星を集める人
相変わらず辺りは暗がりに包まれていて、足下はおぼつかない。前を歩くティムは、何故か慣れた道のようにすたすたと歩き、マルコはそれについていくだけだった。
5分ほど歩いた頃だろうか。少し遠くのほうに、やはり川沿いに明かりが見えた。それはゆらゆらと、お祭りの灯篭の明かりのように、ほのかに辺りを照らしていた。マルコとティムは、少しだけ歩みを速めてその明かりの方へと向かった。
「やあ、こんばんは」
そこには初老の男性が立っていて、川の向こうの森を眺めていた。見えていた明かりは、彼が持っていたカンテラだった。
「こんばんは」
マルコは彼に挨拶をして、ここが村のどの辺りなのかを訊ねようとした。
「今日は、良い夜だね」
カンテラに照らされた男性の顔には、柔和な微笑みが浮かんでいた。彼はマルコの挨拶に、空を仰ぎながらそう答えた。
「今日は、曇っていますよ」
ティムが男性につられて空を仰ぎ、そう答えた。
「いや、とても良い夜だよ」
良く見ると男性の顔には無数の皺が目立ち、もしかすると初老というにはかなり老いていたのかもしれない。周りには住居らしいものが見えず、そこには3人だけがぽつんと立っていた。
「あの、何をしているんですか」
ティムが男性に訊ねた。
「私はね、星を集めているんだ」
男性は微笑みながら、曇り空を見上げたままそう答えた。
「星ですか」
「ああ、星だよ」
「でも、今日は星は見えません」
「ああ」
とティムの問いに答えると、男性は
「だから、今日は良い夜なんだ」と続けた。
マルコには、男性が何を話しているのか全く理解できなかった。
「あの、どうして星を集めているんですか」
ティムが男性に訊ねると、男性は視線を空からティムへと移した。
「君は」
すると男性は何故か、少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「そうか、君か」
しかしティムは男性の事を知らないようだった。
「おれの事、知っているんですか」
「知っている、知っているとも」
男性はティムの両肩にすっと手を置き、ティムの目を見てこう言った。
「早く帰りなさい、君の帰りを待っている人がいる。こんなに良い夜だ、一緒に過ごしなさい」
そこにはマルコも居たのに、何故か男性はティムだけにそう伝えた。真剣に、じっとティムの目を見て。
「どういう事ですか、あなたはおれの知り合いですか」
ティムも、男性が何を言っているのかがわからないようだった。
「いずれ、わかるよ。今はそのときでは無い」
「どういう」とティムが問いかけようとした瞬間だった。
うぉーん、と森のほうから遠吠えが聞こえ、風がごおっと吹いた。先ほどと同じように。
マルコはよろめいたが、今回は転ばなかった。
不思議なことに、この強い風にティムと男性は全く反応しなかった。風など吹いていないかのように、まるで何も無かったかのように二人は目を合わせていた。
すると、「ああ」と男性が呟いた。
「空が、晴れるな」
視線を再び空へ移し、まるで何か大切なものを無くしたかのように、大きな過ちを犯してしまったかのように、男性は何故かとても悲しそうにそう言った。マルコには、彼の話も、心情も全く理解できなかった。それはティムも同じであったようで、不思議そうな顔をしながら彼と曇り空を見比べていた。
「もう、行きなさい」
男性はティムの肩から手を離すと、そこで初めてマルコにも視線をやりながら言った。
「でも」
「この川を真っ直ぐ行けば、大きな道に出る」
疑問を投げようとしたマルコに、遮るように男性が言った。
「大きな道に出たら、あとはきっとわかるだろう」
それ以上の質問を許さないといったように、男性はマルコとティムに背を向けた。二人とも、彼が何を言っているのかわからなかったが、彼から何か覚悟めいたような、決心したような雰囲気を感じ取り、これ以上の詮索はできなくなってしまった。
ティムが先に背を向け、男性の指示した方向に歩き始めた。マルコもティムを追って、歩き始めた。
行く先は、明かりが無い。歩くにつれて、明かりがどんどん減っていく。
マルコは何となく心細くなり、後ろを振り向いた。
すると、彼がカンテラの蓋を開けるのが見えた。彼がカンテラの蓋を開けると、中の明かりがふわりふわりと宙に浮き、ゆらゆらと瞬きながら、川を越えて森の方へと消えていった。
ティムは後ろを振り返らずに、すたすたとマルコの前を歩いていた。それに気付いていたのか、気付いていなかったのか。
マルコは不思議と、その光景を疑問に思わなかった。
マルコは直感的に、あれはきっと星の光なんだろうと理解していたのだった。