母親と愛海とのショッピング
翌朝。ベッドで寝ていた星が目を覚ますと、メイド長が体温計を持って立っていた。
「すみません。起こしてしまいましたね」
「――おはようございます」
目を覚ました星が挨拶すると、メイド長も「おはようございます」と挨拶を返す。
どうやら、熱は下がったようでメイド長は頷くと星のおでこに手を当てて微笑んだ。
「熱はすっかり下がったようですね。食堂で奥様と愛海お嬢様がお待ちですよ」
「……え? お母様とお姉様も?」
それを聞いた星は不安から表情を強張らせながら聞き返した。
だが、それもそうだろう。高熱であまり記憶はないが、昨日の出来事は微かに覚えている。
風邪が治ったらこの家から出て行かなければならないと母親と約束したことは覚えていた……。
「さあ、早く行きましょう」
「……はい」
表情を曇らせた憂鬱な気持ちでベッドから出ると、メイド長の後を追いかけるように歩いて行く。
いつもは長い廊下もあっという間に感じるくらい食堂まですぐに着いてしまった。
緊張から心臓が飛び出るくらいに脈打ってるのが分かる。細かく浅い呼吸を繰り返す星がなんとか呼吸を整えようと大きく深呼吸をしたがいつものように落ち着かない。
そうこうしていると、メイド長が食堂の扉を開けて扉の前に立っている星を中にいた2人が見つめていた。
緊張と不安で体が震えて正面を見れない。そんな星の耳に母親の声が聞こえてくる。
「――星。いつまでそこに立っているの? 早く席に着きなさい」
「……は、はい」
重い足取りで食堂のテーブルに着くと、エミルが俯いて椅子に座る星に声を掛けた。
「風邪は大丈夫? まだ具合が悪いなら無理しなくていいのよ?」
「いえ、もうすっかり良くなりました」
「そう。なら、良かった! でも、無理はダメよ?」
「はい」
エミルはそれを聞いてほっとした様子で表情を和らげる。
だが、星はまるで裁判で判決を待つような気持ちで母親の方を横目で見た。
その直後、メイド達が朝食を次々に運んできてそれをテーブルに並べていく。美味しそうな食事が並んでいくのとは裏腹に、星は胃がキリキリと痛くてあまり食欲が湧かなかった……。
食事を前に手を合わせて『いただきます』を言ってから食べ始めたエミルと母親。だが、星はふわふわのスクランブルエッグを少しスプーンで口に運ぶとすぐに手が止まってしまう。
それを心配そうな目で見ていたエミルが星に声を掛ける。
「大丈夫? 食事も進んでないし顔色も良くないわ。やっぱり、体調が戻ってないのに無理をしてるんじゃない?」
「いえ、大丈夫です! 久しぶりに食べたのでおいしいなって思って……」
星はそういうとエミルに心配を掛けまいと笑顔でその場の雰囲気の緊張で味のしない食事を食べ進める。
その時、今まで無言で食事をしていた母親が徐に告げた。
「――ゆっくりでいいわよ。今日は学園はお休みしなさい。後で行く所があります。愛海もいいわね」
「はい。母様」
「は、はい……」
星はビクッと体を振るわせると小さく返事をして俯きながら表情を曇らせた。
朝食を食べ終えると、学園を休むはずなのにメイド達に制服を着せられ首を傾げた。
疑問に思ったが、それ以上にこの生活ともこれで終わりになるという悲壮感と鏡に映る自分の顔が悲しい表情にならないように気を付けることに意識が向いていた。
「お嬢様。終わりましたよ」
「はい。ありがとうございます」
にっこりと笑ってそう星が返した直後、エミルが部屋に入ってきた。
「星。準備は出来た?」
「お姉様、今終わりました」
「それじゃ、行きましょうか!」
嬉しそうに笑うエミルに星は笑顔を作って頷いた。
だが、心の中では自分が居なくなることを喜んでいるのだと思って悲しかったが、今まで彼女に迷惑を掛けたことを考えたら当然だと感じて自分でも納得した。
制服に着替え終えてエミルに手を引かれて玄関まで行くと、母親が腕を組んで待っていた。
星とエミルが来るのを見て母親は真顔のまま表情一つ変えずに「行くわよ」と言ってメイド達が開けた扉を出た。
外には執事の小林が車を用意して待っていた。
母親に促されるままに星とエミルも車に乗り込むと、小林はドアを閉めて素早く運転席に乗った。
「それじゃ、あの場所にお願い」
「はい。奥様」
母親はそう言って澄まし顔で腕を組んで座っている。その横顔をエミルの隣から星が不安そうに見た。
それも無理はない。朝に目を覚ましてここまで、殆ど状況も分からずに連れて来られた。しかも、何故か制服に着替えさせられている。これはきっと学園に退学届けを出しに行った後に別の家に移されるのだろう。
星が不安な顔で俯いていると、都市部にやってきたのか車の窓から見える景色がどんどん近代的な建物が多くなっていく。
駅前の高層ビルの前で車が止まり、母親が先に降りてそれにエミルと星も続いてビルの中に入って行った。
高層ビルの中は広く開かれたエントランスにはカウンターがあり、そこにはスーツ姿の受付の女性が2人立っている。
その女性達に母親が声を掛けた。
「予約していた伊勢です」
「伊勢様ですね。ご予約を確認致しましたのでどうぞお進み下さい」
「ありがとう」
母親は入り口付近に立っていた2人に「ほら行くわよ」というとすぐに歩き出したエミルとは違い星は重い足取りでゆっくりと歩き出す。
景色を見れるエレベーターに乗って最上階まで一気に上がって行くと、エレベーターの扉が開いて部屋の全貌が明らかになる。フロアの大半は洋服が所狭しと置かれ、その対面には鏡があり着替えた姿を確認できるようになっている。
服が並ぶその部屋に連れて来られても、星は自分が家から追い出されると思っていた。
せめての思い出に綺麗な服で送り出してやろうという星に対しての配慮のようなものだろう。お金持ちで格式高い家なのは今まで生活してきて分かっていたし、今回もそういったルールや敷きたりに沿ったものなのだろう。
エレベーター前で待っているとスーツ姿の年配の女性が笑顔でやってきた。
「どうもこの度は当店をご利用いただき誠にありがとうございます。少し準備がありますので、お待ちいただく間。そちらのバーカウンターにてお飲み物などをご提供させて頂きますのでごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
「ええそうさせて頂くわ」
そう言って慣れた様子でホール端に設置されたバーカウンターに向かう母親。
その後をエミルが続き、星もその後ろをついて行こうと歩き出そうとした直後、先程のスーツを着た女性によって止められる。
「お嬢様は採寸をされて頂きますのでこちらへ……」
「は、はい」
少し困惑しつつも女性の指示に素直に従う。
女性に連れられて歩いて行くと大きなホールを埋め尽くす衣装の森の中の奥に扉があり、女性がドアを開いて星を待っていた。
不安そうな星を安心させようとしているのか今まで以上に微笑んでいる。
星は微笑んでいる女性に促されるまま部屋に入った。
部屋の中では数人のスーツ姿の女性が待っていた。
「採寸させて頂きたいのでこちらに来て頂けますか?」
「はい」
「正確なサイズを測りたいので、着ているお洋服を脱いで頂き下着になって頂かなくてはなりませんので私達がお手伝いさせて頂きます」
「はい。お願いします」
星が着ている服を女性達が脱がしてあっという間に下着姿にされ、体の隅々をメジャーで測っていく。
両手を広げて立っているとすぐに採寸が終わり、女性達によって今まで着ていた服を着せられて部屋を出た。
カウンターの席に座って優雅に紅茶とお菓子を食べているエミルの隣に星も座った。




