第100話~リリアの子守唄~
倒れた神々廻は大講堂の端の所に寝かせた。氣を打ち込んだので意識を失っているだけだ。
カンナは茉里と共に改めて鏡子と千里に御影達と組んでから今までの全ての出来事を包み隠さず話した。
鏡子は無表情で目を瞑って静かに聴いていた。しかし、千里は右腕を抑えながら不服そうにカンナと茉里を見ていた。
「少し、考えさせて」
鏡子は目を開くと静かに言った。
カンナと茉里は鏡子の決断を待つしかなかった。
黒い騎兵達は6騎で上手く連携してリリアを斬り殺そうと刀を振り回してきた。とても訓練された動きだが、リリアはなんとか”色付き”であり愛刀である”睡臥蒼剣”で攻撃を躱し続けていった。
躱しては弾いてを繰り返しながら森の中を馬で駆けていく。とても容易な事ではない。
ふと、目の前に大きな木が現れた。リリアも男達もその木は大きく避けた。そして細かな木々がリリアと男達を分断した。リリアの方には1騎が付いてきた。他の5騎は固まって木々の向こう側を駆けている。
今この1騎を倒しておくしかない。流石に6騎相手では部が悪い。
リリアは左手で手網を操りながら右手で睡臥蒼剣を振った。馬上での斬り合い。リリアが最も苦手とするシチュエーションだ。
だが、そんな事も言ってられない。負けたら死ぬのだ。
リリアは前方の木々と左側の5騎に意識を分散しながら右側の1騎と刃を交えた。
「そろそろ子守唄の時間よ」
リリアが呟いた。
10回、一定の間隔で、対峙する男の刀を睡臥蒼剣で打った。金属音が鳴り響いた。
すると男の動きが鈍くなり隙が出来た。リリアはすかさず男の刀を持っている右腕を斬り落とした。刀を握った男の右腕は後方に飛んでいって森の中に消えた。激痛に絶叫する男の首を、リリアは斬り捨てた。首のない身体だけが馬に乗っていたがやがて地面に落ち、馬は主を失いその場に止まった。
左側を駆けていた5騎も動きが鈍り、馬の背にもたれ掛かるようにして倒れ、やがて5人全員が疾駆する馬から落ち地面に叩き付けられたり、落ちる寸前で勢いよく木に激突した。
6人全員が死んだ。
リリアは血で汚れた睡臥蒼剣を軽く振って血を飛ばし鞘に戻し、そのまま森の出口へと駆けた。
森から抜け、燈と詩歩が角笛を吹いた地点へと来ると、リリアの目には凄惨な光景が飛び込んできた。
地面に血塗れで倒れている燈と詩歩。その前には剣特師範の袖岡と太刀川が立っていた。
「燈!? 詩歩!?」
リリアは叫んだが2人の返事はない。
剣特両師範にこの2人だけで適うはずがない。
「おお、茜。お前か。どうやらこの2人は反逆者だったようだ。我々を攪乱する為に敵のいない所で角笛を吹いたのだ」
袖岡が笑いながら言った。顔や服には返り血が付いており白い髭も真っ赤だ。
「教え子風情が師範である我々に勝てるとでも思ったのか。まったく、愚かな事だ」
太刀川は倒れている2人を見下して言った。
リリアは馬から飛び降りて燈と詩歩の傍に駆け寄った。まだ、2人とも息はあるようだが意識はない。
「殺してはおらんぞ。そ奴らは一応割天風総帥の元へ連行するからな。丁度いい、手伝え、茜」
袖岡が燈と詩歩の血で汚れた刀を懐から取り出した布で拭った。
太刀川はその様子を腕を組んで見ていた。
「こんなになってしまって……私が、私がこんな事頼んだから……」
「なんだと?」
リリアの中で何かが切れた。
燈と詩歩が命懸けで闘ったのに、自分だけ逃げる事は出来ない。
リリアはまた背中の睡臥蒼剣を抜いた。
「おいおい、茜。貴様どういうつもりだ? 反逆者の友達がやられたからといって逆上するなど浅はかぞ。良く考えろ。それともなにか。貴様も反逆者だったという事か?」
袖岡が睨み付けて言った。
「そうです。友達を傷付ける学園にはついていけません」
リリアも袖岡を睨み返した。
「良かろう。影清が言うように、剣特も生徒達を一新するとしよう。太刀川。序列9位など、儂1人で十分じゃ」
袖岡は刀身を拭き終わった刀をリリアに向けた。その刀は柄も鍔も黒く、刀身には乱れ刃紋が現れており息を呑む美しさだった。普段袖岡や太刀川の刀を見る事はないので自称刀コレクターのリリアにはとても興味深い事だった。
「無刻千太夫。貴様も知っておろう。授業で教えたからな。あの伝説の名刀の一振りは儂が所有しておる。”色付き”のような特殊な力などに頼らぬ本当の刀じゃ。見ろ、火箸の戒紅灼でも斬る事は出来なかった」
「無刻千太夫……」
色付きと呼ばれる刀剣が生まれる以前から数々の伝説を残したとされる幻の「神牙六刀」の一つ。その刀は、持ち主の力で強さが変わると言われている。確かに、袖岡の持っている刀は紛れもなく”無刻千太夫”である。
リリアは睡臥蒼剣を構えた。
「睡臥蒼剣か。まあ、その剣の能力は勿論知っておる。儂に対して使ったところでただの柳葉刀を振り回しているのと変わらないぞ」
「等間隔で10度、金属同士で打ち鳴らす。その音を聴いた睡臥蒼剣の持ち主以外の者は猛烈な睡魔に襲われる。つまりは、”等間隔で10度打たせなければ良い”簡単な事だな」
太刀川が無表情で腕を組みながら、睡臥蒼剣の能力の種明かしをした。
しかし、やるしかない。大丈夫だ。いざとなったら腰にもう1本刀はあるのだ。
リリアと袖岡は睨み合った。
太刀川は腕を組んだままその様子を眺めていた。
御影の部屋には絶え間なく黒い布で顔を隠した男達が入ってきた。全員脇差し位の刀を持って俊敏に斬りかかってくる。
光希はまりかと共に襲い来る男達を迎撃した。
光希の目を見張る程の美しい足技は刀を振りかざしてくる男達に次々とめり込み薙ぎ払った。
まりかも眼を青く輝かせ男達の動きを見切って的確に斬り伏せていった。
「なるほど、利き腕が使えないとこんなにも調子が狂うのね」
まりかが男達の返り血を浴びながら呟いた。
もはや御影の部屋の家具などがめちゃくちゃにされて悲惨な状態になっていた。
倒しても倒しても部屋の中に侵入してくる男達。
「光希ちゃん、外の暗殺部隊は続々と集結してきているみたいよ。ざっと100人くらいはいるわ」
まりかの言葉に光希は顔色を変えた。いくら序列5位のまりかがいるからといえ、100人もの大群を2人だけで防げるはずがない。つかさが戦線に復帰すれば話は別なのだが、先程から屋根の上で序列18位の天津風綾星と交戦しているようだ。
光希は1人、また1人と男達を蹴り倒し続けた。
綾星と距離を取った。
屋根の上は斜面と瓦で足場が悪く、気を付けなければ転落の危険もある。
綾星は腰を低くして槍を構えていた。槍には黄色いリボンが結んである。このリボンが意外と厄介で、つかさの注意をリボンに引き付けられてしまい、普段の闘い方が出来ないのだ。とはいえども、つかさと綾星の間にはかなりの実力差がある事は授業で手合わせをしていたので分かる。
負ける事はない。しかし、傷付けたくはない。
「澄川カンナ。あの女を皆が憎む理由が分かります。自覚しない魅力。あの女はその魅力で他の生徒達を魅了して苦もせず友達になっていった。私は、つかささんとあんなに一緒にいたのに、つかささんは知り合ってほんの僅かしか経ってない澄川カンナに心を許した。そして、私を捨てた」
「違うわよ、綾星。私はあなたを捨てたりしていない。あなたも私の大切な友達よ!」
「聞きたくない!そんな出任せは!!」
綾星が叫びながら突っ込んできた。つかさも豪天棒を突き出す。槍と豪天棒が交差する。一瞬、黄色いリボンに目を奪われた。綾星の槍の石突がつかさの顔を狙った。躱した。槍。脚に来る。脚を引いて躱し、棒を振った。綾星も槍で防ぐ。
一進一退の攻防が続いた。
「つかささんを殺して、私も死ぬ!! 学園の命令? そんなものどーでもいい!!」
綾星は昔らからそうだった。独占欲が強く、気に入ったものはとことん大切にした。つかさが大切にしていたプラモデルのコレクションは誰からも理解されなかったが、綾星だけは大切にしてくれたし褒めてくれた。一緒に作るようにもなった。綾星の優しさがつかさの心を満たした。それは心の底から嬉しかった。
綾星はつかさだけを友達と言っていた。どこへ行くにもずっと付いてきた。束縛感。それは確かに感じた。つかさが別の生徒といるのを見ると猛烈な嫉妬をした。確かに、カンナと知り合ってから綾星を断ることが多くなったかもしれない。寂しかったのだろう。すると、すぐに不貞腐れ部屋で暴れたりした。そういうところは嫌いだった。だが、誰にでも欠点はある。つかさは綾星の悪い所はしっかりと注意した。綾星も素直に受け入れ改善しようと努力していた。だからお互い対等で心から友達だと思えた。
つかさも綾星が好きだ。
つかさは綾星が突きを放ったのを見た。
つかさは豪天棒で綾星の槍を力いっぱい弾いた。綾星の手から槍が放れ、下に落ちていった。つかさは豪天棒を足元に投げ捨て右手を握り締め大きく振りかぶった。
「綾星! 私と死ぬだって!? そんなのごめんよ!」
綾星は一瞬、どう動くか迷った。
「私はこれからもあなたと、生きていたいんだから!!!!!」
つかさの雄叫びと共に、渾身の拳が綾星の横っ面にめり込み殴り飛ばした。
綾星はつかさの怪力をモロにくらい屋根瓦の上に倒れ込んだ。
そしてすぐにつかさは綾星に近付き抱き締めた。
「私は、あなたの友達よ。綾星。私の友達は、綾星の友達でもあるの。私が大切だと思う人を憎まないで」
綾星は何が起きたのか分からず目を見開いたまま硬直していたが、つかさの言葉に涙を溢れさせた。
「つかさ……さん。ごめんなさい……私……」
綾星もつかさに抱きついた。
「また一緒にプラモ作ろうよ。一緒に作ってくれるのは、綾星だけなんだからさ」
つかさの言葉に、綾星は声を上げて泣き始めた。
つかさは綾星の赤い髪を優しく撫でてやった。
殺気。
綾星との戦闘で気が付かなかったが、いつの間にか周りは当初よりも黒い格好の男達が埋め尽くしていた。
そうだ、光希とまりかは無事だろうか。
そう思い下を覗き込もうとした時、黒い格好の男達が屋根の上に飛び上がってきた。
つかさの手には豪天棒はなく、綾星の温もりだけがあった。
「綾星」
つかさは静かに呟き、綾星を抱き締めたまま目を閉じた。




