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体育戦4

 ベンチにしばらく座っていると、遠くから誰か走って来るのが見えた。

 その人物が近づいてくるにつれて、最初はシルエットだけだったのが鮮明になってくる。それは普段から見慣れた姿のメイド服に不釣り合いなリックサックを背負ったメイド長だった。


「愛海お嬢様、星お嬢様。遅くなって申し訳ありません。これは差し入れです。星お嬢様、この後の試合も頑張って下さいね」


 メイド長は持っていたリュックサックを地面に下ろすとチャックを開く。

 リュックサックの中から出てきたのはスポーツドリンク、携帯栄養食、タオル、冷却スプレーなどがびっしりと詰まっていた。

 

 メイド長はリュックサックを置いていくと、校門の方へと帰って行った。

 星はせっかくメイド長が持ってきてくれたスポーツドリンクを飲みながら時間が経つのを待っていると、つかさが星を呼びにきた。


「星。もう少しで次の試合が始まるよ?」

「分かりました今行きます。それではお姉様行ってきますね」

「ええ、私も遠くから応援してるわ!」


 そう言ったエミルはビデオカメラを持ってにっこりと微笑んだ。

 まあ、そんなこと言いながらも星の姿を収めるために最前列から撮るつもりだろう。


 つかさが「ほら早く!」と星の手を引かれて走り出した。

 次の競技はバドミントンなのだが、星はバドミントンをしたことがない。兄弟や親子、友達などとやることが前提のバドミントンは兄弟も友達もおらず片親の星は仕事を優先され、親子で過ごす時間はなかった。


 しかし、星はラケットを使うスポーツには何故か自信があった。

 それもそのはずだ。星は約ニヶ月の間、ゲーム世界で剣を握って戦ってきた。その経験もあってか、ラケットを握っていると不思議としっくりくるのだ。


 バドミントンのシャトルを打ち返すのは剣で剣を弾くのとそれほど違いはない。しかも、星はゲーム内でスキルを使用した時の高速戦闘も経験している為に目が通常よりも優れている。だが、それは目だけでありゲーム内のように大幅に強化されていた肉体と、小学生の身体能力では目で見えていても反応できない。しかし、当てるだけなら今の星にもできる。

 

 試合前のペアでの軽い練習の時間がある。つかさが優しくシャトルを打って星のレベルに合わせてくれていた。 


 だからか、星でもつかさのシャトルを打ち返すことができていた。しかし、それでは強豪揃いの体育戦を勝ち抜くことは難しいのはバスケットボールの試合ではっきりしている。

 

 このままでは、またつかさに多大なる負担を掛けることになってしまう……。


 そう考えた星は深刻そうな顔をしてラケットを持っていた腕を下げると、つかさの打ったシャトルが地面に落ちた。


「――つかさちゃん。私に全力で打ってきて下さい」


 だが、それを聞いたつかさは驚いて首を左右に激しく振った。


「なに言ってるの!? 星に向かって全力で打つなんて出来ないよ!!」

「遠慮しなくていいから、全力でお願いします。そうじゃないと、私がコート内にいる意味がないです……」

「星は心配し過ぎだよ。勝手に僕が星を推薦したんだから星は気にしないで僕と一緒にいてくれればいいんだよ?」


 つかさにそう言われた星は首を振ってそれを拒否する。

 

「一緒にいるだけじゃダメなんだよ。戦えるなら戦わないと、必ず後で後悔する。あの時みたいに……」


 表情を曇らせた星を見て、つかさは星が言った意味をすぐに理解した。


「――星。分かった。なら、一緒に戦おう! 今は星だけじゃない僕がいる。だから、必ず勝とうね!」

「うん!」


 力強く頷く星を見てつかさも覚悟を決めたように歩くと星の近くに落ちていたシャトルを拾い上げる。


 羽を握り締めて星から距離を取ってもう一度確認するように告げる。


「全力で行くよ……いいんだね?」

「…………コクッ」


 つかさの言葉に無言で頷く星。


 だが、その表情を見れば彼女の覚悟が伝わってくる。


 手に持ったシャトルを頭上に打ち上げると勢い良くラケットを振り下ろす。

 破裂音の後、星に向かって凄いスピードで飛んで行く。


 それを星はラケットを前に出して向かい打つ。


(速い! でも見える!)


 打ち返すのは無理だが当てるだけならかろうじてできた。


 シャトルを弾き返した星は反動で後ろに傾き床にお尻を強く打つ付ける。


「――星!?」


 それを見たつかさが星に駆け寄ろうとした直後、星は左手を前に突き出して言った。


「大丈夫。それより時間がありません……もう一回お願いします」

「――分かった」


 すぐに立ち上がってラケットを構える星につかさは頷いた。


 時間ぎりぎりまで練習をした星は自信満々で試合に臨んだ。

 バドミントンでの初戦の相手はさっきの決勝で当たった長身の橘姉妹だった。


 それもそのはずだ。組み合わせは決勝から逆の組み合わせで進んでいくことになっている。それは強いクラス同士で当たって潰し合うことで、できる限り全ての生徒が活躍できるようにバランス調整しているのだ――。

 

 橘姉妹は嬉しそうに笑いながらつかさと星に握手を求めた。


「まさか、こんなに早くリベンジできるなんてね。バスケの借りをここで返す!」

「臨むところだ! また僕達が勝つからね!」


 互いの顔を見合ってバチバチと火花を散らすつかさと橘妹。


「また戦えるなんて嬉しいです」

「私もです。お互いに頑張りましょう」


 それとは対照的に星と橘姉は静かに握手をした。

 

 試合が始まると前衛は橘姉、星。後衛は橘妹、つかさで後衛つかさと橘妹が激しく打ち合っていた。

 その気迫の籠った熱戦に前衛の星と橘姉はそれに気圧されて全く手を出せずに見守っているしかなかった。


 殆ど後衛の2人がシャトルを打ち合い点数を取り合い試合が進行していく。互いに一歩も引かない熾烈な争いも、体力の限界まで争っていたが21点を3ゲームで2ゲームを先に取った方が勝つのだが、互いに1ゲームを取り今も2点差を付けずに14対15まできていた。


 だが、つかさと橘妹の体力も相当消耗している。それもそうだろう、ダブルスコートを守っているのだ。しかも、バスケットボールの試合での連戦の疲れも取り切れていない。


「もう十分でしょ? 私が後衛をするわ。あなたは前衛で休んでなさい」

「ああ、分かった。相手は疲れてるけど油断するなよ」

「ええ、大丈夫よ」


 橘姉にそう言われた橘妹は素直に従って前後を入れ替える。しかし、前後を入れ替えられる向こうとは違い、星が後衛に下がったらすぐに試合に負けてしまう。


 それはつかさと星も分かっていた。だからこそ、ここでつかさを前衛で休ませることができない……。


「つかさちゃん大丈夫ですか?」

「はぁはぁ……もちろん! はぁ……はぁ……」


 つかさは強がってはいるが、大きく肩で息しているところを見ると限界に近いのは間違いない。


 星はラケットのグリップを強く握り締めて『私が頑張らなきゃ』と心の中で呟く。

 相手の動きに全神経を集中して待ち構える。橘姉がサーブを打って、それをつかさが打ち返すと次に橘姉が打ち返したシャトルを星がブロックした。


 それに驚いたのか橘姉妹もつかさも目を丸くさせているが、星からすれば不思議なことはない。何故なら星は今までずっとつかさと橘妹の打ち合いを見ていたし、ゲーム世界ではそれ以上のスピードでの戦闘も経験している。


 だが、今までは反応できると分かっていても手を出せないでいたのは、つかさの邪魔をしてしまうのではないか?っという不安があったからだ。星にとっては勝ち負けよりもせっかく出来た友達に嫌われたくないという感情の方が大きかった。


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