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序列学園  作者: あくがりたる
学園戦争の章~転~
118/138

第118話~序列10位 vs 序列1位~

 黒いローブの女は槍を持ったまま馬から降りた。そして、ゆっくりとカンナに近付いてきた。


「何かの合図か? いきなり大きな音を出して」


「えぇ、でも、あなたには関係ないと思いますよ」


「確かに、関係ないな」


 この会話の間でさえ、カンナは汗が滝のように流れているのを感じた。呼吸の仕方を忘れるくらい、呼吸が乱れていた。今まででこれ程までに動揺した事はない。

 瞬花(しゅんか)はそれを見てにやりと笑った。


「同じだな。皆貴様と同じような状態になる。私の前では精神が萎縮し、万全の状態で闘える者はいなかった。皆、蛇に睨まれた蛙だ」


 瞬花は今度は寂しそうな顔をした。

 カンナは強ばる体に鞭を打ち、ゆっくりと構えた。

 そして、右脇の下を左手の親指で思い切り突いた。カンナは苦悶の表情を浮かべた。

 瞬花は目を見開いた。


「”天楽(てんらく)”というツボを突きました。これで全ての身体の機能は通常通り」


「”天楽”。それで私とやれるつもりか?」


「やれるかどうかは分かりません。ですが、これが私の万全な状態です!」


 カンナがいつも通りの口調で言った。呼吸も落ち着き、汗も止まった。

 ふと、瞬花は左手でフードを外した。その顔は女神のように美しく、とても今まで感じていた強大なおぞましい氣を放っていた女とは思えなかった。ただ、目付きは鷹のように鋭いが光がない。


「万全? ”遮変徐(しゃへんじょ)”を突き、氣の感知能力を阻害した上でさらに”天楽”を突き、身体の各所の興奮を抑えたその状態が万全なのか? 私には力を制限してしまっただけに思えるが……」


 確かに瞬花の言う通りだ。身体の機能を制限した。しかし、この強大な氣の塊が目の前にある限り、このくらいの制限でもしなければ身体がおかしくなってしまう。瞬花の前ではこれが万全なのだ。


「万全かどうかは、やってみればわかるな」


 瞬花は槍を地面に突き刺した。

 カンナは眉間に皺を寄せた。


「怪訝そうだな。貴様、体術使いであろう? ならば私も体術のみで遊んでやろうというのだ。掛かって来るがいい」


 瞬花は腕を組んだまま無表情で言った。


「私は、あなたとお話をする為に来たんです。闘う為に来たのではありません」


 カンナはそう言うと瞬花の目を見詰めた。


「なんだと?」


 瞬花は明らかに苛立った様子だった。


「あなたは何故闘うのですか? 学園が、割天風(かつてんぷう)先生が何を企んでいるのか知ってますか?」


 カンナは声のトーンを上げた。


「私は、貴様との歓談に興味はない。割天風先生の企みなどにも興味はない」


「あなたにとって割天風先生とはなんですか?」


 カンナは質問を変えた。


「興味がない」


 瞬花はもう喋らないとばかりに口を真一文字に結ぶとカンナに向かって走って来た。

 瞬花は一瞬でカンナの懐に移動し、胸に向い掌打を放った。カンナはそれを右手でいなした。

 瞬花は少し目を大きく開きカンナを見た。そして、すぐに後ろに下がった。

 カンナは構えたまま瞬花の様子を窺った。


「私の初撃を受け切っただと!? ……面白い。見せてみろ。篝気功掌(かがりきこうしょう)を」


「分かりました」


 瞬花の目の色が変わった。カンナに興味を持ったという感じだ。

 カンナは体内の氣を凝縮して両手に集めた。話し合いに持っていく為には多少の戦闘は必要という事か。

 カンナは覚悟を決めた。


「いきます!篝気功掌・天心斬戈掌(てんしんざんかしょう)!!」


 カンナはその場で側転するように回転し、両手から氣の刃を次々と放った。


「氣の刃か。なるほど、だがこれは私には当たらんぞ。軌道が丸見えだ」


 瞬花はつまらなそうに氣の斬撃を左右に軽々と避け、目で追えない程の速さでカンナに接近した。一瞬、拳が顔に迫るのが見えた。捌こうと思ったが手が追い付かず、カンナの左頬に瞬花の拳がめり込んだ。

 カンナはその凄まじいまでの威力に身体を吹き飛ばされたが、地面に手を付いてなんとか大勢を立て直した。

 瞬花は構えずカンナを見ていた。ローブはまだ着たままだ。


「篝気功掌・連環乱打(れんかんらんだ)


 カンナは合掌し、身体中の氣を持久力が上がるように循環させた。


「ほほう。身体の氣の動きが変わったな。自らの氣を全て思うがままに操れるというわけか」


「見えるんですか?」


 カンナは瞬花の言葉に耳を疑った。


「見えるのではない。感じるのだ。ただ、貴様の氣は絶対量があまりにも乏しい。これでは大技はあまり使えないであろう。まあ、今まで私が相手にしてきた敗者共に比べたら大分楽しめそうだがな」


 瞬花は口元だけ笑っていた。この女は戦闘にのみ感情を表すのだろう。

 カンナは息を吐いた。

 踏み込む。

 瞬花の間合いに入り氣を込めた掌打を何発も放った。しかし、すべての掌打は的確にいなされ、躱され一撃も入れられなかったどころか掠りもしなかった。

 意表を突いての蹴りも瞬花相手にはすべて読まれ、有効打が入らない。

 そんな怒涛の攻撃を5分近く続けたがお互い息も切らさないのでただ、平行線を辿るだばかりだった。

 これが、序列1位に君臨する女の力か。得意武器である槍を使わずに体術だけでカンナの本気の体術を相手にしている。瞬花はカンナの攻撃を捌いているだけだが、いつでもカンナに攻撃を入れる余裕が窺えた。

 以前、序列3位だった久壽居朱雀(くすいすざく)に手合わせを挑んだ時は一撃で敗北したが、あの時はまだどうにかすれば勝機はあると思っていた。しかし、今度ばかりはどう足掻いても勝つ事は出来ないと確信せざるを得なかった。それ程までに圧倒的な力の差なのだ。この女は人間ではないとさえ思えた。


「飽きた」


 瞬花は突然顔からカンナへの興味を消した。カンナは気配が変わったので一旦距離を置いた。

 カンナの額からは汗が1粒流れた。

 口からは先程頬を殴られた時に口の中を切ったようで血が滴っていた。

 瞬花は右の拳を顔の横で握り締めた。


 殺気。


 カンナは息を呑んだ。





 闘わないと言っていたカンナが瞬花と戦闘を始めた。

 カンナが何を考えているのかつかさには分からなくなっていた。

 瞬花は瞬花でカンナに興味を持ったような感じだった。そして、凄まじい体術合戦を繰り広げた。

 つかさが横目でカンナと瞬花の戦闘を見ていると眼前の男が動いたのを視界の端に捉えた。

 鵜籠(うごもり)は刀を抜きつかさに斬り掛かってきた。

 斬撃を豪天棒(ごうてんぼう)で受け、押し返した。


「余所見をしていても隙がないな。さすがは序列11位だ」


「ふん、カンナにやられた男がよくもまあのこのこと顔を出したわね。私はカンナみたいに甘くはないわよ? もう生きては帰さないから」


「はは、それはお前も同じだぞ? 澄川カンナは殺すなと命令が出ているが、斉宮(いつき)つかさ、お前は殺しても構わないらしい。殺すつもりでやれるなら、俺だってそう簡単に負けはしない。ましてや小娘相手にだ! 俺の本職は”殺し”なんだからな」


 鵜籠はにやりと笑い、また斬り込んできた。確かに割天風直轄の暗殺部隊とは一味違うものを感じた。

 カンナの事が心配だが、今はこの下劣な男を始末する事が優先だ。カンナと瞬花の闘いを邪魔させる訳にはいかないのだ。


「学園序列11位の棒術、よーく身体で味わいなさい!」


 つかさは身体の周りで真っ赤な豪天棒を振り回した。右手で回し、左手で回し、両手で回し、その棒捌きは空気を切り唸り声を上げているような音を出した。


「よーく味わう事にするよ。そのたわわな胸をな」


 鵜籠がニヤついて言ったのでつかさは舌打ちをして打ち掛かった。

 豪天棒は真一文字に鵜籠の頭を弾く軌道を描いた。鵜籠はその攻撃をしゃがんで躱し、横に転がり間合いを取った。


「嫌いなのよね。胸の事言われるの。気持ち悪いのよ」


「そうなのか。しかし、その厭らしい身体付きでは、さぞ男達の劣情を駆り立ててしまい大変であったろうな。知っているぞ。お前がこの学園に来るまでに男達から受けてきた様々な陵辱の数々」


 鵜籠が言い終わる前につかさは豪天棒で殴り掛かった。その豪天棒を鵜籠は巧みに躱してしまう。


「それ以上喋ってみなさい! ぶっ殺すわよ!」


 心が穏やかではなくなった。この下劣な男が何故自分の過去を知っているというのか。

 鵜籠はにやにやと気味の悪い笑顔を見せた。


「お前は幼き頃、生活に困窮した実の両親によって盗賊のような男達の元へ売られた。そして、そこで幼い少女にはあまりにも惨い様々な”調教”という名の陵辱を受けた。その影響は心身共に今も深く残り、お前は男に触られる事は勿論、猥褻な言葉を掛けられることも酷く苦痛に感じる。毎夜身体は疼き、独りで慰める辛い毎日を送っているのだろ? ま、最後のは想像だが……つまりだ、何が言いたいかと言うと、俺はお前を殺す為の弱点を知っているという事だ」


 つかさは戦慄した。恐ろしいあの頃の記憶を全て知られている事に。そして、この男は間違いなくそれを利用して襲ってくる。

 つかさの身体が震え始めた。冷や汗が止まらない。脚を一歩引いた。


「殺す前に、せっかくの開発された身体、存分に楽しませてもらうとするぞ。そうだな、お前の友達、澄川カンナの前で見せ付けるようにお前を犯してやろう!」


 鵜籠は気味の悪い笑い声を上げて笑った。



 殺す。



 しかし、身体は震えている。つかさの中には恐怖と殺意が混濁していた。

 恐怖を断ち切るように、つかさは大声を上げて悪魔のような男に豪天棒を振り回し突っ込んだ。


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