奇妙
「なあ、シミュレーテッドリアリティって知ってる?」
いつもの帰り道で、周平は突然言い出した。高校の門を抜けて少し歩いたところは今日も今日とて人通りが少なく、閑静とした住宅街に少し傾いた陽の光が降り注いでいた。
「なにそれ、新しいゲーム?」
孝介は隣を歩く周平の方を向いて訊ねた。一日の授業で疲れたからか、どこか気怠そうな声だ。
「違う違う! なんかよく分からんけど、リアルで起こっている出来事が、シミュレーションに感じちゃうこととか人のことらしいよ」
「ああ、なんだ」
孝介は気の抜けた返事をした。ポケットに手を突っ込んで、忍ばせていたスマートフォンを取り出すと、SNSのアプリを開いた。
「なんだよ、食いつき悪いな」
拗ねたような周平が蹴り飛ばした小石はコツンコツンとアスファルトを跳ねて、やがて忽然と消えた。周平は少し唸って考え事をしているような素振りをしながらつぶやいた。
「けどさ、本当にそんなやついんのかね」
「……は?」
ぼんやりと歩いていた周平が、孝介の頓狂な声に驚いて立ち止まると、孝介の方も驚いた表情を浮かべていた。
お互いに顔を見合って、一瞬言葉が詰まる。
「……周平、気づいてないのか?」
「いやいやいや、冗談やめろって」
周平は軽く笑ってみせたが、孝介の方は真剣な表情を崩さなかった。冗談に違いないとは思いつつも、昨日みたテレビの内容が言いも知れぬ恐怖を心の底のどこか一部に植え付けていた。
シミュレーテッドリアリティ。
「ほら、ほっぺたつねっても痛くないだろ? 夢の中ならほっぺたつねったら痛いはずじゃんかよ」
周平はぐいっとほっぺたをつねってみせた。
「周平……お前……本当に気づいてないのか」
「や、やめろってば! 怖くなってくるだろ!」
孝介は表情を変えない。そのことが、益々周平の恐怖を煽った。先程まで少し傾いた位置にいた太陽は、いつの間にか東の空に沈もうとしていた。
「あのな」
孝介はわざと落ち着かせたトーンで言った。
「俺たちはシミュレーションだよ」
「は? 本当にマジでそろそろやめてくれよ」
「嘘じゃないし冗談じゃない」
「やめろってば!!」
閑静な住宅街に周平の声が通った。それでも孝介は話をやめない。
「生まれた時からずっと、シミュレートされてたんだよ」
「なにそれ……意味わかんねえよ!」
「だってお前、生まれる前のこと知ってんの?」
「は?」
孝介がいたって真剣な顔で奇妙なことを口走るものだから、周平は気圧されてしまった。
「なあ、あんたは?」
「は? 何言ってんだよ」
「違う、周平じゃない」
孝介はこちらを見て話を続ける。
「あんただよ、あんた。見てんだろ? 俺には見えないけど知ってるよ」
「いや、孝介やめろって。変な目で見られるってば」
周平は孝介の肩をつかんだが、孝介は尚も言葉を止めない。
「あんたはどこの世界の人なんだ? 何で俺らを見てんだ? これ以上面白いことは起きねえぞ?」
「おい、やめてくれよ……何の話してんだよ」
すっかり太陽は落ち切って、もう三つ目の月が、濃紺の夜空に浮かぶところだった。
「あんたに話しかけてんだよ。そろそろ分かんだろ? あんたは誰のシミュレーションに生きている?」
何だろうこの話。あなたは薄気味悪くなって、ページを閉じた。
奇妙なのは、誰?