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体育戦

 翌日。学校に着いた星はいつものようにホームルームが始まるまでの間、学園内の図書室で本を読んで過ごしていた。


 つかさとは打ち解けていたが、まだ他の生徒達とは距離感を掴めずにいる。もともと、貴族社会の令嬢達の通う学校であり、庶民でしかない星には難しい世界。

 友達を作るどころかコミュニケーションを取ることすら難しい。外交的なつかさのような子は何でもない話し掛けるという行為が、内向的な星にとってはハードルが高すぎて孤立する以外の選択肢がない。


 だが、それが嫌かと言われれば星にとってはむしろ気を遣わなくて良いから楽なのだ。でも、寂しくないかと言われれば寂しいという感情も湧いてくる。

 そうした自分の感情の起伏を本を読むことでごまかしているのが星なのだ。これが今までの生活で培った処世術だ。


 しばらくして予鈴が鳴ると、星は教室に戻る。教室に帰るまでの廊下を少し俯き加減に歩く星。


 昨日の今日でつかさが来ると思っていたが、結局は最後まで図書室に彼女は現れなかった。

 

 とぼとぼと教室に入ると、すでに教師が教室に来ていて黒板には一時間目から体育に変更となり、内容はクラス内での体育戦と呼ばれるこの学園独自の催し物の一つで、学園長が思い付きで始める突発イベントだ。


 内容は2人1組となって様々な競技で競い、クラスで1位を目指す。学年で1位を取ると学園長より金一封が送られ、1位を取ったクラスには副賞として次の遠足の行き先を決定する権利が与えられるのだ。

 

 その為、スポーツが得意なつかさの前には大勢の生徒達が群がっていた。中心に居たつかさは少し困った様子で苦笑いを浮かべている。


「つかさ様。この大会に勝てば遠足の場所を選べますわ。頑張って下さいませ」

「つかさちゃんと私がいれば優勝間違いなし! 私と組みましょうよ!」

「いや、僕はもう組む相手は決まってるし……」

「どなたとお組みになりますの?」


 星が席に着くと借りてきた本を開くと、教室に先生が入ってきた。

 それと同時につかさの周りに集まっていた女子生徒達も蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻って行く。


 出席を取ると黒板に大きく体育戦と書いた。


  チョークを置いて力のこもった声で言った。


「突然学園長の気分で開催される事になった体育戦だけど、俺は必ず勝ちたい! 代表は2人だがクラス全員で応援して必ず優勝しよう! 今こそクラス全員の力を合わせる時だ!」


 教卓に両手を突き叫んだ。


 だが、その熱意はクラス全員も同じで、必ず勝ちたいと思っていた。


 クラス内で多数決を取り、つかさが圧倒的な票数で選出は間違いないと思われたが……。


「僕は絶対に星以外とは出ないよ!」


 つかさのその一言に、教室内は一斉に静まり返った。


 それもそのはずだ。星は勉強はできても運動はからっきしなのは周知の事実――しかも、私立校であるこの学園では名家であるほどカーストが上がる。

 家柄だけで言えば星はこのクラスでトップであり、他の生徒は拒否することが難しくなる。だが、つかさの言葉に一番驚いていたのも彼女だった……。


「わっ、私!?」


 クラス全員の視線が星に集中する中、星は驚いたように目を丸くさせる。


 この大会に遠足の行き先が関わっていることは星も理解している。


「いやいや無理だよ! 私はそんな重圧背負えないよ! 絶対に無理だよ!」


 もう今まで作る上げてきたクール系キャラを保つ余裕すらなく星は両手と首を振って全力で拒否する。


 だが、それにはつかさも猛反対で……。


「星が出ないなら僕も出ない! ぜーったいに!」


 他の生徒と教師がなんとか説得を試みるも、つかさはそっぽを向いて「やだ!」の一点張りだった。


 しかし、つかさが大会に出場しなければクラスの優勝はない。遠足の行き先が懸かっている以上、なんとしてもつかさに出てもらうしかない。ということは……。


「伊勢様。クラスの為にどうか大会に出場して下さい!」

「犬神さんに出てもらう為、伊勢さんも出て下さい!」

「伊勢様、何卒私達に勝利を!」


 星の周りにも多くの生徒達が集まり、星も戸惑った様子できょろきょろと辺りを見た。

 

「――わ、わたしは……」

『お願いします!!』

「俺からも頼みます。担任としてクラスを勝たせたいんです!」


 生徒達だけではなく先生にも頭を下げられてしまえば、もう断ることができない。仕方なく星が「分かりました」と頷くと、クラス中が歓喜の声に包まれた。


 だが、勢いに負けただけで大会で自分が試合で役に立つのか不安で仕方なかった。



 クラスの生徒達は先に応援の準備があると教室から出て行った。2人だけ残された星とつかさは隣り合わせで体操服に着替える。


 だが、いざ皆の期待に応えなければならないと思うと、手が震えてきてうまく着替えることができない。

 それも無理はない話だ。なんと言っても、星は今まで周囲に期待されるようなことなどなかった。そんな彼女がクラス全員の希望を背負って試合に出るなんて

思わなかった。


 今までに背負ったことのない重圧が星の両肩にズシリとのしかかる。


(……運動苦手なのにちゃんとできなかったらどうしよう。皆をがっかりさせちゃう)


 星は制服のボタンを震える手で外そうとしているのを見て、つかさが眉をひそめながら言った。


「ごめんね。星がこういう事が嫌なのは分かってる……でも、僕は星が凄いって事をみんなにも知って欲しいんだ!」


 つかさは震える星の手を掴んで両手の掌で包むと……。


「星は僕をサポートして! 僕は必ず勝つから失敗を怖がらず自分を信じて……絶対に星がいたから負けたなんて言わせない。一緒に頑張って優勝しようね!」

「つかさちゃん……うん。私も優勝したい」

「なら優勝しよう!」

「うん!」


 笑顔で星の手をぎゅっとするつかさに、星もつかさの手に自分の手を重ねて力強く頷いた。



 着替え終わった星とつかさが体育戦が行われる体育館に向かうと、観客が観客席に数多く集まっている。

 さすが私立の小、中、高がある学校と言ったところか、観客席もそうだが、なによりも競技場がとてつもなく広い。もう普通に運動会ができるくらいの広さがあった。


 学園の小学生が全て集まっているのか、普段は別の校舎にいるはずの男子生徒も居た。

 だが、ここまで人が集まっているのを見た星の心臓が張り裂けるくらいに鼓動し、サウナにでも入っているのかと思うくらい全身から汗が吹き出してくる。


 そんな星の様子に気が付いたつかさは彼女の手を無言で握った。

 

 星は握ったつかさの手が微かに震えていたのに気が付くと、緊張しているのは自分だけじゃないと安心した。きっと自分よりも、巻き込んでしまったつかさの方が何倍も緊張しているだろうにそれを気付かせないようにする彼女に星の迷いは吹っ切れた。


「……勝ちましょう。必ず……」

「うん! 勝つよ! 僕と星が組んで負けるわけないもんね!」


 互いに顔を見合わせて微笑むと、選手達が集まっている場所へと力強く歩き出した。


 星達が来てから4組くらい後から来て全ての生徒が揃った。

 すると、突然体育館の全てのカーテンが自動で閉まり、ドラムロールが流れたかと思うと、突如として目の前にスポットライトが当たり着物を着て立派な無精髭を生やした屈強な男性が現れた。


「さあ、わしの自慢の生徒達よ! 今日はこの学園で培った日々の成果を見せてくれ! はっはっはっ!」


 そう叫んだ直後、男性は観客席に座った。


 競技の種目はバスケットボール、バドミントン、テニスの3競技でテニスは場所を屋外に変えて行われる。

 

 最初はバスケットボールで一つのゴールを攻めと守りに切り替えて合計得点で争う。


 決勝戦まではつかさの活躍で順調に勝ち上がった。


 そして星とつかさの決勝の相手は身長170cm以上で体も大きい小学4年生とは思えない2人だった。

 星とつかさの身長が130前後なので、相手との身長差が40cmもある。それは日本人が外国人と戦うようなものだ――。

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