新しい母親
クラスに帰っても同じで、優勝した星とつかさの周りにはクラスメイトが集まっていた。
「さすが犬神さんですわ!」「本当に凄い試合でした!」「やっぱりつかさ様は最強ですわ」
つかさの周りで女の子達が黄色い悲鳴を上げている中、星の方にも数多くの同級生達が集まっていた。
「伊勢様も凄かったですわ! まるで全て打つ場所が分かってるみたいで神がかっていましたわ!」「伊勢様も急に試合に出ることになったのに冷静に判断してプレーしてて凄いですわ」「伊勢さん凄いよ!なら絶対に緊張して動けなかったもん!」
クラスメイトのあまりの圧力に星もたじたじになっていると、教室に男性教師が上機嫌で入ってきた。
「皆さん席に着いてください。伊勢さんも犬神さんも連戦で疲れていますからあまり揉みくちゃにしてはいけませんよ」
それを聞いた女の子達は少し残念そうに自分達の席へと戻っていく。
全員が席に着いたのを確認すると、男性教師が教卓に置かれていたトロフィーの横に高級感のある黒い木製の入れ物に賞状と金メダルが入っていた。
「それでは伊勢さん、犬神さん。改めてクラスで表彰式を行いますので前に出てきてもらえますか?」
「「はい」」
星とつかさは返事をして前に出ると、男性教師が賞状を読み上げ星とつかさに渡して金メダルを首に掛けた。
くるりと向きを変えてクラスメイト達の方を向いた星とつかさには惜しみない拍手が送られていた。
誇らしげに胸を張るつかさとは対照的に星は少し恥ずかしそうに体を丸めている。
「さて、それでは今回の優勝賞品でもある遠足の場所を決めましょう! 行きたい場所の候補を出して下さい。来週まで期限がありますからゆっくり考えて下さいね」
男性教師のその言葉にクラスの熱気は最高潮に達して歓声が上がった。
遠足の行き先を記入するプリントを配られると、もうホームルームなどそっちのけで近くの友達とどこに行くか話し合っている。
だが、それは星とつかさにとっては良かったのかもしれない。帰る時には星とつかさを取り巻くクラスメイトは減っていて、それを撒くのにそれほど苦労しなかった。
しかし、いつも通りに星が図書館に行くと、話もしたこともなかった同級生や上級生などが話し掛けてきて落ち着いて読書できたものではない。
逃げるように図書館の屋上に続く階段を駆け上がってきた星は切らした息を整えると鍵の掛かったドアの前に腰を下ろした。
「はぁはぁ……まさか、こんな事になるなんて……」
途方に暮れながら項垂れる星。
断れなかったとはいえ、つかさと一緒に体育戦に出たのは失敗したと言えるだろう。
だが、星はつかさのせいでそうなったとは考えていなかった。それどころか、自分を真実まで重要なことをお願いしてくれたことに感謝すらしていた。
「……はぁ。もう学校じゃ本は借りられないかなぁ……少し遠いけど違う図書館に行かないとなぁ」
そう小さく呟いた星はドアの窓ガラスから差し込む光りをぼんやりと見つめた。
すると、星の視線の先に初等部の上履きが見え少しずつ上へと視線を向けていくと……。
「ここに居たんだ。なんか図書館内が騒がしかったから、星も大変だったよね。なんかごめんね……巻き込んじゃったみたいで……」
申し訳なさそうにそう言ったつかさの表情は暗く青い瞳を潤ませ唇を噛んで少し俯いていた。
その表情は星も見覚えがある。それは自分がいつも怒られるのを待ってる時の顔だった。
座っていた星はゆっくりと立ち上がると、俯くつかさの前まで行く。
それを見たつかさは覚悟を決めた様子で瞼を強く瞑った。
星は完全に怒られると思って目を瞑ったまま体を小刻みに振るわせているつかさをゆっくりと抱きしめた。
「――大丈夫ですよ。つかさちゃんが悪いわけじゃないから……」
「でも、星はあまり注目されるの嫌いなのに……僕が星を無理矢理誘ったから星が本を読めなくなっちゃって……」
「私が断らなかったのがいけないんです。だから、つかさちゃんは気にしなくていいです。それに図書館は学校だけじゃないから」
つかさは責任を感じているのか、星の耳元で声が振るえ肩も小刻みに震えていた彼女の体を抱きしめながら優しく頭を撫でた。
それからつかさが落ち着くまで星は抱きしめながら頭を撫でていると、知っている声が聞こえてきた。
「あらあら。お取り込み中だったかしら?」
その声の主はエミルだった。エミルの声が聞こえた直後、つかさは慌てて星から離れた。
星も驚きエミルの方を目を丸くしながら見つめていると、エミルは頬を膨らませ少し怒ったように言った。
「もう、探したわよ。星は何回も連絡したのよ? 気づかなかった?」
「え?」
星は慌ててランドセルを引き寄せて中から腕時計型の通信機器を取り出して表示された仮想ディスプレイにエミルから何回も連絡が入っているのを確認した。
だが、星が謝る前にエミルはため息を漏らして言った。
「まあ、腕に付けるのをランドセルに入れてたら気が付かなくて当たり前ね。でも、星がそれを大切にしてるのが分かって嬉しかったわ」
にっこりと微笑んだエミルの顔を見た星は怒っていないことが分かって少しほっとしたのか星の表情も和らぐ。
星のその表情を見たエミルは優しい声で言った。
「さあ、帰りましょう。今日はいっぱい動いて疲れたでしょ?」
「いえ、私はそこまで動いてないので……それに本も借りてなくて……」
「ああ、結構目立っちゃったものね。なら、帰りに本屋さんに寄って買ってあげるわ!」
嬉しそうに星のランドセルを持ったエミルは星の手を握った。その直後、つかさが2人に向かって言った。
「僕も一緒に行く! 星が本を借りれなくなったから」
「……つかさちゃん」
「それじゃー、つかさちゃんも一緒に行きましょうか!」
頷いたつかさも連れて図書館を出るまでは、星にもつかさにも不思議なほど誰も話し掛けて来なかった。
少し前までは何をしてても周りに人が集まってきてたが、今はエミルに注目が集まっていて誰も星とつかさには気が付いていないのかそれとも近付きがたいオーラが出ているのか分からないが、星はこれなら普通に本を借りることくらいはできそうなのだが、エミルはもう本屋に行く気満々な様子なのでさすがに星にはもう本屋に行かなくていいとは言えなかった。
学園の敷地を出て黒塗りの高級車に乗ると、本を売っている大型の百貨店へと向かった。
百貨店の入り口で車から降りた3人が百貨店に入ると、まずは書店のある5階へと向かう。ここは専門書や児童本、漫画などごとに売り場が分かれており、星は迷わず児童本や過去の偉人の伝記などが並ぶコーナーに向かった。
書店に着く前は星の本探しに付き合うつもりだったようだが、今は漫画などが売られているコーナーに向かって走って行った。
感情の方が先に出るのはまさに子供と言ったところだろう。実際につかさだけではなく、星もつかさが近くにいないことなど気づいていないのか夢中で本を見て歩いている。
エミルは星の近くを付かず離れず適切な距離で瞳を輝かせて本棚から本を取っては中身を開いて名残惜しそうに本棚に戻していく。
おそらく、星が欲しいと言えばエミルが全ての本を買ってしまうから本当に欲しい物だけを買うつもりなのだろう。エミルもそれが分かっているのか、無理に買ってあげようとしないで星の意思に任せているようだ。
1時間くらい本を物色していたが、なかなかいいものが決まらない。
っとそこに両手に漫画がぎっしり詰まった紙袋を持って現れた。
「たくさん買っちゃった! カードで!」
黒色のカードを見せびらかしながらそう言ったつかさに、エミルは少し呆れながら「いいから早くしまいなさい」と頭を押えながら言った。
そう言えばつかさの家はお金持ちなのでカードをつかさが持っていても何も不思議はない。
普通の小学生なら一ヶ月のお小遣いの500円玉を握り締めて漫画本や付録付きの児童向け雑誌をどれを買うかを悩んで買うのが当たり前だが、お金持ちのつかさはお小遣いが一般人と同じということはないのだろう。
エミルは小林を呼ぶとつかさの持っていた荷物を車まで持って行って貰う。つかさは会釈をして小林にお礼を言うと、真剣な顔で本を選んでいる星の方へと笑顔で駆けて行った。




