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新しい母親6

 付いて行った先には一階が大きな車庫になった煉瓦造りの洋風な家だった。エミルの豪邸とは違うが普通に立派な家だ。


 中に入るといつも乗っている黒塗りの高級車の他にリムジンが停まっている。それに目を奪われていると、小林の呼ぶ声が聞こえてきた。


 「お嬢様こちらです」


 小林は2階に登る階段の途中で星のことを呼んでいる。


「今行きます」


 星もすぐに小林の方へと小走りで駆けて行くと小林はにっこりと微笑みながら「段差にお気をつけ下さい」と星を2階に招き入れた。


 家の扉を開けて中に入ると、家の中は綺麗に掃除されていて天井から吊るされたシャンデリアが部屋の中を照らしていた。


 小林は部屋に入ると星の肩に掛かっていたスーツを取って手で先を示した。


「こちらの椅子で少し待っていて下さい。今、お飲み物をお持ちしますから」

「……はい」


 少し薄暗い窓の近くにある丸テーブルを挟むようにして置かれた一人掛けのソファーの横に背負っていたリュックサックを置いて腰を下ろす星。


 俯き加減に膝に両手を置いてテーブルの一点を見つめていた。

 本当は家を出るつもりだったが小林に見つかった時点で計画は頓挫した。ここに来たのもなんだか馬鹿らしくなって自暴自棄になったからかもしれない。


 家を出たところで星には行くところもなく、前に住んでいたマンションに行ってもおそらく星の母親が帰ってくるのを待っているメイドがいるだろう。


 星が一点を見つめていると目の前に無印で白いコーヒーカップを置かれた。

 

「少し暗いですね。ランプを点けましょうか……」


 手慣れた様子でテーブルに置かれたアンティークなランプに火を付けた。


 ランプの炎が薄暗かった周囲を照らし、炎が揺らめく度に窓ガラスに映った影がゆらゆらと動く。小林は向かいの席に座ると、コーヒーの入ったカップをテーブルに置いて星に向かって微笑んだ。


「星お嬢様。私はコーヒーしか飲みませんのでミルクしかなったのですが、ホットミルクで良かったですか?」

「……はい。私はなんでも……」


 そう言った星に小林はほっとした様子でコーヒーをすすった。

 それを見た星も目の前に置かれたホットミルクを一口飲むと、カップをテーブルに戻す。


 そんな星を見ていた小林が「おいしいですか?」と尋ねられ、星も「はい」と小さく頷いた。その後、星は小林に向かって口を開いた。


「小林さん……どうして私をここに呼んだんですか?」

「――そうですね。お嬢様がとても難しく悲しそうな顔をしていたからですかね……」

「……悲しそう?」


 小林にそう聞き返した星に彼は無言で頷く。


 そしてゆっくりと口を開いた。


「――奥様が帰って来られた事は知っております。きっと奥様がお嬢様に何か言ったのでしょう……ですが誠に勝手ながら、星お嬢様にはどうか奥様の事を悪く思わないで下さい。昔はあんな人ではなかった……奥様が変わってしまったのは岬お嬢様が亡くなってしまわれてからなのです」

「……岬お嬢様って、お姉様の妹ですよね」

「はい。星お嬢様は岬お嬢様に似ております……岬お嬢様も優しく、人を気遣う事のできる人でした……私も岬お嬢様がお生まれになった時から見てまいりましたから――」


 そういうと小林は懐かしくも悲しい瞳でランプの炎を見つめてコーヒーを飲む。


 そして星の目を見て笑顔で言った。


「星お嬢様は優しい方だ――だから、家を出て行こうと考えたのでしょう? しかし、出て行くのは待って下さい。奥様も星お嬢様と真っ直ぐ話をすれば理解し合えるはずです。奥様は岬お嬢様に似ている星お嬢様と触れ合うのが怖いのです……岬お嬢様が入院するようになったのは奥様が一般の小学校へ入学させたのが原因で倒れた時の年齢も星お嬢様と同じくらいでした。岬お嬢様が亡くなった辺りから奥様は愛海お嬢様とも距離を置くようになりました――きっと、娘達を特別な環境ではなく普通に育てたかったという親としてのエゴが仲が良かった姉妹を引き裂いたという後悔から、愛海お嬢様に合わせる顔がなかったのでしょう」


 神妙な面持ちで星の顔を見て話していた小林が徐に立ち上がって窓の方に歩いて行って、外の景色を悲しそうに見つめながら再び口を開く。


「――私はあなたに期待しているのかもしれません。星お嬢様を初めて見た時、岬お嬢様が生き返ったのかと思いました……ここからは老いぼれの戯言として聞いて下さい――そんなあなたに奥様と愛海お嬢様の仲を取り持ってもらいたい。奥様の心を包む氷を溶かして差し上げてほしいのです」

「…………」

(……お母様は私と同じで自分が嫌いなんだ……でも、私になにができるんだろう……)


 それを聞いた星は真剣な顔でテーブルの上に置かれていたカップを両手で掴み、少し冷めて生暖かくなったホットミルクを飲み干すと椅子から立ち上がった。


「……できるだけ頑張ってみます」

「…………」

 

 小林は窓の方を見たまま無言で立ち尽くしている。


 ゆっくりと歩き出した星は部屋の途中まで行くと思い出したように振り返った。


「ミルクありがとうございました」


 そう言って頭を下げると外に出て行った。


 窓から景色を見つめていた小林の頬を涙が伝う。


「……お礼を言うのは私の方で御座います。本当にありがとうございます……」


 小林はそう小さく呟くと目頭を押さえた。



* * *




 

 翌日。星が目を覚ますとエミルの部屋へと向かった。


 部屋に着いた星がドアをノックする。


「お姉様。もう起きてますか?」

「…………」

「……お姉様?」


 いつもならすぐに返事が返ってくるはずなのだが、全く何も聞こえない。


 不思議に思った星がゆっくりとドアを開けると、中にはエミルの姿はなく星は不思議に思った。

 それもそうだろう。昨日の夜、エミルが学校が休みの今日にどこかに出掛けようと持ちかけたのだ――今までエミルが約束を破る事などない。不安に思った星は屋敷内をうろうろと歩きながらエミルを探した。


 っとその時、部屋から掃除をし終わったメイドが出てきた。


「あのすみません」

「は、はい? あっ、星お嬢様! おはようございます」


 突然声を掛けられたメイドは少し驚いた様子で慌てて頭を下げる。


「お姉様を見ませんでしたか? 朝に部屋に行ったんですが居なくて……」

 

 そんなメイドに星は何気なくエミルを見ていないかを聞くと、メイドは言い難くそうに伝えた。


「じ、実はですね……昨晩、愛海お嬢様と奥様が言い合いになりまして……その……」

「こら! 余計な事は言わない!」

「ひっ! ごめんなさい!」


 話の途中で廊下の先からメイド長の声が響き、星の耳元で話をしていたメイドは驚き体をビクッと跳ね上げるとすぐにその場から走り去って行ってしまう。


 話を聞きそびれた星は残念そうに走り去って行くメイドの後ろ姿を見送っていると、廊下の先からメイド長が歩いて来る。


 メイド長は星の近くまで来ると、星に向かって丁寧に頭を下げた。


「お嬢様、おはようございます。昨晩はお食事を持って行ったのですが、あんな事があった後でしたので……申し訳ございませんでした」

「いえ、大丈夫です。そんなことより、お姉様を見ませんでしたか?」

「愛海お嬢様は今朝お友達が来られて数日程その方の家に泊まるとの事でしたよ?」

「……そうですか」


 それを聞いた星は少し悲しそうな顔で呟いた。

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