マルコとティム
執筆練習です。
帰り道は、あいにく曇り空だった。
マルコは彼の母から銀貨を一枚もらい、川沿いにある村の中心まで祭りを見に来ていた。
銀貨一枚では屋台のパンケーキを一枚買って、七面鳥が一羽当たるくじ引きを引いて終わりだったが、マルコは毎年それをとても楽しみにしていた。小さな村とは言え、一箇所に住人が集まるとそれは賑わうものだ。
祭りの最後には、手作りの紙でできた風船灯篭をいっせいに空に飛ばす風習があり、マルコも母と一緒に作った灯篭にガスを入れてもらって空に飛ばした。人によっては複数個飛ばす者もいて、百を超える灯火が空へと消えていった。時折この火が元で火事になる民家もあるらしいが、それでも村の人にこの風習を非難するものは居なかった。川の向こうを目掛けて飛ばされる灯火は、あるものは空で消え、あるものは見えなくなるまで空に上がっていった。
晴れていれば、星空を灯りが照らすように幻想的な光景が見られるが、今年は雲が空を覆っていた。曇り空をふらふらと彷徨う灯篭も、それはそれで悪くない。淡い光の群れは、マルコの心を躍らせるのに十分なものだった。雨の匂いは、しなかった。
マルコは、興奮冷めないまま祭りからの帰り道を歩いていた。
星明りがあれば足下もしっかりするものだが、その日は当たり一面を暗がりが包んでいた。普段から歩いている道ではあるが、迷わないように注意しなければならない。聞こえてくるのは、すぐ近くにある木々を風が撫でる音と、遠くを川の流れる音。ひとり、自分の足音が、やけに遠くまで響いていた。そんな夜だった。
祭りが終わって、灯りが見えなくなって、20分ほど歩いた頃だろうか。
うぉーん、と木々のなかから遠吠えが聞こえ、それに気付いた瞬間に冷たい風がごおっと吹いた。突然に強風に煽られ、マルコはその場にしりもちをついてしまった。追いかけるように、ざあっと川の流れる音が聞こえた。
呆然としていたのか、地面に座っていた時間がどれだけだったのか、マルコは覚えていない。
「大丈夫?」
目の前に出された手を見て、ようやくマルコは自分が転んでしまった事に気付いた。彼が視線をふとあげると、そこには心配そうに手を差し伸べる少年が居た。近くに住んでいる、ティムだった。
「ああ、うん。ありがとう」
マルコはティムの手を借り、立ち上がってズボンの土を払った。
「どうしたの。こんな、何も無いところで転んで」
「風に吹かれたんだ。きみは大丈夫だったの」
「風?そんなもの、気付かなかった」
ティムはからかうように笑った。
「それよりきみ、近くに居るなら声をかけてくれたら良いのに。お祭りに、きみもきていたのかい」
「ああ。きっとおまえと同じで、帰り道だよ」
マルコとティムは顔を合わせれば挨拶をする、母親同士が仲良しの、顔見知りかそれくらいの関係だった。真っ暗な夜で、マルコはティムの表情がはっきりと見えなかった。
「ぼくも帰り道なんだ。今年も、灯篭はすごかったね」
「そうだな。おれも、飛ばしたかったよ」
「ティム、今年は持ってきていないのかい」
「ああ、ちょっとな」
このあたりの子供たちは皆、親と一緒に灯篭を作る習わしになっている。
「帰ろうか」
マルコは少し不思議に思ったが、深くは聞かなかった。
「ああ」
ティムがそう呟いた瞬間、マルコは辺りの様子が変わっている事に気付いた。
遠くを流れていたはずの川が二人のすぐ隣にあり、その向こう側には森が見えた。森の向こう側は先が見えず、今まで歩いていた道とは比較にならない程の、漆黒だった。辺りは相変わらずで、道を照らす月も星も、雲に隠れて見えない。マルコには、この光景に見覚えが無い。
「ティム、ここがどこかわかる」
「いや」
マルコの問いかけに短く答えると、ティムは森のほうをじっと見つめた。
「知っているような気がするけど、思い出せないな」と森を睨み、呟いた。
「そうか。でもきっとこの川に沿っていけば、どこか誰かの家にたどり着くよね」
小さな村で、川の周辺に人が集まっている。住人の大体は名前は知らなくても顔見知りで、事情を話せば知っている道まで案内してくれるだろう。
「そうだな」
ティムはそう短く相槌を打つと、川に沿って歩き出した。マルコも、彼を追った。