第114話~再編成~
窓から見える所まで美濃口鏡子と斑鳩爽はやって来ていた。しかし、何かが破裂する音が聴こえたと思うとすぐに2人は引き返して行った。
割天風は執務室に集まった、東鬼、重黒木、南雲、大甕、栄枝、影清の6人を一通り見渡した。
鵜籠は椅子にどっしりと座った割天風の横に控えている。
「鏡子と斑鳩が退いたのは、こちらの作戦が知られたからじゃろう。やはり、神技持ちという貴重な人材だからと言って、まりかを始末しておかなかったのは失敗じゃな」
割天風は目を瞑ったまま話し始めた。
「東鬼の作戦がいくら優れていても、神眼の前ではお手上げという事じゃ」
「私の策が稚拙なばかりに、申し訳ございません」
東鬼は一歩前へ出て頭を下げた。
「やれやれ、悪戯に俺と大甕の得物を鵜籠の部下に渡しただけになるとはな」
南雲が皮肉を言った。
「こちらも随分戦力が減った。じゃが、一人一人の力は奴らの数の比ではない。問題は神技持ちの美濃口鏡子と畦地まりかだけじゃ」
割天風の話を皆黙って聴いていた。
「鵜籠、常陸はどうした?」
割天風は隣りの鵜籠の方に顔を向けた。いつ見てもこの男は具合が悪そうだ。
「まもなく、島内に入ります。ここへ到着するのに1時間は掛かりません」
鵜籠の報告に割天風は頷いた。
「良いか皆の衆。こうなってはもはや策など不要。常陸の部隊が到着後、総力戦を持って反逆者共を制圧する。恐らく奴らは一度弓特寮に戻り体制を立て直すであろう。弓特寮を包囲し、蟻一匹逃すな!今後の儂の野望に必要な澄川カンナ、後醍院茉里、そして美濃口鏡子と畦地まりかは必ず生きて拘束しろ!その他は降伏する者以外は殺して構わん」
「御意!」
全員が声を揃えて返事をし、部屋から退出して行った。鵜籠だけが部屋に残った。
「鵜籠。お前は瞬花を探せ。遊び歩いてるだけなら檻の中に戻すぞと伝えろ」
「すぐに」
鵜籠も一礼すると部屋を出て行った。
部屋に一人になった割天風はゆっくり立ち上がり、奥の壁に掛けてある厳つい禅杖を手に取り、その先端の扇型の刃をしげしげと眺めた。
部屋には禅杖に付いている鉄の輪の音が不気味に響いていた。
弓特寮には反逆者と呼ばれた生徒達がまた集結していた。
前回同様、鏡子の部屋に全員集まっていた。ここにいないのは、怪我人や病人である、燈、詩歩、まりか、そして、その看病をしている医療担当者の小牧。そして、見張りに回された弓特の矢継と千里の6人だ。
「学園側にも策士がいるようね。恐らく、槍特の東鬼師範でしょうけど」
鏡子が全員の前で話し始めた。隣りには斑鳩も立っている。
「鵜籠の部下達が私達の動きを察知し、それを知った学園側がすぐに対策を講じた。各師範達を鵜籠の部下と入れ替え、割天風総帥の元へは本物の師範達を集結させた。茉里達が捕らえた者達が皆同じ事を吐いたから間違いないわ」
鏡子は起こった事を淡々と説明した。
カンナは槍特生達を呼びに行った時の事を思い出した。2人の男が捕えられていたが、そのうちの一人は顔が酷く腫れていた。つかさの話では、綾星が情報を吐かせるために槍の石突で何度も顔を殴ったらしい。つかさがやり過ぎだと止めたが構わず殴り続けたという。
カンナはその話に綾星に対する嫌悪を抱いたが、弓特寮に到着してみると、より凄惨な状態の男が2人、縄で縛られて弓特寮の庭の木に縛り付けられていた。
男の前には血が顔や服に飛び散った茉里とアリアが立っており、その2人の男を眺めていた。
茉里の前に縛られている男は身体中血塗れで意識がなく俯いていた。アリアの前の男も血塗れだが意識はあるようで目を見開き放心状態だった。
カンナがその異様な光景に後ずさりしていると、アリアの姉のマリアが男達がこうなった理由を教えてくれた。
カンナの想像通り、拷問を行ったらしい。茉里はもともと”破壊衝動”を押さえながら生活しており、敵に対して拷問のような残虐な行為をする事には残念ながら納得がいった。しかし、綾星やアリアにもそのような凶暴性を秘めているとは予想もしていなかった。
「澄川さん? 澄川さん? 聞いてますか?」
「あ、はい、すみません」
突然茉里がぼーっと考え事をするカンナに話し掛けてきた。
茉里は拷問の際の顔の返り血は綺麗に拭き取られており、服も新しくなっていた。
「お疲れですか? 休める時にお休みになった方が良いですわよ?」
茉里はカンナにとても優しかった。その顔は穏やかでとても拷問を躊躇なくやるような女の子には見えない。
「大丈夫です。ありがとうございます。後醍院さん」
カンナが言うと、茉里は微笑みまた鏡子と斑鳩の方を向いた。
「こちらは新たに作戦を立て直す必要があるわ。まりかが動けない以上、敵の捕捉は出来ないものと思って行動するしかない。捕まえた鵜籠の部下の情報によれば、残りの鵜籠の部下は7名。それに師範4名、栄枝先生達医療担当が10名、影清、そして神髪瞬花」
「やれやれ、まだたくさん強敵がいるなぁ」
少し離れた所でキナの隣りにいる蔦浜が呟いた。カンナが正式に蔦浜からの交際を断って依頼、少し距離を置くようになったという気がする。その代わりにキナといつも一緒にいる。キナはキナでいつも一緒にいた千里と行動を共にしない事が多くなった。
蔦浜はこちら側に加わっていなかった残りの体特生である、七龍、叢雲、石櫃の3人を1人で叩きのめし、弓特寮まで連れて来ていた。叢雲と石櫃の怪我は大した事はなかったが、七龍の顔の怪我がかなり酷く、小牧が治療を施していた。今は3人とも茉里の部屋で小牧監視の元安静にしているらしい。
「数ではこちらの方がまだ上。私は神髪瞬花さえまともに戦わなければ勝機はあると思うの。ほかの師範達と影清は勝てない相手ではない。神髪瞬花だけを別に引き付け、師範達を殲滅。その後、割天風総帥を討ち取る!この作戦でいくわ。異議は?」
鏡子はその場にいる全生徒を見回した。
「学園側もこちらが総力戦でいく以上、それに乗るしかないだろうからな。戦になるな」
斑鳩の発言に全員息を飲んだ。
「その……神髪瞬花を引き付ける役目は誰がやるんですか?」
静寂を切り裂き、つかさが言った。視線がつかさに集まった。
「それは私がやるわ」
鏡子がさも当たり前かのように即答した。
「駄目ですよ!鏡子さんが全体の指揮を取ってくれないと……」
弓特のツインテールのアリアが手を挙げて言った。
視線がアリアに集まった。
「私、鵜籠の部下から聞いたんですけど、神髪瞬花の本当の目的は澄川カンナさんを倒す事だそうですよ!」
自分の名が出されて、カンナは目を丸くした。今度は全生徒の視線がカンナに集まった。
「つまり、何が言いたいのかしら? アリア」
鏡子が目を細めて言った。
「鏡子さんが神髪瞬花を引き付けるのではなく、澄川さんがその役目をやる方が適任です」
アリアは笑顔だった。
「カンナが殺されるかもしれないのよ? アリア」
「鏡子さんが死ぬよりマシです!」
アリアの発言に場の空気が変わった。アリアは続けた。
「鏡子さんが死んでしまったらこの後私達を統率してくれるリーダーもいなくなるし、何より、弓特の私達がそれを望みません。私達は鏡子さん大好きですし。それに比べたら澄川さんは別に死んでもいいです」
アリアが平気な顔で言うと、周りから殺気の様なものをカンナは感じた。
「あんた本気で言ってるの!? 桜崎妹!! 本気で言ってるなら許さないわよ!!」
つかさが怒鳴り声を上げながら、人の波を掻き分けてアリアの元へ近付こうとした。
「いいよ、つかさ、やめて!」
カンナが止めようと手を伸ばすがつかさには届かなかった。
つかさはアリアの元まで来ると右手の拳を振り上げ、躊躇う事なくアリアに殴り掛かった。
その時、つかさとアリアの間に茉里が入り、つかさの右腕を掴んで止めた。
「茉里! 何で邪魔するの!?」
つかさが茉里を怒鳴りつけた。
「その拳は収めてください。斉宮さん」
茉里の目は前髪に隠れて見えなかったが声色はいつもと感じが違った。
「ありがとうございます! 後醍院さん! この乱暴女に殴られるところでしたよー」
アリアが茉里に微笑みながら言うと、パァーンと乾いた音が部屋に響き渡った。茉里のつかさの右腕を掴んでいた手が離れ、微笑むアリアの小さな顔に平手打ちが入っていた。
アリアは驚き目を見開いて、頬に手を当て茉里を見ていた。
つかさも目の前で起きた事を茫然と見ていた。
「後醍院……さん?? どうして??」
アリアの目には涙が滲んでいた。
「ぶたれた理由も解らないのですか?お友達の事を侮辱されたらそれは怒りますわよ。あなたもお友達やお姉様の事を侮辱されたら怒るでしょ?」
茉里に睨まれてアリアは声を上げ泣き出し、隣にいたマリアに抱き着いた。
「すみません、皆さん。続けてください。あの、カンナ、ごめんなさい」
マリアは泣きじゃくるアリアを撫でながら申し訳なさそうにペコペコと周りに頭を下げていた。
カンナは苦笑して頷いた。
「マリア。アリアをお願いね。澄川さん、私からも謝るわ。不快な思いをさせてごめんなさい」
鏡子が頭を下げたのを見てカンナは慌てて首を振った。
「そ、そんな、別に気にしてませんから! 頭を上げてください!!」
つかさは舌打ちをしてまた槍特生の所に戻っていった。
茉里は何事もなかったかのようにまた鏡子の方を見た。
「美濃口さん、私、神髪さんを引き付ける役やります」
カンナの発言に場は騒然とした。
「あなたにその役が務まるの? 死ぬかもしれないのよ。これは確実に神髪瞬花を足止め出来なければほかの皆にも危険が及ぶ。あなたに出来るの?」
「足止めするだけなら出来ます。やらせてください」
鏡子も斑鳩も考えるように腕を組んだ。
「駄目! 駄目! 絶対駄目!! 序列1位の足止めなんて絶対駄目!! 危険過ぎるよカンナ!」
つかさが声を上げて訴えた。
「つかさ、私を信じて。神髪さんも化け物じみた強さっていっても人間でしょ?心が人である以上必ずそこに弱点はある。私は物理的には闘わない。心を攻める。氣が使えれば勝算はあるの」
「分かったわ」
つかさがまだ何か言おうとしたのを鏡子が遮った。斑鳩も鏡子の顔を見た。
「そこまで言うのなら、澄川カンナ。あなたに任せる事にするわ」
その場の全員が驚きまた場は騒然とした。
つかさは絶望したような顔をしていた。
「ただし。カンナ1人では行かせないわ。もう1人。私が指名した者はカンナに同行する事」
鏡子の指名という言葉でさらに場はざわついた。斑鳩も鏡子に何か言っていた。しかし、鏡子は構わず口を開いた。
「斉宮つかさ。あなたも同行しなさい」
つかさという指名に周りは勿論、つかさ自身も驚愕していた。
「私、1人で大丈夫ですよ! つかさを巻き込むわけには」
カンナが必死につかさの同行を拒否するが、鏡子は首を横に振った。
「駄目よ。これは序列2位である私の命令。嫌なら私が神髪瞬花を引き付けるわ」
鏡子の目は本気だった。カンナはそれ以上言い返す事が出来なかった。
「私やります。カンナと2人で必ずや神髪瞬花の目を戦いが終わるまで引き付けておいてみせます!」
つかさが大きな声で宣言した。
「つかさ……」
カンナは申し訳なさそうにつかさを見た。するとつかさはカンナに近寄り、カンナの肩に手を置いた。
「一緒に頑張ろう! カンナ! いつだって死と隣り合わせの闘いをしてきた仲じゃない!」
つかさは微笑んでいた。
「ありがとう。つかさ」
カンナも微笑み返すことにした。本当はつかさを巻き込みたくはない。でも1人が不安に思う気持ちも確かにある。つかさが共に来てくれる事は、カンナの不安を大きく和らげてくれた。
「では、改めて指示を出すわ。澄川カンナと斉宮つかさは神髪瞬花を学園側の戦力から離れた場所に釘付けにせよ」
「はい!!」
カンナとつかさは声を揃えて返事をした。
「体特の指揮は斑鳩。槍特の指揮は東堂。弓特の指揮を茉里。剣特の指揮を伽灼。全体の総指揮を私が取るわ。先手必勝! すぐに準備をし、カンナとつかさが神髪瞬花を遠くに引き付け次第出立するわ!」
全生徒達が一斉に返事をした。その迫力は未だかつてないほどのもので、団結力と鏡子の統率力を物語っていた。
「カンナ、つかさ、頼むわよ。気を付けて。準備が出来たら……」
「またこれを使え。澄川」
鏡子との話を隣りで聴いていた斑鳩が腰のポーチから小さな玉を取り出して言った。
「爆玉!」
「そうだ。神髪瞬花に会ったらこれを使え。その合図で俺達は一斉攻撃を仕掛ける。神髪瞬花の居場所は?」
「氣を探せば見付けられると思います、斑鳩さん」
「分かった。気を付けてな。澄川、斉宮」
カンナとつかさは斑鳩から爆玉を受け取り頷いた。
「それでは、出発します」
カンナが言うとつかさも鏡子と斑鳩に背を向け部屋の出口へ歩き始めた。
「澄川。そんな顔するな。また会えるさ」
斑鳩にそう声を掛けられると、カンナは足を止めた。
カンナは一度振り返り、斑鳩に笑顔を作って見せるとつかさと共に部屋を出た。




