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突然の星の失踪

 黒塗りの高級車に乗り家へと帰る道中、隣りに座っていた優が話しかけてきた。


「結局はOKしたんだ。でも、私は嬉しいわ。星が一緒なら簡単になるから」

「……星って、名前で呼ばないで下さい」

「なら、なんて呼べばいいの? もう伊勢さんじゃないから、夜空さん?」


 優がそういうと星は鋭い目で彼女を睨み付ける。


 しかし、優はそれに物怖じすることなく笑顔で返した。


「どうでもいいでしょ? 名前なんて……所詮は他人の決めた記号で見せかけのものなんだし、私はあなたを呼びたいように呼ぶから……だから、私のことは優って呼んでね♪」

「……なにを言ってるのか全く分かりませんが、貴女は勝手な人だということだけは分かりました」

「あら、それだけ分かってくれたら十分よ。星、これからよろしく!」


 にっこりと微笑んでそう言った優に星は無言で視線を逸らす。


 なんというか、これ以上話していたら彼女に丸め込まれそうで嫌だった……。


 家に着くと星はカバンを持って何食わぬ顔で、心配そうな顔で玄関から飛び出してきたエミルに微笑んだ。


「もう! 連絡しても通じないし、心配したわよ!」

「ごめんなさいお姉様。バッテリーが切れてたみたいで……転校生が来たので、色々案内をしてたらお家に遊びに来てほしいって言われて……」

「そうなのね。でも、行く前に行き先くらいは連絡しないとだめでしょ?」

「はい。次からは気を付けます……」


 星はしょんぼりしながら俯くと、エミルは笑みを浮かべ。


「遊んできてお腹空いたでしょ? 早くご飯にしましょう」

「はい」


 エミルは星の手を引いて玄関から家の中へと入って行った。


 いつも通りにエミルと夕食を食べ、お風呂に入って自室で勉強をする。それがいつものルーティンだ――。


 星は机に向かってノートに文字を書き残す。


『少しの間でしたが、お姉様やお母様と過ごした日々は夢のようでした。

 でも、夢から覚めないといけない時が来たようです。

 私が居なくなっても、お姉様は元の生活に戻るだけです。私のことは忘れて下さい。私はお母さんの親戚の家で暮らします。

 足りないと思いますが、500万円を置いていきます。

 これまでありがとうございました。


                    さようなら。』


 手紙を書き終えた星はペンを置いてバッグから札束を机の上に重ねて置いた。

 

 ペンを置くと机の引き出しを開ける。そこにはあの事件以降封印していた仮想空間にアクセスする為のブレスレットが入っていた。


「私は……ううん。私がやるんだ!」


 神妙な面持ちでブレスレットを取り出して腕にはめる星。


 少しの着替え、母親の写真と九條から貰ったプレゼントの包みをリュックに詰めて身支度を整える。その後、星は外の音を気にしながら部屋を出ると玄関からそっと外へ出た。


 長い庭を歩き段々と小さくなっていく屋敷を振り返り、星の胸をちくりと刺す。

 今考えるとエミルと暮らした屋敷は楽しい思い出が詰まった宝箱のような存在だったのかも知れない……。


 星はくるりと体を回して屋敷の方を向くと深くお辞儀をする。


「……今までありがとうございました」


 十秒ほど頭を下げ続けた後、再び身を翻すと星は門に向かって勢い良く走り出す。

 思い出と未練を振り払うように全力で精一杯に――長い黒髪が風になびき、その中で見える星の目尻からは涙が溢れていた。



 門を出て少し歩いて行くと、街灯の下に一台の黒塗りの高級車が停まっていた。その車にもたれ掛かるようにして優が待っているのが見えた。


 優は星を見つけるなり、もたれていた車から離れて星の方を向く。


 彼女の赤いツインテールが大きく揺られ、優の大きな赤い瞳が星を見る。

 

「お別れは終わった? なら、行きましょうか。私達の仕事場でもあり、最後の終着駅、魂の牢獄【ユグドラシル】へ……」

「はい」


 星は決意に満ちた瞳で小さく頷き車に乗り込むと、優は嬉しそうな笑みを浮かべて星の後に続いた。


 真っ暗な夜道を星達を乗せた車だけが走って行く。


 静まり返った外を見ているとまるで世界の終焉を見ているようで怖い。


 車の窓からぼんやりと見ていると、水族館の看板が目に止まった。すると、車は水族館の敷地内へと向かって進んで行く。


「ここは水族館じゃないんですか?」

「そう。水族館よ……」

「ここがユグドラシル」

「いえ、ここはただの水族館よ」

「――ッ!?」


 優の言葉を聞いた星は驚いた様子で目を丸くする。


 驚く星に優は笑みを浮かべて「驚いた?」と言うと星は怒ったように彼女を睨む。


「こんな場所で道草を食ってる時間はありません」

「あら、時間はたっぷりあるわよ? 施設には明日の夜に着くように行くと言ってあるもの」

「なら、なんで今日にしたんですか! 明日でも良かったでしょう!」


 珍しく大きな声を出した星に優はお腹を抱えて笑った。


「あはははっ、やっと人らしくなったわね。星は人形のようだから」

「……大きなお世話です」


 本気で嫌そうな顔をする星に優は嬉しそうに笑う。


 人が嫌な顔をしているのに嬉しそうにしている優に、星は心底仲良くなれない人物であると感じていた。


 車から降りて深夜の水族館に入って行く優をため息を漏らしながら星は追い掛けた。

 営業時間外なのに何故か閉まっているはずの扉は開いていて、普通に中へと入れてしまった。


 中は薄暗いのだが何故か怖いという感じもなく、逆に水槽内の間接照明によって通路が照らされて幻想的に見えるほどだ――。


 さすがに魚達は夜ということもあって動きは鈍いものの、それでも優は楽しそうに赤いツインテールを揺らしながら水槽から水槽へと駆けて行く。


 その様子を横目に星は仏頂面で水族館内を歩いていた。


「ほら、星! マンボウがいるわ!」

「……水族館なんだからマンボウくらいいますよ」

「星は不器用ね。せっかく水族館に来たんだから楽しみなさい」

「楽しめるわけないでしょう。私は水族館に来たわけではありません……私にはやらなければならないことがあるんです」


 優を睨みながら神妙な面持ちでそう告げた星に、彼女はため息を漏らした。


「はぁー。真面目なのはいいけど、少しは肩の力を抜いたら? 向こうに行ったら、もう自由には動き回れないのよ? だからその前に水族館を貸切にしてもらったっいうのに」

「……そうですか」

 

 素気ない態度を取る星に、優は何故か笑顔で返す。


 その姿に星は更に不機嫌そうにむっとした。優の様子はまるで人が嫌がることを喜んでいるように星には感じた。


 トンネルの様になった大水槽の中を楽しそうに駆けて行く優に、星は呆れながらため息を漏らして付いていく。


 それからもペンギン、イルカ、クラゲ、クリオネ、セイウチなどを見て終わる頃には歩き過ぎて星の足が痛くなっていた。


「はぁ〜、楽しかったな〜」

「気はすみましたか?」

「うん! なら、ホテルに行って休もうか!」

「はい」


 そう頷く星が外を見ると、すでに太陽が顔を見せ始めていた。

 目を細めて太陽の方を見ていた星の手を引いて優が外に停めてあった黒塗りの高級車へと走り出す。


 車でホテルに送り届けられると、部屋に着くなり着ていた服を脱ぎ捨てた優はシャワーを浴びに浴室に行ってしまった。

 自由奔放で掴み所のない優に星はため息を漏らして、部屋に脱ぎ捨てた彼女の服を集める。すると、ガチャリと細くて重くて硬い何かが地面に落ちた。

……

「……なんだろう?」


 何気なく星が落ちたそれを確認すると、落ちていたのは折り畳まれたサバイバルナイフだった。


 それを見た瞬間に星の背筋に悪寒が走る。もしも、一緒に水族館を周っていた時に自分を殺そうとしていたとしたら、あの時に自分に向けられていた笑顔の意味がようやく分かった気がした。


「――そうか……最初から私を殺そうと……」


 星は優の脱ぎ散らかした服を元の状態に戻すと、ベッドに腰掛けて下を向いた。


(私は何を考えてるの? あの人の所に行くって決めてから最悪の状態は覚悟してた。だから、お金で私を買ってもらったんだから……最初から決まってる。最後の瞬間まで私は戦う――ううん。戦わないといけないの! それがお父さんと眠ったままになってる人達を救う方法なんだから!)


 決意に満ちた表情で手をぎゅっと握り締めた星は布団の中へと潜った。


「とりあえず。今は寝て力を……ため……ないと……」


 布団に入った星は歩き疲れたせいか吹っ切れたからかすぐに眠ってしまった。


 星が眠って少し経って優もシャワーから帰ってきた。

 散乱した自分の服を見つめ訝しげに見ると、服の下に落ちていた折り畳み式のサバイバルナイフを握った。


 優はそのまま寝息を立てている星の所まで行き、サバイバルナイフの刀身を出すと寝ている星を見下ろす。


「――この子……どこまで気付いたのかしら? まあ、気付いたところで運命は変えられないわよ。星……」


 不気味に見下ろす優の手に握られたサバイバルナイフの刃が太陽光を浴びて鈍く光っていた。

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