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新しい母親12

 体を起こそうと思ったが、体が熱く力が入らなくて起き上がることができない。

 

 メイド長は額に乗っているタオルを手に取ると、代わりに額を手を当てて熱を測る。


 ため息を漏らしたメイド長はタオルを水で濡らして星の額に戻す。


「……まだ熱が高いですね。先程お嬢様が寝てる間にお熱を測らせて頂いたのですが、熱が39度を超えていてお医者様に来て頂くか病院へ行くかなさらないと……」


 メイド長が言い難そうにそう言った。


 まあ、その理由は母親に内緒で医師に来てもらうのは難しい。つまりは、高熱を出している星が今から車で病院に向かうしかないとそういうことだ。


 それは高熱で朦朧とする意識の中でも星は理解できた。


「……なら、病院に行きましょう」


 そう言って無理に体を起こそうとした星の体をメイド長が支える。


「お嬢様……無理なさらず」

「――大丈夫です。大した事ありませんから……」


 星が気合いでベッドから立ち上がる。だが、立ち上がった直後視界がぐらぐらと揺らいで地面にぺたんと座り込む。


 意識と体が一致しない感覚が、まるでゲームの世界に初めて入った時みたいだった。しかし、何よりもショックなのは、星が考えていた以上に耐えられなかったことだ。


 いくら風邪を引いているとはいえ、人前で自分の弱い姿を見せるのが悔しかった……。


(……体に力が入らない。こんなに力を入れてるのに……どうして? 立たなきゃいけないのに! 早く立たなきゃ!)


 そう心の中で叫びながら必死に下半身に力を入れるが、その思いとは裏腹に足腰からは力が抜けていく。


 それでもなんとか立ち上がろうとしていた時、部屋のドアが開いて母親が眼鏡を掛けた白衣を着た中年男性が入ってきた。


「はぁ……やっぱりね。先生お願いします」

「はい。奥様お任せ下さい」


 中年の男性医師は床に手を突いて動けなくなっていた星を抱き上げると、ベッドに寝かせて診察を始める。


 首に掛けていた聴診器をパジャマの隙間から入れて診察をする。その後、口を開けて喉の様子を見たりした。

 しばらく星を診察した後、母親に向かって中年の男性医師が告げた。


「――ただの風邪ですね。音を聞いたところ肺炎の疑いもありません。安心して下さい」

「そうですか……ありがとうございました」


 少しほっとした様子で表情を微かにやわらげた。


「薬を飲んで安静にしていれば大丈夫でしょう。なにかあったら、また呼んで下さい」


 医師はそう言って部屋を出て行った。


 頭を下げて医師を見送った母親の鋭い視線が今度はメイド長を捉える。


「どうして私に報告しなかったの?」

「――いえ、奥様それは……」


 メイド長の困った様子を見兼ねて星が言った。


「私が……お母様には言わないでとお願いしたんです……」

「そう。ならいいわ……貴女は下がっていいわよ。その子と2人だにしてもらえる?」

「――はい。奥様……」


 母親にそう言われ、メイド長は不安そうな表情で部屋を出て行く。

 メイド長が部屋を出て行ったのを確認して机の前に置いてある椅子をベッドの横に持ってきてそれに座った。


 星は緊張していたがそれを悟られまいと微笑んだ。しかし、それを見た母親は機嫌が悪そうに眉をひそめ。


「風邪を引くなんて……体調管理もろくに出来ないのかしら?」

「……ごめんなさい」


 そう言われた星は申し訳なさそうにしょんぼりして描き消えそうな声で謝る。


 そんな星の様子を見て母親が更に不機嫌そうに言った。


「私は貴女の様にいい子ぶる子供は嫌いなのよ……」

「――はい。ごめんなさい……」


 また謝った星にムッとして鋭く睨むと母親は声を荒げる。


「ごめんなさい。ごめんなさいって!! 貴女はそれしか言えないの!? 貴女みたいな子が一番なにを考えてるか分からなくてイライラするのよ!!」

「……はい」


 怒ってそう叫ぶ声に、体を縮こめて星は小さく頷く。


「クッキーを焼いてみたり、風邪を引いてみたりしたのも、どうせ私の気を引きたかっただけでしょう? 貴女の事を調べさせてもらったけど、優秀な科学者を父に持ち、母方の祖父は世界的な賞を何度も受賞した人物。父親が他界した後に母親は引っ越して一般企業の幹部クラス――今回の仮想空間への大規模監禁事件では開発元の研究機関に叔父がいるようね。事件後はその研究機関に少し居てから日本に偽造パスポートで何者かと入国後、消息不明――そして、たまたま路上に倒れていたところを愛海に保護された…………どう考えても普通じゃないわよ貴女。娘は騙されてるようだけど、私は騙せないわよ? 何が目的なの? お金? それとも私達家族の情報――いや、命かしら?」


 訝しげに星を見るその瞳はまるで敵を見る目そのものだ。

 もちろん。星には何を言われているか全く分からなかったが、ただ分かったのは自分は家族どころか母親には敵視されているということだった……。


 新しく自分の母親になった女性に嫌われているのは悲しいが、逆に嫌われていると分かっただけで星からしてみたら収穫があったと言えるだろう。


 あからさまな敵意なら、星にとっては対応策を取りやすい為むしろ好都合と言えた。

 好意を向けられることには慣れない星だったが、敵意や悪意を向けられることには慣れている。そんな時には決まって意識するのは影になることと自分を押し殺すこと……。


「愛海は私が安全な場所に移したわ。貴女にはあの子がいない間にこの家を出て行ってもらいます」

「……はい」

「貴女の意図と危険性が分からない以上。一緒に生活は出来ないし、貴女が何らかの厄介事をこの家に持ち込んでくる可能性も高いわ」

「……そうですね」

「この家は私にとって娘達との大切な思い出が詰まった場所なの。だから、貴女の居る場所はない」

「……はい」


 淡々と話す母親の言葉に星は感情を殺したように返した。


 そんな星に母親は更にイライラした様子で眉をひそめたが、それを飲み込むようにして息を大きく吸い込むと視線を逸らす。


「――まあ、いいわ。少しは抵抗するかと思っていたけど意外と素直なのね……昨日もこっそり家を抜け出してどこかに行っていたみたいだけど…………」

「……はい」

(熱で頭がボーっとして何を言われているかよく分からない……昨日? そうだ……御守り)


 高熱で意識が朦朧とする中、昨日買ってきた御守りのことを星はふと思い出した。


「あの……机の上のポシェットを見て下さい……」

「ポシェット? ポシェットが何?」


 母親は星が指差した先にあるポシェットに目を向けると、ゆっくりと歩いて机の上に置かれたピンク色のポシェットを手に持った。


「このポシェット……小学生の時に愛海が使ってたやつね。だけど、だからなんだと――――ん? ビニール袋?」


 訝しげに眉をひそめながら慎重にポシェットの中に手を入れた直後、指先にビニール袋の感触を感じて中を見た。

 小さく丸めてあるビニール袋を取り出して中に入っている物を確認すると、母親はその場で言葉を失い固まってしまった。


 その様子を見た星は心配になって重い体を何とか起こして動かない母親に向かって言った。


「――あの……大丈夫ですか?」


 星の声にハッとしたように我に返った。


「昨日は御守りを買いに出掛けてたのね……でも、皮肉なものね。御守りを買いに行って風邪を引くなんて……」

「……いえ、それは私の為に買ってきたものじゃないので……」

「――なら、愛海に?」


 その問いに星は首を横に振った。


「それはお母様に――」


 それを聞いた母親は驚いた様子でその細い目を見開いて星のことを見た。


 星と母親はしばらくお互い見つめ合ったままで固まっていた。


 間違いなく怒られると思って疑わなかった星だったが、意外にも母親は声を荒げることなくじっと星の方を見つめたまま動かない。


 どうせ嫌われているのは分かっていたし、星は意を決して自分の気持ちを伝えようと決めた。どちらにしても自分はこの家を出て行くのだから……。


「――昨日の朝。お母様が頭を押さえているのを見て、私に出来るのはこれくらいなので……」

「……あなた」


 星は困惑した表情を見せる母親に、にっこりと微笑んだ。


「……分かっています。私の運命は変えられない事も……でも、これは私のわがままなんです……少しだったけど、あなたは私のお母様でした。新しいお母さんはどんな人なんだろう。優しく人だといいな、私は上手くやれるかなって……まあ、上手く出来なかったんですけどね」

「――――やめて……」

「優しい人で良かった……家族になれなかったのは私が全て悪いんです。同じ家にいるってだけじゃ家族になれない……分かってました。私とお母さんの関係がそうだったから……」

「やめなさい!!」


 叫んだ母親の瞳からは涙が流れていた。


「分かっていない! 私は娘の恩人である貴女をこの家からも愛海からも引き離そうとしてるの! 分かる? 私は私の全てを奪っていく貴女が憎いのよ!! やっと岬を失った悲しみから解放されたと思ったら、どこの誰かも分からない貴女が現れてこの家も愛海も岬の記憶さえ奪っていこうとする……そんな貴女が憎くて憎くて仕方ないの!!」

「……分かります」


 星は瞼を閉じて胸に両手を当てながら言った。


 それから一呼吸置いてゆっくりと話し出す。


「――私も同じ立場ならそうしたと思います……でも、私にはもう何も残ってません。全部なくなっちゃったんです――おかしいですよね。嫌な事があって、学校をサボってそれがばれてお母さんに怒られて頭にきて初めてゲームをしたら目が覚めた時には全てなくなってしまってたんです…………全部自分が悪いんです。だから誰にも怒れなくて……でも。きっと、怒れる相手がいたら同じように自分の想いを吐き出してたと思います」


 瞑っていた目を開くと星は真っ直ぐに母親を見つめる。


 その瞳は慈愛に満ちていてどこか寂しくも見えた。


「……私はあなたから何も奪ったりしませんよ……だから、今は少しだけここに居させて下さい。風邪が治ったらすぐに出て行きます……本当は今すぐ出て行くといいたいですけど、体に力が入らなくて……」


 そう言って体に力を入れてベッドから立ち上がって出ようとしたが、まるで磁石に吸い寄せられるようにベッドにペタンと座り込んでしまう。


 苦笑いを浮かべながら力を入れた両手でベッドを押すが立ち上がるどころか、腰を浮かせることすらできない。


「――その御守りは、いらないなら捨てて下さい。でも、出来れば私の見てないところで捨ててくれたら嬉しいです……前のお母さんに、母の日にカーネーションをプレゼントした時、ゴミ箱に捨てられているのを見て悲しかったので……」


 思い出して表情を曇らせた星は視線を下に向けて自分の両手を見た。

 思い返してみても、自分の本当の母親との思い出にいい思い出はなかった。


 悲しい表情で下を向いていた星を母親が突然抱きしめてきた。先程までとは真逆の思わぬ事に驚き星は目を丸くさせる。


「――えっ?」

「……ごめんなさい。私が間違っていた……私は一度じゃなく二度も貴女を失うところだったのね岬……ダメな母親でごめんなさい。でも、次はもっとちゃんと出来るように頑張るから許してね。岬…………」

 

 泣きながら星のことを強く抱きしめる母親に、星は何も言わずにぎゅっと抱きしめ返した。

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