新しい母親7
そんな星の様子を見ていたメイド長が星に向かって言った。
「星お嬢様。特別なケーキを頂きまして、もしよろしければ朝食と共にお部屋にお持ちします」
「食堂でいつものように食事できないんですか?」
「そうですね。奥様はまだ星お嬢様の事をよく思っておられませんので、あまり奥様と会わない方が良いかと……数日すれば奥様はいつもの様にお仕事で御屋敷を出られると思いますのでそれまでは辛抱して下さい」
「……分かりました。なら、部屋に戻っていますね」
星は小さく頷くと自分の部屋へと戻って行った。
部屋に戻ると、しばらくしてメイド長が朝食とチーズケーキとホイップクリームの乗ったプリン、クッキーを持ってきた。
朝食のメニューは焼き鮭と味噌煮に卵焼きだった。
手を合わせて小さく「いただきます」と言ってご飯を食べ始めた。
いつもは大きな食堂でエミルと一緒に食事しているのだが、こうして1人で食事をしていると昔に戻ったみたいだ。
1人で黙々と食べていると星の頭の中にエミルの母親に言われたことを思い出した。
昨日の夜、新しく自分の母親になる女性に『家族ではない』と遠回しに言われたことで、星はこの家から追い出されるのではないかと不安になってきた。
「……私はまた1人になっちゃうのかな? そう言えばお姉様が出掛けたのも昨日、お母様と話してからだし……この家から出て1人で生きて……そしたら学校にも行けなくなってつかさちゃんにも会えなくなる。せっかくお友達になれたのに……」
その時、つかさの家に遊びに行った時につかさの母親に言われた言葉を思い出す。
「……そうだ。つかさちゃんのお母さんが家の子になってもいいって言ってた。もし、この家に居られなくなったらつかさちゃんの家に――――本当にそれでいいの? つかさちゃんは大事なお友達……迷惑を掛けることになる。それに一緒にいるだけで家族になれるの? 私の本当の家族はもう……」
思い詰めたような暗い顔で箸を置くと、立ち上がって窓の方へとゆっくりと歩き窓に手を合わせながら空を見上げた。
青い空をゆっくりと流れる雲を見上げ小さなため息の後に小さく呟く。
「はぁ……私も雲だったら綺麗な景色を目指してどこまでも飛んで行けるのに……どうして私は生まれてきたんだろう。家が無いと生きられない、ご飯を食べないと生きていけない。守られていないとだめな弱い人間……」
窓から空を流れる雲を見つめていると昨日の夜に小林に言われたことを思い出した。
『岬お嬢様が亡くなってから奥様と愛海お嬢様は仲が悪くなりまして――出来れば星お嬢様に御二人を仲直りさせてほしいのです』
そのことを思い出した星はいつもエミルにお世話になっているお礼に母親と仲直りさせてあげようと考えた。そしたら小林もエミルも喜ぶし、自分もエミルの母親と仲良くなれて一石二鳥だ。
星は食べかけだった朝食を食べ終えて、デザートのチーズケーキを食べていると、ふとエリエの顔を思い出した。
「……そう言えば、ゲームの中でエリエさんと最初に会った時にお菓子を食べて仲良くなった。なら、お母様ともそうすればきっと仲良くなれるはず!」
エリエとお菓子を食べながら話していた時は遠慮することが癖になっていた星も初対面のエリエと仲良くなれた。
その経験から星はお菓子を用意しようと考えたが、市販の物では気持ちを伝えるのには少し弱い。
っと、視線の先にふと見事な装飾が施されたクッキーが目に入る。
「お菓子は作ったことないけどクッキーなら……」
そう考えた星は食べ終えた食器を持ってキッチンを目指した。
母親に見つからないようにゆっくりと息を殺して歩きやっとの思いで食堂の奥にあるキッチンへとやって来た。
星が突然お盆を持って現れたことでメイド達は慌てふためく。
「お嬢様!?」
「どうしてお嬢様が!?」
「お、お嬢様! そんな事は私達を呼んで頂ければやりますのに!」
動揺しているメイド達の中からその中でも年長のメイドがお盆を持っている星に駆け寄ってお盆を受け取る。
星は少し言い難くそうにメイドに告げた。
「あの……クッキーの作り方を教えてもらえませんか?」
「……クッキーですか?」
それを聞いたメイドは不思議そうに聞き返す。
星は頷くとメイドは真剣な星の顔を見つめ「私で良ければ」と笑顔で言った。
さっそく星は子供用のエプロンを着けるとメイドが優しく教えてくれた。
ボールの中に薄力粉、バター、卵、砂糖を加えて手際良く生地を作ると軽く麺棒で伸ばしラップで包んで冷蔵庫へ入れる。
「これで後は1時間くらい寝かせて生地を適度に伸ばして型で抜いてオーブンで焼けば完成です! 意外と簡単に出来ます」
「なるほど……そうですね。これなら私にも作れそうです」
クッキーは案外簡単に作れそうで星はほっと胸を撫で下ろした。
「お嬢様。1時間経ちましたらまたお呼びしますのでお部屋に戻られたらどうですか?」
「はい。なら、一度部屋に帰らせてもらいますね」
メイドの言葉に甘えると、星は一度部屋に戻ることにした。
またこそこそと母親に見つからないように自分の部屋に戻った星は本を読んで時間が経つのを待った。
1時間後。星のことを呼びに部屋にメイドがやってきた。
扉をトントンとノックする音の後、扉が開いてさっきクッキーの作り方を教えてくれたメイドが立っている。
「お嬢様。そろそろクッキー作りの続きをしますが……」
「はい。行きましょう!」
星は読んでいた本をパタンと閉じて机の上に置くと、椅子から立ち上がってメイドの方に小走りで走って行くと一緒にキッチンへ向かう。
キッチンに着くとまたエプロンを着けて準備をしている間にメイドが冷蔵庫から寝かせていたクッキー生地を持ってくる。
エプロンを付け終えた星の前にメイドが生地を置くと、星に麺棒を渡した。
「お嬢様。これでこの生地をもう少し伸ばして下さい」
「……こうですか?」
星は持っていた麺棒で生地をゆっくりと伸ばしていく。
「そうです! そうです! お上手ですお嬢様!」
「ありがとうございます」
褒められ頬を赤く染めた星は少し恥ずかしそうに俯く。
適度に生地を伸ばし、次は型を取って焼くだけだ。メイドがオーブンの近くの棚の中に入っていた箱を持ってくる。
「クッキー作りで一番楽しいのはここからですよー。この中から好きな型を使って抜いて下さい!」
メイドは楽しそうに箱を開けて言った。
背伸びしつつ箱の中を覗き込むと、中には様々な形の型が入っていた。
うさぎや猫、星やハート、車や飛行機のような男の子が好きそうな物もある。
背伸びして中を覗いていた星を見兼ねてメイドが箱を持ってしゃがんで星に差し出す。
「お嬢様。どれにしますか?」
「……ありがとうございます」
メイドの持っている箱の中を見つめながら星は考えた。
(どうしよう……やっぱり可愛いのがいいかな?)
猫とうさぎとパンダの型を選んでいると、星の視線が星形の型に向く。
(……お母様。私の名前、覚えてくれてるかなぁ……この型を使えば、私の名前を覚えてもらえるかな)
星は名前の由来でもある星と猫などの動物系の型を手に取った。
その後、生地を選んだ型で抜いてクッキングシートの上に並べていく。全てのクッキー生地を型で抜き取ると、あらかじめ温めておいたオーブンへ入れた。
「さあ、後は出来上がるまで待つだけです! 待ってる時間に私とこれで遊びませんか?」
「……これって、トランプ?」
後は出来上がるまで待てば良い。待っている間、星はメイドとトランプをしてクッキーが焼けるのを待つ。
オーブンが鳴るのを合図にトランプを止めると、メイドと星はオーブンの方へと向かった。
「開けるのでお嬢様は少し離れてて下さい。熱いので火傷でもしますと、愛海お嬢様に私が叱られます」
「はい。気をつけて下さい……」
メイドは分厚いミトンをはめるとオーブンの扉を開けるとモワッと熱気が周囲に溢れ、香ばしく甘い香りが少し離れた星にも届く。




