第107話~カンナの答え~
蔦浜はキナと共に弓特寮の入口の所で星空を眺めていた。
カンナの登場に蔦浜もキナも驚いた様子だった。
「おう!カンナちゃん。どうした?今抱と残りの体特生の説得をどうするかって話してたんだよ。残ってる奴らって、七龍、叢雲、石櫃の男3人だけなんだよな。あいつら体特でもかなりやんちゃな奴らだからさ」
「まあ、言う事聞かなきゃ力ずくでも連れて行くけどな」
蔦浜よりもキナの方がやる気に満ち溢れていた。
「あ、あのさ、蔦浜君に話があるんだけど、ちょっとだけいいかな?」
2人の話を不自然に遮りカンナは切り出した。
「あ、あぁ、どうぞどうぞ。こんな奴さっさと連れて行ってくださいよ」
キナは不安そうな様子で小さく手を振った。
蔦浜はキナに軽く頷いて見せると、そのままカンナと共に真っ暗な外に歩き出した。
カンナと蔦浜は弓特寮の裏手にやって来た。虫の音しか聴こえずとても静かだった。
「こ、こんな所に呼び出されるなんて、緊張するなと言われても無理だなこれは、はは」
蔦浜の言葉にカンナは反応する余裕がない程に緊張していた。
辺りに光はないが、月明かりがあるのでお互いの顔位は見えた。
「蔦浜君……先延ばしにしててごめん。この前の話なんだけど」
カンナは意を決して切り出した。もしかしたら自分が明日には死ぬかもしれない。その前に伝えることは伝えておこうと思った。
「お……おう。あの話かな……?」
蔦浜もやはりどの話なのか見当は付いているようだった。
「聞くけど……蔦浜君は、わ、私の、恋人に……なりたいの?」
カンナはチラリと蔦浜の目を見たがすぐに逸らしてしまった。とても直視出来ない。それ程に意識してしまっているという事だ。
「そうだな。俺はカンナちゃんの事が大好きだ。だから、恋人になりたい」
蔦浜はカンナとは違い、しっかりと自分の気持ちを口にした。
「あ、ありがとう。嬉しい。凄く……。あ、あのね、私、蔦浜君の事ね、嫌いじゃないよ……って言い方酷いよね。えっと……好き……だよ。でもね……でもね……私は、斑鳩さんの事がもっと好きなの。蔦浜君も斑鳩さんも優しいし私にとっては大切な人。蔦浜君は私の事いつも気遣ってくれたよね。知ってるんだよ?私が氣を止めて倒れた時、蔦浜君が私を医務室に運んで来てくれたんでしょ?ありがとう。本当に嬉しかった」
「お、おう……」
蔦浜は頭を掻きながら赤面して答えた。
「でもね、私は蔦浜君の気持ちに答えられない。私は斑鳩さんが好きだから……。この気持ちがあるのに蔦浜君と付き合っちゃダメだと思うの。失礼だもん。そんなの」
カンナは胸の前で右手を握り締めた。そして蔦浜の目を見た。
蔦浜は優しく微笑んだ。
「俺は、カンナちゃんがそういう気持ちでも構わない。俺はカンナちゃんと一緒にいられればそれでいい。だけど、それはカンナちゃんも斑鳩さんに対して同じ気持ちだろう。だから俺は、カンナちゃんに好きだと言ってもらえただけで満足する事にする。俺はカンナちゃんが幸せになればそれでいい。わざわざ返事くれて、ありがとう」
蔦浜はそういうと笑顔を崩さずに右手を差し出した。
「蔦浜君……ごめんね。私には、こんな事しか出来ない」
カンナは差し出された蔦浜の手を取らず、蔦浜を抱き締めた。自分から男を抱き締めたのは初めてである。
「か、カンナちゃん!?」
蔦浜は両手を上げ驚き戸惑っていた。
「私を、好きになってくれてありがとう」
カンナは蔦浜の耳元でそう囁くとそのまま蔦浜を抱き締め続けた。
「ず、ずるいなぁ、カンナちゃんは。俺の事振っといて、そっちから抱き締めてくるんだもんな……。好きな女の子にそんな事されたら、俺、カンナちゃんの事忘れられなくなっちまうよ。俺だって男だ。カンナちゃんに下心が無いわけじゃないんだよ?」
声を時折裏返しながら、蔦浜は落ち着きがない。
「そう……なの?それは、男の子なら仕方ない事らしいけど……蔦浜君はいきなり襲って来るような人じゃないし」
「俺に襲われても、カンナちゃんなら返り討ちにしてくるよな」
「そう」
蔦浜がカンナの言おうとした事を先に言い当てると、蔦浜はカンナに抱き締められたままクスリと笑った。カンナもそれに連られて静かに笑った。
蔦浜の腕もいつの間にかカンナを抱き締めてくれていた。
「幸せだ。俺はずっとこうしていたい」
「駄目だよ。今日だけ……だからね」
「カンナちゃん……胸……当たってるけど……」
「……知ってる……。抱き締めてるんだから、当然じゃない。エッチなこと言わないで」
恥ずかしい事を指摘されたが不思議と嫌ではなかった。カンナはそのまま蔦浜のガッチリとした逞しい身体を抱き締めていた。
どれ程の時が流れただろう。ただ、蔦浜と抱き合ったまま目を瞑っていた。蔦浜の鼓動が伝わって来ていた。やはり蔦浜はその間カンナに手を出しては来なかった。
すると、蔦浜の方からこの密着を断ち切ってきた。蔦浜の体温がカンナから引き離された。
カンナはキョトンとして蔦浜の顔を見た。
「もうお終いだ!満足満足大満足!ありがとうカンナちゃん。こんな俺なんかの為に。よーしっ!」
蔦浜は自分の頬を両手で叩いた。
カンナはその様子を黙って見ていた。
そして、蔦浜はカンナに背を向けた。
「カンナちゃん!ほら、部屋に戻ろう!もう遅いから寝ようぜ!」
「う、うん」
カンナは蔦浜の隣りに並び部屋へ歩き始めた。
こういう男と付き合うべきだったのかもしれない。抱き締め合って蔦浜の愛情がよく分かった。とても優しい氣を感じた。だが斑鳩の事を忘れる事は出来ない。
これで良かったのだ。
カンナは生まれて初めての異性からの告白を断った。
しかし、カンナにとって蔦浜が、他の男達とは一線を画した存在になってしまった事を、まだ恋愛経験の未熟なカンナは気付く事が出来なかった。
「蔦浜ー!戻ったか!待ってたよ!こっち来いよー!」
寮に戻って来た蔦浜を見てキナが大きく手を振った。
「ほかの人もいるのに、恥ずかしいからやめろって!」
恥ずかしがる蔦浜を他所にキナは気にせず話し掛けた。
ロビーには他に槍特の生徒達が休んでおり蔦浜とキナの様子を見ていた。
ソファーに綾星と共に腰掛けていたつかさはカンナに気付き近付いてきた。
「浮かない顔して、どうした?カンナ」
つかさはカンナの異変にいち早く気付き顔を覗き込んだ。
「いや、別に!何でもないよ」
カンナは不器用にも笑顔を作り笑って見せた。
「そっか」
つかさはそれ以上何も訊かなかった。
「私は槍特のみんなとロビーで寝るからさ。おやすみ。また明日ね」
つかさが微笑むと綾星が隣りにやって来てつかさの手を引いて連れ去ってしまった。
つかさは申し訳なさそうな顔をしてカンナに手を振ると槍特生の輪の中に戻って行った。
カンナはまた、蔦浜とキナの方を見た。
キナは嬉しそうな表情で蔦浜を乱暴に叩いていた。いつもの蔦浜とキナの光景だった。だが、今は何故かとても寂しく感じた。
またつかさの方を見た。楽しそうに槍特生達と談笑していた。
「もう寝ようかな」
これで良かったのだ。
蔦浜はキナと上手くやれるし、つかさと綾星の関係も元に戻っている。
だが、何故か寂しいという気持ちが心に残る。
カンナが蔦浜やつかさに抱いている気持ちは、もしかしたら自分が思っていた以上に大きくなってしまっているのかもしれない。
そんな事を少し考えたが、氣を練り心を落ち着かせると、ロビーの奥の階段を上り、茉里の部屋へ戻った。




