亡き父親への汚名2
「――ここは……」
「あなたはよく知ってるでしょ? あのゲームから帰ってきた人間が収容されてる施設――しかも、ゲーム内で死亡して、今は意識も戻らずに植物状態になった者が入ってる場所よ……」
優は車の前で固まっている星に「行くわよ」と声を掛けると、強面のサングラスをした黒服の男達の後を歩いて行く。
施設の中のガラスは全てが外から見えないようにマジックミラーのようになっており、ガラス張りなのに少し薄暗いのが恐怖心を掻き立てる。
廊下を歩いていると、白衣を着た研究員のような数人とすれ違う。
その全てが星を見て驚いた様子で目を丸くして足速に去って行く。それは星が今のテレビでは有名である主犯格の娘であり、星がゲームクリアした本人で世間では親子の茶番劇に皆が巻き込まれたということになっていたからだ。
今の星は未成年だから逮捕されてないだけで、本来なら逮捕されてもおかしくない立場なのだ――。
エレベーターで階層を上がって行くと広いフロアに数え切れない数のベッドが並び、そこを見下ろすように星達が今居る通路がある。例に漏れずこの通路もマジックミラーのようになっていて外からは見えない。
星が下を見下ろすと、人が寝ているベッドの周りに親族だと思われる人達が忙しなく動いていた。
その時、星に話し掛けてくる声が耳に入ってくる。
「君が夜空星くんだね?」
星が声の方へと視線を向けると、そこには腹の出ている中年のスーツを着た男性が立っていた。
彼の方を向いて星が「はい」と答える。
目を細めて訝しげに中年男性を見る星に、彼は言葉を掛けた。
「君が私を不審がるのは分かる。少し強引な手段を使ったからね……私の名前は富岡大次郎。君のお母さんである夜空さんと私は友人でね」
「……お母さんの友達?」
それを聞いて星の表情が少し和らいだ。
その微かな変化を見逃さず、富岡は静かに頷き言葉を続けた。
「――そうだよ。君のお母さんはとても優秀な人だった。話は聞いているよ……実はね。君の事も君のお母さんから頼まれていてね」
「私を頼まれた……お母さんから?」
「ああ、そうだ。しかし、あの家族に君を保護されてしまった……でも、それも終わりにしなければいけない」
「終わりにしないと……いけない?」
星は首を傾げながら尋ねる。
「そうだ。君も世間にどう思われてるか分かるだろ?」
「……えぇ、知ってます」
富岡の言葉を聞いた星は表情を曇らせながら頷く。
口元に不敵な笑みを浮かべた富岡が、俯く星に言った。
「私の方で批判の声を抑えていたが、それももう限界でね。見たまえ……」
富岡が下に並ぶベッドの方を指差す。
星も下を見るとベッドに眠ったままの少年の母親と妹が泣き崩れている姿が目に入った。
「これは君のお父さんと君が不幸にした人達だ――」
「――違います! お父さんは悪くない!」
そう言って叫んだ星が富岡を睨むと、彼は微笑みを浮かべながら告げた。
「私も分かっているよ。しかし、世間の人は知らない……それに君がもっと早く終わらせていれば、これほどの被害は出なかったかもしれない。違うかい?」
「……それは……」
言葉を詰まらせる星に富岡が言葉を続ける。
「ここで論じても無意味な事だ……すでに犠牲者はこんなに出てしまった。君の今お世話になっている家族も君のせいで世間から叩かれている。君はあの家に居ても迷惑にしかならない」
「――でも、私はあそこに居たい……」
今にも泣きそうになるのを必死で堪えながら、星が震える声でそう言った。
「君の気持ちは分かる。だが、ベッドで眠り続けている彼等もそう思っているだろうね。家に帰りたい。家族達と一緒に居たい……と」
「――ッ!!」
星がハッとして富岡の顔を見上げると、彼は険しい表情で言った。
「良く考えなさい。あの家の人達は君が居なくなっても前の生活に戻るだけだ。それとも、君だけが幸せならそれでいいのかい? 君が彼等の生活を破壊したんだ。彼等が歩むはずだった日常を、未来を、君が奪ってしまった! その責任を取る義務が君にはあるだろう! 夜空 星君」
「……私のせい? 私が責任を取る必要がある?」
「ああ、そうだ……そして君になら彼等を救い出せる。いや、君にしか出来ない! ゲーム内に残された重要データ。コードネームは【メモリーズ】君ならそれを使う事が出来る!」
「……本当ですか?」
潤んだ瞳で縋るように富岡を見る星に彼は力強く頷いた。
「私を信じてほしい! 君のお母さんの親友だった私を……君にしか眠っている彼等を助ける事は出来ないのだ!」
「……私にしか出来ない事……」
「そうだ! 君にしか出来ない!」
「分かりました……でも、一つだけお願いがあります……」
星は力強く頷くと、富岡は笑顔で「なんでも聞こう」と答えた。
富岡と別れた星は優と黒塗りの高級車に乗り込んだで施設を後にする。
* * *
廊下でベッドを見下ろす富岡の元に、中肉中背のメガネを掛けたスーツ姿の男がゆっくりと歩いて来る。
「富岡さん。上手く彼女を丸め込みましたね」
「ああ、君か……当たり前だろう? 私がこの地位に昇り詰めたのは伊達ではないよ。それにしても、まさかあんな要求をしてくるとは――幼いとはいえ、さすがあいつの娘だな。いやしい女だ。しかしまあ……これで、やっと計画に移れる」
後ろ手に組んでそう言った富岡にメガネを掛けた男が告げる。
「ええ、まさかあんな所に逃げ込まれるとは思いませんでしたからね」
「まさかだよ……あの家は原油を押さえ各国に太いパイプを持っている上に大企業連中にも顔が効く。我が国も例外ではない……しかし、私にはもう関係ない。メモリーズは世界を支配できる唯一の手段だよ」
「それがもう少しで私達の手に入る」
「ああ、後は待つだけだ。家宝は寝て待て……ってね。全ての人間が跪くのを見るのが楽しみだよ」
不敵な笑みを浮かべた富岡はベッドに眠っているゲーム内で死亡して昏睡状態となっている者達を見下ろし、その隣で口元に笑みを浮かべたスーツ姿の男のメガネが不気味に輝いていた。




