚いて、まりかを座らせようと両肩に手を置く。だが、まりかはリリアを見ずに睨み付けた響音を見下すような目付きで睨み返している。
「あなたは青幻が怖くて追いかけようと思わなかった。月希ちゃんの仇を取るという気持ちよりも自分の恐怖心のほうが強く、逃げようとした」
「何ですって……? あたしが、あたしが、月希の仇を取ろうとしてない!? 逃げようとしたですって?? あなたに、あなたに何が分かるってのよ!?」
言った響音の身体は明らかに震えていた。まりかの言う通り恐怖以外の何者でもない。実際、青幻の圧倒的な強さにより植え付けられた恐怖心が響音を支配していた。それをまりかに見透かされ、事実として述べられたことが恥ずかしく、極めて不愉快だった。
「あなたは今自分のことしか考えてないわ! もしあなたが青幻を追いかけようとしたら、私は力を貸してもいいと思っていたのに、とんだ腑抜けだったのね。序列5位が、聞いて呆れるわ。ま、いくら騒いだところで、月希ちゃんはもう戻らないものね。もういいわ」
響音の顔は赤黒くなっていた。
「序列8位のくせに偉そうなことばかりいいやがって!! あんた何様なのよ!! あんたと一緒に青幻を追いかけたところでアイツを殺すことなんて出来ないわよ!!」
言い争う響音とまりかをリリアが止めよとあたふたしていた。
まりかは、今まで見た事のないような殺意に満ちた目をして言った。
「お前が死ねば良かったのに」
響音もリリアも言葉を失い固まった。
「響音さん、今私に序列8位のくせに、とか言ってましたよね? だったら私、序列8位畦地まりかは序列5位多綺響音に序列仕合を申し込みます」
まりかの暴走した発言をリリアがすかさず止めに入る。
「い、意味が分かりません! 今そんな事してる時じゃないですよね? どうして仲間内で争うんですか? 冗談はやめてください!」
リリアは悪い冗談だと思っていた。
「分かった」
リリアはその響音の返事を聞いて目を見開いて絶句している。
「ただし、あんたが負けたらこの学園から出ていきなさいよ、まりか」
「いいわよ。もちろん響音さん、あなたが負けたら序列5位は私のものよ?」
響音は頷いた。
まりかはそれを見届けると部屋から出て行った。
「響音さん、何であんな仕合受けちゃうんですか!? まりかさん、月希ちゃんが殺されて辛くてあんな事言ってるんですよ、まりかさんも冷静じゃないんです! それに、今まりかさんと仕合して月希ちゃんが喜ぶとでも」
「お前が月希を語るなよ!!」
響音は冷静に綺麗事ばかりいう他人のリリアに虫唾が走り思い切り腹を蹴り飛ばす。
「きゃっ!?」
壁にぶつかり、リリアは座り込んだ。
「何もかも奪われたあたしの気持ちが、お前やまりかに分かるのかよ!!」
「どうして、こうなっちゃうの……どうしてみんなバラバラになっちゃうの? こんなの、月希ちゃんは」
また月希を語ろうとしたリリアが話終わる前に叫んでいた。
「出てけ!!」
リリアは涙を流しながら部屋から走り去った。
響音は荒い呼吸を繰り返し、誰も居なくなった部屋で残された左手の親指の爪を噛んでいた。
愛しい妹の月希に整えてもらった綺麗な爪がまだそのまま残っていることにも気付かずに……




