母親と愛海とのショッピング3
その子が自分の動きと同じよう動くのに違和感があり、星は困惑するばかりだ。
モニターの方を見つめて首を傾げている星にカメラを構えている女性が声を掛ける。
「お嬢様。撮影しますのでこちらを向いて下さいね!」
「――はい! ごめんなさい!」
ハッとした星が慌ててカメラの方に視線を向けた。
だが、いざカメラを向けられると緊張して体が硬くなってしまう。
カメラを構えている女性に「もっと表情を柔らかく」と言われても中々、思い通りにならない。まるで別の人格に乗っ取られているかと思うくらいだ。
緊張で表情が固くなっていた星がうまく笑えない歯痒さから俯いた直後、頭上から桜の花びらが降ってきた。
その花びらを手の平で受け止めると、花びらは星の手の上で止まった。しかし、それには重みもないし持っている感覚もない。ただ、目で見てそこにあるというだけだ――。
星は手の平に乗っていた桜の花びらに興味本位でふーっと息を吹きかけた。すると、花びらは手から離れてヒラヒラと舞うように揺れながら地面に着いてしばらくして消えた。
「いいですよー。次は手を広げてクルクル回ってみましょうか!」
その星の様子をカメラに収めていたようで、スタッフの女性の声に驚いてビクッとなってまた固まってしまう。
星のその様子を見てカメラを構えていた女性は気を利かせたのか、これ以上やってもいい絵が撮れないと思ったのか「少し休憩しましょうか」と言って部屋を後にした。
その後ろ姿を見ていた星は少しほっとしたのかふぅーっと息を吐いた。
星が少し疲れているのはエミルも気が付いていたのか、彼女が優しく声を掛ける。
「星顔色が悪いわ。大丈夫?」
「……はい。大丈夫です」
「あまり大丈夫そうじゃないわね……母様。少し星を休憩させてきます」
エミルはそういうと、星の腰に手を当てて支えながらゆっくりと歩き出した。
部屋を出て少し項垂れたように俯いている星にエミルは心配そうな表情で見ていた。
それもそうだ。普段は周囲を気に掛けている星が、今はその余裕がないようにエミルには感じられた。
星の足取りは重く表情は暗く重い――こんな様子の星はエミルも見たことがない。無意識に他人に配慮する性格の星が、今日は朝から取り繕う余裕がないように見えた。
表情は暗く心なしかエミルとの距離も少し遠く感じる。
気分が良くなるように、外の景色を見ながら星を椅子に座らせ落ち着かせる。
星は大きく深呼吸を繰り返すと、表情が少しだけ良くなった気がした。
写真を撮られる緊張感から解放されたからだろう。星はほっとした様子で外の景色を見ていた。ビルの上から眺める切り取られた日常。
本当なら自分は見下ろされる側にいる存在で、こんな場所にいて綺麗な服を着れる身分の人間ではない……。
ゲーム内でエミルと会ったのも偶然で、現実世界でエミルと再会できたのも偶然だ。しかも、誰も頼るあてのない星を家族として迎え入れてもらった。そのことは星も感謝していたし、今までも楽しかった……だが、そんな時間もいずれ終わりがくる。そう、シンデレラが24時に魔法が解けるように――。
星が今纏っているこの服も明日には、いつも着ていた黒い服に変わり影のように静かに周囲に溶け込んでいく。他人の顔色を窺い作り上げた自分という仮面を被って生活する日々に戻る。
(……これは夢。この生活も今着てる服も明日には消えて起きなきゃいけない。なら最後に楽しんで、お姉様にいっぱい笑顔をあげよう!)
星は心の中でそう決心すると、隣りに居たエミルに笑顔を向けた。
「戻りましょう! せっかくなのでもっといっぱい色んなお洋服を着てみたいです!」
「えっ? うん、そうね。星がそういうなら……」
いつもと明らかに違う星の様子にエミルは困惑したが、星に手を掴まれて走り出した。
撮影に戻った星は今までとは違った屈託のない笑顔で心からカメラで撮られることが嬉しそうに見えた。
次々に衣装と化粧を変えても撮影での笑顔は全く崩さなかった。そんな星の姿の一挙手一投足を自前の一眼レフカメラで、星の笑顔と仕草の一瞬の全てを写真に収めつつ、心のどこかで何とも言えない胸騒ぎを感じていた。
撮影が終わり着てきた制服に着替えると、小林の運転する車で家へと帰る。
その道中、車の窓から外の景色を見ながら星の感情としては、まるでタイムマシンに乗っているような感覚になっていた。
(……家に着けば、私にかけられた魔法が解けて普通の生活に戻る……だから、この夢は終わり……)
星は窓の外を見つめながら虚しさと悲しみが混じり合った不思議な感情に支配されていた。
今までの楽しかった記憶が走馬灯のように駆け巡り、まるで風景のように過ぎてゆく……。
家に着くと車から降りてエミルと母親は大きな玄関の扉に向かう中、星は車のドアの前で立ち止まる。
手を前で合わせ真っ直ぐにエミルと母親の方を見つめている星を、2人も真っ直ぐに見つめていた。
「……今日はありがとうございました」
丁寧に頭を下げてそう言った星に、エミルは何かを察したように不安そうな声で言った。
「どうしたの急に? 星、早くお家に入りましょう」
「……いいえお姉様。私の家はここじゃないですから――」
今にも泣き出しそうな顔で自分を見るエミルに、星はそう告げると母親の方を見て徐に口を開く。
「――それではお母様。約束通り私はこの家を出て行きます……今までお世話になりました」
再び深く頭を下げた星に、母親は険しい表情で見つめエミルは瞳を潤ませながら不安そうに母親の顔を見つめていた。
「何を言っているの? 貴女はもう家の子なんですよ? 今更他所に行くなんて許さないわ」
「……え? でも……元気になったら出て行くって約束を……」
「それは撤回します。ほら、早く家に入りなさい。そんなところにいつまでも立っていると、また風邪を引きますよ」
そう言って母親は先に家の中に入って行った。
星はまだ何が起きたのか分からずその場に立ち尽くして。
「……私。出て行かなくていいの?」
小さくそう呟いた星にエミルが駆け巡りぎゅっと抱きしめた。
「ばかね。当たり前でしょ! お母様がなんて言ったって私がそんな事させないし。もし出て行くってなったら私が働いて一緒に暮らすから! 星はなにも心配しなくていいのよ?」
「……お姉様……」
泣きながらそう叫ぶエミルに、星はこれが夢ではないのだとしみじみと思った。
その晩。エミルと母親と星の3人で夕食を取ると、仕事の為に出掛けた母親を送り出して星とエミルはお風呂へと入った。
広い脱衣室で服を脱いで、浴室の洗い場でいつも通りにエミルに体を洗ってもらっていた。
母親が仕事に行って、いつもの日常に戻った安堵感からか家に居てもいいという安心感からか、星の口から思わず本音が漏れる。
「……まだ夢を見てるみたい」
その独り言のように漏れた言葉にエミルが耳元でそっとささやく。
「――夢じゃないわよ? だって星はしっかりここに居るんだから……」
ぎゅっと星の体を後ろから抱きしめながらエミルはそう告げると、星も肌と肌が触れ合い確かにそこにある温度に安心したように瞼を閉じて「はい」っと頷いた。
その夜は久しぶりにエミルと同じベッドで寝た。顔を合わせお互いに手を握り合いながら眠った2人はこの生活がこれからも永遠に続くと疑わなかった…………。




