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新しい母親11

 起きようと体を起こそうと力を入れた直後、視界が揺らいでベッドに吸い寄せられるように倒れた。


「……頭がくらくらする。全身に力も入らないし、体も熱い……コホッコホンッ! はぁ、はぁ……これはやっちゃった……」


 自分の額に手を当てるとすごく熱い。喉も痛くて咳も出るし、意識が朦朧としていて怠さもある。


 この症状は違いなく風邪だ――普段は風邪を引かないように気をつけていたのだが、昨日は無理をし過ぎた。


「――雨に打たれたからかな? それとも裸で寝ちゃったから? ……分からない……なにも考えられ

ない。とにかく、起きないと……ご飯を貰ってきて、早く寝て治さないと……明日は学校、だから……」


 星は頑張ってベッドから起き上がると、壁伝いに部屋を出て食堂へと向かう……。


 メイド達と会わないように隠れながらいつもよりも長く感じる廊下を歩いて食堂へと向かった。


 朦朧とする意識の中でやっと食堂にやってきた星は壁から手を離して真っ直ぐに立つ。

 ここまでは誰とも会わずに来れたが、ここからはそうはいかない。もしも、風邪を引いたことがばれれば心配させることになるし、怒られてしまう――いや、それ以上にメイド達に風邪を移してしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければいけない。


 食堂のドアをゆっくりと開けると、食堂にもキッチンにも誰もいない。


「よし。今のうちになにか食べ物を持って部屋に戻ろう……」


 星は今がチャンスとキッチンまでふらふらしながら歩いて行く。


 大きな業務用の冷蔵庫を力が入らない手でなんとか開ける。

 中には食材は入っているものの、調理されている料理は入っていなかった。


 それはそうだ。専属のシェフやメイド達がいるんだから、いつでも出来たてのものを提供できるわけで……。


「なにか……なにか食べられる物は…………」


 星は奥の方まで確認すると、冷蔵庫の下の方に銀色の容器を見つける。


 その銀色の容器を手に取ってみたら中にはゼリーが入っていた。それを見た星は冷蔵庫を閉めて食器棚からスプーンを取って部屋に戻ろうと歩き出す。


 キッチンを出た直後、メイド長と鉢合わせする。


「お嬢様おはようございます。こんな所でどうされました?」

「……えっと、なんでもないです」


 星は慌てて持っていたゼリーとスプーンを背中に隠した。

 すると、メイド長は星の顔を訝しげに見て眉をひそめた。


 その後、メイド長は「失礼します」と星の前髪を掻き分けるとおでこに手を当てる。


「……ご、ごめんなさい!」


 驚いた星は頭を振ってメイド長の手を振り払うと、走って食堂を出て行った。


 なんとか部屋まで帰ってきた星は机でゼリーを食べ終えると、ベッドで横になって深々と布団を被って瞼を閉じた。


 その直後、部屋のドアをノックする音がして星が体を起こす。


「お嬢様。失礼します……」


 星が返事をする前にドアが開いてメイド長がストロー付きのボトルを持って入ってきた。


「体を起こさなくていいですから寝ていて下さい! さっき、おでこが少し熱かったので様子を見に来ました。大丈夫ですか? とりあえず体温計とお飲み物を持ってまいりました」

「……ありがとうございます」


 メイド長は寝ている星の側まで来ると、枕元にドリンクの入ったボトルを置いた。


 メイド服のポケットから体温計を取り出すと「失礼します」と言って軽く布団をめくってパジャマの中に手を入れ体温計を星の左脇に挟んだ。


「お嬢様。どこかお辛いところはございませんか? 喉が痛いとか、頭が痛いとか、お腹が痛いとか――」


 過保護なほど聞いてくるメイド長に笑顔を見せると、星は首を横に振って言った。


「大丈夫です。心配しないで下さい……」

「そうですか――ですが、なにかあったら遠慮なく言って下さいね。星お嬢様はわがままを言わな過ぎますから心配です……」


 そう言われた星は苦笑いをしてはぐらかそうとした。

 その時、脇に挟んでいた体温計がピピピッとなって星は助かったとホッと胸を撫で下ろした。


 熱を測ると38度だった――。


「……高いですね。まだ上がるかもしれませんから、今日は絶対安静です! 後でおかゆと薬を持って来ますからしっかり寝てて下さいね」

「――はい……あっ、お母様にはこの事は内緒にしてて下さい」

「ええ、言いませんからちゃんと布団を掛けて暖かくして寝てて下さいね!」

「……はーい」


 母親に言わないというメイド長の言葉に安心した星は布団を深く被って目を閉じた。


 だが、風邪を引くと普通はこんな感じなのかと思った。

 普段は星が風邪を引いても1人で買い物に行ってゼリーや市販薬を買って家で寝ているのが当たり前だった。


 しかし、他の子は風邪を引くと甘やかしてもらえると言っていたのをクラスで聞いたことがあった。それを今、星も体験して分かった。


「……風邪を引くのも悪くはないかも」


 そう思った星はそのまま眠る。


 眠っていた星の額に何か冷たいものが当たっている感覚で目を覚ました。


 目を覚ました星にメイド長が優しい声で言った。


「すみません。起こしてしまいましたか……」

「いえ、タオルありがとうございます」


 額に手を持っていくと、冷たいタオルが指の先に当たる。

 いつもは市販の冷却シートを使っている星には、タオルの感触が少し不思議な感じがしたが嫌な感じではない。


 それよりもいつもの冷却シートよりもほどよい冷たさで気持ちいい。


「お目覚めでしたら、おかゆをお持ちしますか? それともお眠りになりますか?」

「……せっかくなのでおかゆを頂きます」

「はい。少しお待ち下さいね」


 メイド長はにっこりと微笑んで部屋を出て行った。


 それから少し経っておかゆを載せたお盆を持ってメイド長が部屋に戻ってきた。


 星は額のタオルを退けてベッドに体を起こすと、持っていたお盆を布団の上に置いた後、メイド長の手が星の額に触れる。


「……まだ熱いですね。まあ、ご飯を食べてお薬を飲んで寝れば良くなると思います」

「はい」


 メイド長がそういうと星は頷いておかゆの器に手を伸ばした。


 その瞬間、星の手を遮るようにメイド長が器を持った。


「出来たてで火傷すると危ないので、私が食べさせて上げますからお嬢様はそのままで」

「いえ、自分で……」

「ダメです。フーフー、さあどうぞ」


 メイド長は首を横に振ると、おかゆをスプーンで掬って吹いて冷まして星の方へと差し出した。


 星は顔を赤く染めると差し出しされたおかゆを食べた。恥ずかしいが、エミルがいつもしてくるので耐性が付いたのかもしれない。


 もぐもぐと口を動かしておかゆを味わう。鶏ガラスープを基本として、たまごの風味と微かに香るしょうがの味が口一杯に広がり食欲があまりない今の状態でも次々と食べたくなる。


 最初は半分くらい食べたら寝るつもりだったが、結局残さず食べてしまった。


「――ふぅ……ごちそうさまでした」


 満腹になって満足感に包まれた星はメイド長にそういうと、彼女は微笑んで食べ終えた食器を机に置いた。


「後は薬を飲んでぐっすり寝て下さい」

「はい」


 星は渡された薬と水の入ったコップを受け取ると目を瞑って一思いに薬を口に入れて水で一気に流し込んだ。

 

 薬を飲んでほっとしたのか、星はそのままベッドに横になった。



「お嬢様。時折、様子を伺いに来ます。タオルも定期的に冷やさなければならないですからね」

「はい」


 メイド長は横になった星の額に冷やし直したタオルを乗せる。その後、メイド長が部屋を出て行くと部屋は静まり返り静寂な時だけが流れる。


 それから数時間、星が寝ていると息苦しさと体の熱さで目を覚ました。

 目を覚ますと、目の前には心配そうな顔でこちらを見ているメイド長の姿があった。

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