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体育戦3

 次の競技の前に1時間のクーリングタイムが設けられている。選手達は各々準備をしながら時を待つ……星もつかさも汗を流すためにシャワールームへと向かう。選手用に学園側が用意した体操服がシャワールームの個室に置かれている。


 服を脱いだ星は冷たいシャワーを浴びながら長い髪を掻き分けた。


「……気持ちいい……」


 動いてほてった体にシャワーノズルから流れる冷たい水の滴が体を伝い、皮膚から体に吸収されるような不思議な感覚と水音で周囲の音が掻き消され自分の息づかいだけが頭の中に響く。


 まるで世界に一人だけになったような錯覚を断ち切るように蛇口を閉めると、水を吸って重くなった長い黒髪を振って余分な水を振り落とす。


「――結局、バスケで優勝したのは白髪の子と黒髪の子のチームかぁ……私達が負けた長身の双子に勝ってほしかったね」

「まあ、途中いいところまで行ったのに黒髪の子が動き始めてからはもう一方的だったけど、どうして黒髪の子は最初からシュートしなかったのかな?」


 シャワールームに入ってきた女の子達の声が聞こえてきたので、星はいつものように息を殺して居ないふりをする。


 するとその直後……。


「それは数合わせだったからでしょ? だってドリブルする時も両手使ってたし、シュートしたって言っても数回だけだよ? あれなら他の子の方が絶対良かったよね。白髪の子も後半はバテバテだったし、きっと次の種目で他の子とチェンジするんじゃない? あれじゃ次は勝つの難しいよ」

「確かにね。せっかく白髪の子が上手いのに黒髪の子が足を引っ張ってたよね。またあれじゃ白髪の子が可愛そうだよ」


 それを聞いた星は表情を曇らせながら冷たいタイルの壁に凭れ掛かった。


 濡れた前髪から落ちる滴が地面に落ちるのを見つめていた。


(……足手纏いな事は分かっている……だから自分に出来ることをやってたけど……)


 星は悲しそうな顔をして地べたに座り込んで膝を抱えた。


 つかさは星のことを褒めてくれたが、他人のひいき目のない意見からすれば全試合で数回しか点を取っていない星は活躍できていないと思われても仕方がない。

 普通のバスケットボールならまだしも、二対ニの今回のルールだと、どうしてもシュートを決めた回数で評価せざるを得ないだろう。そうなると、全試合で得点数の少ない星は足手纏いだ。


 星が冷たいタイルの地面に座り込み落ち込んでいると、突然シャワールーム内に聴き慣れた声が響いた。


「なんだよお前達。星の悪口言ってるのか! どこのクラスだ!!」


 その声の主は紛れもなくつかさだった。


 試合後、忘れ物をしたと星と別れたつかさが少し遅れてシャワールームに来た時に彼女達の話を聞いたのだろう。


  黙り込んだ二人にイライラしているつかさが叫んだ。


「どうなんだよ!」

「いや、別に悪口なんて……」

「そうだよね。悪口まではいい過ぎでしょ? 実際にあの子は役に立ってなかったじゃない。本当はあなたもそう思ってるんでしょ?」

「そんな事ない! 僕は星がいないと勝てないから星を選んだんだ! 星の事を何も知らないくせに勝手な事を言うな!」

「……ごめんなさい」


 つかさの真剣な目を見た女の子は素直に謝ってもう一人の子と一緒にシャワールームを出て行った。


 その様子を睨みながら横目で見ると、つかさはシャワーを浴びるために個室に入ろうとした時、中から裸の星が飛び出してきた。


 星がつかさに抱きつくと、つかさは驚いたように目を丸くさせた。


「せ、星ッ!?」

「……つかさちゃん。私は……私は……」

「どうしたの!? 風邪引いちゃうよ。早く服を着替えないと……それに僕、今汗臭いと思うから――」

「――私はつかさちゃんとお友達になれて本当に良かった……これからも、私なんかで良ければ仲良くして下さい……」


 瞳に涙を溜めながらそう言った星に、つかさは笑顔で頷く。


「僕の方こそ仲良くしてよ! あっ……あと、早く服は着た方がいいよ。か、風邪……引くといけないし……」


 そう言ったつかさが急に顔を赤らめながら、星の両肩を掴んで体から離した。


 星は不思議そうに首を傾げると、つかさは恥ずかしそうに星の方を見ないように顔を逸らしている。


 それもそうだろう。さっきまでシャワーを浴びていた星は裸だ――兄弟が男しかいないつかさは普段から自分以外の女の子の体を見慣れていないこともあって恥ずかしいのだろう。

 しかも、シャワーを浴びていた星の髪や体からは石鹸の香りが漂っている上に、涙で潤んだ瞳が色っぽく見えた。


 それは同性のつかさでも無意識にドキドキさせてしまう。だが、そんな彼女とは反対に星はなにも分かっていない様子で首を傾げていた。


 普段からエミルとお風呂に入っている星にとっては、これが普通のことであり。最初はあった羞恥心も今となっては完全になくなり、裸を見られることへの抵抗はまるでなくなっていた。


 首を傾げている星に服を着るように言った後、つかさはシャワーを浴びる為に星と入れ替わるように個室に入って行く。


 星は顔を真っ赤に染めたつかさが個室に入るのを見送って服を着替えると図書館に向かった。

 まだまだ次の競技が始まるまで時間があったし、何より図書館は競技場から近い。クラスに戻るという選択肢もあったのだが、今の星はそんな気分ではなく……。


(つかさちゃんはああ言ってくれたけど……やっぱり、私は役に立ってない。次はもっと役に立つように頑張らないと……)


 グッと手を握ると星は決意に満ちた顔で図書館の中を歩いている。


 っとその時、後ろからトンと肩を叩かれ驚いて振り返ると、そこにはエミルが立っていた。


「星、さっきの試合見てたわよ。シュートを決めてかっこよかったわ! 学園長の思いつきで体育戦があったのは知ってたけど、まさか星が出場してたなんて……驚いて小林にカメラを持ってきてもらったりこっちの出場を代わってもらったり大変だったわよ」

「お姉様も試合に出てたんですか?」

「ええ、一試合だけだったけどね! 星が試合に出てるって聞いて学園に飛んで戻ってきたんだからー」


 エミルの手にはビデオカメラが持たれている。様々な機器が小型化しているこのご時世に、ビデオカメラを持っているのは相当珍しい。まあ、それだけ星の応援に熱が入っているということなのだろう。


 星とエミルは図書館から出ると、お祭り騒ぎになっている体育館を避けて校舎の方でベンチに座って話を始めた。


 木漏れ日がベンチに降り注ぐ中、星の方を見ながらエミルが微笑んだ。


「でも、運動があまり得意じゃない星が体育戦に参加するなんてどういった風の吹き回しなの? まさか、いじめとかじゃないわよね……もしそうなら……」


 笑顔だったエミルの表情が一瞬で無表情になり全身からどす黒いオーラが放たれる。


 それは近づいただけで殺されそうな感じだ。そんなエミルに星も何も言えないでいると……。


「いじめられてるの?」


 エミルが星の顔を覗き込んでそう尋ねると、星は慌てて手を振ってそれを否定する。


 全力でいじめを否定するエミルはため息を漏らしながら頭を押さえた。


「はぁ……まあ、星はいじめられてても言わないとは思うけど。今回の件はつかさちゃんとチームを組んでるところを見ると、つかさちゃんが星と組みたいって言ってそれを断れなかったんでしょ? まったく星はお人好しというか、断り下手というか……」

「あはは……」


 星が苦笑いを浮かべると、エミルは眉をひそめながら言った。


「あははじゃないのよ? 星は自分の意思を蔑ろにしすぎ。嫌な時はちゃんと断りなさいね」

「はい。次はちゃんと断るようにします」


 そう言った星の顔を見てエミルはため息混じりに「そうね」と呟く。だが、その声からは星の言葉に期待していないというのが滲み出ていた。

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