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序列学園  作者: あくがりたる
学園戦争の章~承~
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第110話~剣特最後の仲間~

 弓特寮の茉里(まつり)の部屋のベッドの上で寝ていた(あかり)詩歩(しほ)が目を覚ましたのは昼前だった。

 2人とも怪我人とは思えぬ程の回復ぶりでリリアや手術をした御影(みかげ)小牧(こまき)さえも驚かせた。


「あなた達の回復力には驚かされたわ。回復力自体は私の腕のお陰ではないからね」


 御影は微笑み燈と詩歩に水を差し出した。

 燈も詩歩も水を飲みながら状況を聞いてきたのでリリアが全て説明した。

 剣特の袖岡(そでおか)太刀川(たちかわ)の遺体は弓特寮と剣特寮の間の森の中に葬った。それはリリアとまりかが夜中2人でやった。その話を聞いて燈も詩歩も沈痛な面持ちで俯いた。


「あたし達も戦わせてくれよ、御影先生」


 燈と詩歩は意識を取り戻したばかりだが戦線に加わる事を望んだ。小牧は慌てて止めさせたが、リリアと御影はあまり驚かず、むしろ予想通りの反応だと思った。


「駄目よ。あなた達はもう既によく戦ってくれたわ。剣特師範を2名も討ち取ったんだからね。学園にとってもあの2名の欠員は相当大きな痛手になったはずよ。燈ちゃんも詩歩ちゃんも死にたくなかったら大人しくしてなさい。それに、ここが襲われた時に守る人がいないと駄目でしょ?」


 御影の言葉に燈も納得して頷いた。詩歩だけは上手い言い訳をされたと気付いたようで口を尖らせていた。


「それじゃあ私とリリアちゃんは栄枝(さかえだ)先生と医療担当者のみんなを説得に向かうわ。小牧君、あとは頼んだわよ」


「お任せ下さい」


 御影とリリアは小牧が頭を下げるのを見ると部屋を出た。リリアもいつも通り2本の刀を装備し御影の後に続いた。

 栄枝達は皆医務室にいると、今朝まりかに教えてもらった。戦闘にならなければ良いが……。

 部屋を出掛けた御影が暗い顔をしていたからか、後ろから燈が声を掛けた。


「栄枝先生はきっと分かってくれるよ!御影先生! 心配すんなって!!」


 燈は笑顔で言った。詩歩も微笑み頷いた。


「そうね!ありがとう、2人とも!」


「リリアさんも気を付けて!御影先生を頼むぞ!」


「任せて!いざとなったらこの剣で眠らせるわ」


 燈の言葉にリリアが背中に背負った睡臥蒼剣(すいがそうけん)の柄を触りながら答えると、御影とリリアは茉里の部屋を出て行った。




 まりかは馬を駆けさせていた。

 右手は火傷の手術後なので包帯が巻かれているが手綱を握る事は出 来た。しかし、刀を持つ事は出来なかった。激痛が走るのだ。 おまけに右脚も茉里の放った矢傷が完全には塞がっていない。

 こんな状態だが、”神眼(しんがん)”があれば敵に奇襲される事はないし、万が一戦闘になっても負ける事はない。そもそも神眼がなくとも雑魚相手なら左手だけでも充分だ。

 まりかは両眼を蒼く光らせながら真っ直ぐ四百苅奈南(しおかりななみ)のいる剣特寮へ向かった。


 剣特寮に到着したまりかは神眼で辺りの様子を窺った。近くには奈南以外はいない。まりかは剣特寮の厩舎(きゅうしゃ)に馬を繋ぎ、奈南のいる寮の部屋へ歩いて行った。


「奈南さん」


 まりかは部屋の扉をノックして呼び掛けた。

 すぐに奈南が扉を開けて顔を出した。和服姿で長い黒髪が美しかった。


「まりかさん。あなたがどうしてここに? あなたを反逆者として皆血眼になって探してますよ?」


 奈南はとても冷静な口調で言った。まりかの登場にそこまで驚いていないようだ。


「奈南さん、私と一緒に来てくれませんか?」


「私に、反逆者になれと?」


 奈南は無表情だった。表情が変わらないのでまりかの神眼でも奈南の本心が分からなかった。


「この学園を潰そうと半分以上の生徒達が反逆者側に寝返りました。この学園にこのまま従えばいずれ総帥の捨て駒として切り捨てられるかもしれません。奈南さんも、今までの生活を続けたいなら今学園を潰して鏡子(きょうこ)さんを初めとした反逆者側に就いた方が賢明です」


 奈南はまりかの話を聞いても表情を変えなかった。

 何を考えているのかまるで分からない。それはもはや恐怖さえ感じるものだった。


「嫌だと、言ったら?」


 奈南の目はまりかの目を見ていた。相変わらず表情は変わらず口元だけが不気味に動いただけだった。


「敵を増やすわけにはいきません。ここであなたを倒します」


 まりかは汗をかいていた。左手で刀の柄を握った。そして、唾をごくりと呑み込んだ。

 すると、無表情だった奈南の口元が緩んだ。


「冗談ですよ。まりかさん。あなたもそんな顔するんですね。大丈夫ですよ。私は仲間に手を上げる気はありませんから」


 奈南は笑顔でまりかに言った。

 まりかはほっと胸を撫で下ろした。下位序列の生徒にここまで気を張るのは奈南くらいだ。さすがに狂気に支配されていた頃の多綺響音(たきことね)と同じ部屋で過ごして いただけはある。


「ところで、まりかさん。あなたボロボロじゃないですか?どうしたんですか?」


 奈南はまりかの手足の包帯や鼻の包帯等を見て心配そうに言った。


「移動しながら話します。出発の準備をしてください」


 まりかは急かすように言うと、奈南はすぐに部屋の奥へ戻り必要最低限の荷物と得物の”双鞭(そうべん)” だけ持ち寮を出た。



 奈南と馬で弓特寮に駆けながら、今までの出来事や学園の陰謀について大まかに説明した。


「なるほどね、じゃあ就いてきて正解でしたね」


「本当に良かったです。奈南さんと戦う事にならなくて」


「私には敬語じゃなくていいって、前言いませんでした?序列はあなたの方が上なのですから」


「え……いや、そんな。あ、それより、私の事、怒ってませんか? 」


「怒る?どうして?」


 奈南は首を傾げた。


「響音さんを学園から追い出したのは私ですし」


 まりかはまた汗をかいていた。何故だか今更になって、人に嫌われるのが怖くなってきたようだ。奈南とはあまり仲が良かったわけではない。だが嫌われるような事はしてしまった。嫌われたくない。何故だか今はそう思った。


「そんな過ぎた事、いちいち根に持たないですよ。それに、響音さんは自らここを出て行ったのですし……まあ、そのきっかけを作ってくれたのは確かにあなた。だけど、私は響音さんが前に進めて良かったと思ってますよ。響音さんに昔の笑顔が戻って良かった」


「その、笑顔を取り戻したのは、澄川カンナです」


 まりかはポツリと呟いた。

 奈南はまりかの方を見た。


「あの子は凄いです。良く分かりませんが、変な魅力を持ってます。私は最初、それに嫉妬してあの子を虐めてました。でも、あの子と闘って、殴られて……ようやく分かったんですよ。響音さんを動かせた理由。澄川カンナも榊樹月希(さかきるい)と同じ、死ぬほど辛い事があったのに、真っ直ぐで純粋な心を持ち続けていた。それが相手の心を変えてしまう程、深く慈愛に満ちていた。本当に凄い子です。澄川カンナは」


 まりかの話を聞いて奈南はくすりと笑った。


「だったら、月希さんと同じく、カンナさんも大切にしてあげればいいです」


 まりかは微笑みかけてくれた奈南をちらっと見たが俯いた。


「でも、私にはその資格がありません。あの子の大切な人を2人も殺してしまいました」


 何故こんな事まで奈南に話しているのか分からなかった。弱音など吐いたことは今まで一度もなかった。だが、今、 隣りを馬で駆ける奈南には話したいという気持ちになっているようだ。


柊舞冬(ひいらぎまふゆ)と、周防水音(すおうみお)ですね」


 さすがに奈南は公式に発表されていない事だが感づいていた。



 その時、突然奈南は右の腰の片方の双鞭を抜いた。

 まりかは慌てて神眼で周りを探った。

 いつの間にか黒づくめの男5騎がまりかと奈南を挟み込むように並走していた。


「どこから湧いたのかしら」


 奈南が言った。


「四百苅奈南。貴様まで学園を裏切るのか。ならば容赦はせんぞ」


 男の一人が言った。男達は全員弓を構えている。割天風の側近を務めていたまりかにはこの男達が鵜籠(うごもり)の部下である事は瞬時に分かった。


「仕方ないわね」


 まりかは左手で刀を抜いた。しかし、すぐに矢が飛んできた。前のめりになって躱した。次から次へと矢が襲い掛かってきた。奈南の方にいる男は3人。その3人の騎射を奈南は右手の鉄鞭だけで全て払い落としていた。

 まりかも極力躱さずに刀で払い落とした。万が一躱した矢が奈南に当たってしまうのを防ぐ為だ。

 しかし、騎射が通用しないと見ると男達は刀を抜き斬り掛かってきた。さすがに雑魚ではないので刀を受けるのにも左手だけでは厳しかった。まりかの側には2人だけしかいないが、なかなかその2人を斬り殺せない。

 刀を防ぎ、躱し、また防ぎ……一向にこちらの攻撃の隙が訪れなかった。


「代わってください。まりかさん」


 奈南の声が聴こえたと思った瞬間。まりかは奈南に引っ張られ、左側を駆けていた自分の馬から右側を駆けていた奈南の馬へと移動させられていた。まりかの右側には先程までいたはずの男3人はいなくなっていた。そして、先程までまりかが乗っていた誰も乗り手がいなくなった馬に飛び乗った奈南は2本の双鞭を巧みに振り回し左側の男2人の顔や腹にその硬い鞭を打ち込んであっという間に馬から叩き落としてしまった。


「怪我はありませんか? まりかさん」


 奈南は馬を止め、まりかに近付いて言った。


「ええ、助かりました。ありがとうございます」


 これがこの女の恐ろしいところだ。 序列19位ならそれなりに強い部類だが、この女は圧倒的に強かった。にも関わらず、序列を上げることに興味を持たない。かつての影清(かげきよ)の強制序列仕合の方針にもリリア達とは別に一人だけ仕合の申請をせずに静かに逆らっていた。1つ下の序列20位だった周防水音も同じく序列に興味はなく、奈南に仕合を挑んだ事は1度もなかった。故に奈南は序列19位を守り続けているのだ。本来なら序列10位以上の力はある。リリアよりも上かもしれない。

 まりかが奈南にだけはふざけた口調ではなく礼儀を弁えて話すのは その底知れぬ強さと冷静さ、そして何を考えているのか分からない恐怖があるからだ。恐らく、この女の腹の中を読む事は出来ない。唯一出来るとすれば”氣”を視るという事しかないだろう。自分よりもカンナを連れてきた方が良かったかもしれない。


「どうしました?まりかさん」


「あ、いえ、なんでも。さ、弓特寮へ急ぎましょう。鏡子さん達に次の作戦を聞きに行かないと」


 まりかはすぐに奈南を連れ駆け出した。


「先程の話ですが、あなたにカンナさんを大切にする資格がないなんてこと、ありませんよ」


「え?」


 まりかは奈南の顔を見た。


「大切にする資格。そんなものは存在しません。大切にしたいという気持ちに資格など必要ありません。あなたがカンナさんにしてしまった事を、心から悔い改め、そしてこれからその償いの想いを込めてカンナさんに接する事が”大切にする”という事ですから。私はそう思います」


 奈南の言葉は優しかった。表情も、眼も。


「ありがとうございます」


 そうだ、人はこんなにも暖かいものなのだ。それをくだらない理由でこの世から消し去っていいはずがない。そんな事は昔は分かっていたはずだった。

 まりかが何も喋らなくなったので奈南は横目でまりかを見た。

 まりかはそれに気付き、めいいっぱいの笑顔を見せた。


「やっと、私にも笑顔を見せてくれましたね。あなたはその方が可愛いです」


 奈南の言葉を聞き、自然に涙が溢れていた。

 笑顔。作り物ではない、本当の笑顔。今は自然に笑っていた。

 奈南の顔も綻んでいた。


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