新しい母親10
星は一人で街に出てきて今の自分は変装しないとまともに外を歩けないのだと再確認した。
結局、電車に乗るのを諦めて人通りの少ない道を選んで目的の神社までナビ機能を使いながら歩く。
数時間かけてようやく目的地の神社に着いた。
雨が降り出しそうだったからか、神社にお参りする人は少なく今の星には好都合だった。
「はぁ……はぁ……やっと着いた……」
星はさっそく鳥居を潜って手水舎でひしゃくを持って左右の手と口を清めると、本殿に続く石畳をゆっくりと歩いて賽銭箱の前まで来た。
持っていた傘を腕に掛けポシェットから財布を出して10円を入れ鈴を鳴らし、賽銭箱の横に書かれた手順通りに二礼二拍手して手を合わせる。
(お母様の病気が治りますように!)
手を合わせて瞼を閉じた星は、心の中でそう神様にお願いすると最後に一礼した。
次に星は御守りを買おうと巫女さんのいる受付の前に行った。
「すみません。病気に効く御守りはありますか?」
「ご苦労さまです。はいありますよ! こちらの心身健康御守りが病気やケガなどに効く御守りになります」
「それを下さい」
「はい。千円になります」
星はポシェットから五千円札を取り出して渡すと、紙袋に入れられた御守りとお釣りを受け取った。
内心、またばれるかドキドキしながら御守りを買った星だったが、巫女服を着たお姉さんは終始にこにこしながら対応してくれた。
目的だった御守りを買った直後、今まで何とか保っていた厚く黒い雲に覆われた空からポツポツと雨が降ってきた。持っていた傘を広げると傘を持ってきて良かったとほっと胸を撫で下ろして家に向かって歩き出す。
帰りは検索した最短ルートで河川敷を通るルートで家に帰ることにした。
行きは人通りを気にしながら街の中を歩いていたが、雨も降ってきたおかげか河川敷沿いを歩いているからか殆ど人とはすれ違わない。
そう考えると、傘を持ってきたことも雨が降ってきたことも良かったと言える。
それに雨粒が傘の布を叩いて弾ける音が心地良く感じる。耳を澄まして雨音を聴いていると、どこからか猫の鳴く声が聞こえてきた。
「……猫?」
星は辺りを見渡すと、林の中に段ボールが置かれていてその中に真っ白な猫がずぶ濡れの状態で鳴いていた。
近付いてきた星を見つけた猫は瞳を輝かせて今まで以上に力強く鳴く。
「捨てられちゃったの? ちょっと待ってね……」
星はポシェットからハンカチを取り出すと濡れた猫の体を拭いてあげる。
食べ物を探したが何も無かった。
「ごめんね。ご飯はないの……」
だが、何か貰えると思っているのか猫は嬉しそうににゃーにゃーと何度も鳴く。
「……お家に連れて行ってあげたいけど、私もあなたと同じだから……捨てられるかもしれないの。ごめんね……」
星の話が分からないのだろう。なおも星に向かってお腹が空いたと言わんばかりに鳴く。
「――分かった。ちょっとここで待っててね!」
星は持っていた傘を猫が入っている段ボールに掛けると、走ってその場を離れた。
しばらくして星が戻ってきたその手にはパンと牛乳の入ったビニール袋が握られている。
だが、星が戻ってきた時にはもう猫も置いてきた傘も無くなっていた。
「あれ? いない……でも、良い人に拾われてくれた方があの猫さんも幸せだよね」
星は買ってきたパンと牛乳を近くの高架橋の下で食べながら遠くの空を見た。
雨もまだ降っていて遠くの雲もまだ黒くて厚い、これはまだまだ止みそうにはない。
まだ屋敷までは距離があるのに、傘がなくなったことで確実に雨に濡れることになる。
休憩して食べ終えたゴミを小さく折り畳むとポシェットの奥に押し込んだ。
星は濡れないように買い物した後のビニール袋に神社で貰った御守りを入れてポシェットの中に戻す。
「あまり遅くなると心配させちゃう……心配してもらえるかなぁ……」
一瞬だけエミルの心配そうな顔が浮かんだものの、それ以外に屋敷で自分のことを心配していそうな人間に心当たりがなくて不安になった。
だが、帰りが遅くなれば心配はされなくても怒られるのには違いない。
星は覚悟を決めて雨宿りしていた高架橋の下から走り出した。だが、すぐしばらくしてまた歩き出す……。
肩で大きく息をしながら荒くなった呼吸を整える。
よくよく考えたら、ゲーム内ならともかく現実世界の星は運動を殆どしない文学少女だ。
ここまで歩いてきただけで足がもう限界に近い。歩き続けていたさっきよりも、休憩を取った今の方が明らかに疲労している。しかも、雨のせいで気温が下がり体も動かなくなっていた。
仕方なく雨の中を歩いて帰ることにした星は少し早歩きで屋敷まで帰った。
着いた時には夕方になってしまっていた。門を潜ってから屋敷までも結構歩く、しかも門を越えてから思い出したが、星は今まで部屋にいることになっているしかし、傘もなしに歩いて帰ってきた星は体が下着までびしょびしょになっていた。このまま帰ったら確実に黙って外出したことがばれて怒られるだろう。いや、怒られずに呆れられたらそれこそ次から屋敷で生活できなくなってしまう。
星は近くにある物置小屋の鍵を開けて中に入ると中で濡れた服を脱いで力一杯に絞って水を抜く。
その後、絞った服を中に干すとその場に膝を抱えて座る。直後、歩いて疲れたからか屋敷の近くまできてほっとしたのか急な眠気が星を襲う。
「……だめ。今寝たら、夜になっちゃう……」
こくりこくりと途切れそうになる意識をかろうじて留めようとしたものの、疲労と体温の低下からくる眠気には抗えず星は眠ってしまった。
寒さで目を覚ました星はくしゃみをして、干していた服を急いで確認する。
まだ少し濡れていたが何も着ないでいるよりは何倍もいい。服を着て物置小屋の壁の隙間からそっと外を覗き込むと、すっかり日が落ちて夜になってしまっていた。
外に出るともう雨は止んでいて月明かりに照らされて植えられている庭園の木の葉や花の花びらに付いた雫がキラキラと光りを反射して輝いていた。
その光景はまるでゲームの世界に戻ったようで懐かしくなる。
「――きれい…あ、あれ?」
幻想的な風景を見ていたら星の視界がぐらっと揺れた。
目を擦ってまた花々を見てみると何も変わっていない。首を傾げながらも気のせいだと思った星はポシェットを掛けて屋敷に戻る。
屋敷に戻ると、中に誰もいないことを確認して自分の部屋に急いだ。
部屋の中に入ると星は立ちくらみがして足から力が抜けてそのままその場に座り込んだ。
「……あれ? おかしいなぁ」
星はゆっくりと立ち上がると『きっと歩いて疲れただけ』と考え、濡れた服からパジャマに着替えてベッドにダイブするように倒れ込んだ。
ベッドに倒れ込んだ星は瞼を閉じた。
目を閉じると全身が冷たく足のふくらはぎや足裏が痛いのをさっきよりも強く感じる。
「はぁ……疲れた。このまま寝れそう……」
星はそのまま横になっていると次第に意識が薄れ、いつのまにか眠ってしまった。
目を覚ますと星の視界の先にはいつも見ていた天井が広がっていて、体にはしっかりと布団が掛けられていた。
昨日確かに帰ってきた後にはベッドに倒れ込むようにしてうつ伏せで寝てたはずだが、おそらくは寝てしまった後でメイドか誰かがしっかりと寝かせてくれたのだろう。




