つかさの家
翌日。星が学校に行くと、教室に入るなりつかさが手を振って笑顔で走ってきた。
星は駆けてきたつかさにため息を漏らしながら小さな声で言った。
「……教室では話し掛けない約束だったはずですよ?」
「あっ! 忘れてた。ごめんごめん……」
口を手で覆ったつかさは思い出したように謝る。
星は仕方なく「もういいです。ちょっと教室から離れましょう」というと、そのまま席を立った。
そのまま廊下に出た2人は階段を上がって屋上のドアの前にある踊り場で止まると、前を歩いていた星がつかさの方を振り返える。
「それで、どうしたんですか?」
星の優しい声音に安心した様子でつかさが話し始める。
「昨日は楽しかったね!」
「そうですね。楽しかったです」
「それでね! お返しじゃないんだけど、今日学校が終わったら僕の家に遊びに来ない? お母さんから許可は取ってあるから、後は星がうんって言ってくれるだけなんだけど……」
つかさは少し不安そうな顔で星の返事を待っている。
「お姉様に聞いてみないと分からないですけど、きっと大丈夫ですよ」
「本当!? なら、また放課後に今度は僕が待ってるね!」
「いえ、私はそのままで大丈夫です。学校が終わったらそのまま行きましょう」
「うん! じゃー放課後にね!」
そう言ったつかさは嬉しそうに教室に帰って行った。
その場に残された星は何が起きたのか分からずポカンとしていた。
星にとってはこれが初めての友達の家に遊びに行くのだ。まさか自分が他の子の家に遊びに行くなんて考えたこともなかった。まるで自分のことではない別の人のことだと思えるくらいだ。
緊張している今も、それを客観的に見ている自分がいるから不思議な感覚に陥っていた。
授業中もそわそわしている様子のつかさを横目に、星はどこか他人事の様に感じた。
(……私。学校が終わったら本当につかさちゃんの家に遊びに行くのかな? なんかそんな気がしない……またいつも通りにお姉様を図書館で待ってて、来たら小林さんに迎えに来てもらって家に帰るんじゃないかなぁ……)
星はそう思いながら上の空で授業を聞いていた。
全ての授業を終えるとつかさはいつもの様に女子生徒に囲まれて少し困った様子で星の方をチラッと見た。
星は本をつかさに見えるように上げると、カバンに入れて席を立って教室を出る。
その後に星が向かったのはいつも通り図書館だった。星は借りていた本を返却すると、本棚から読む本を取って空いているテーブルに腰掛けて読み始めた。
しばらく経って腕に巻いていた端末にメッセージが届く。
そこには『つかさちゃんの家に行くのは分かったけどお泊まりはダメよ? あまり遅くならないうちに連絡して頂戴ね』と書いてあった。
星は『分かりました』と短く送るとまた本を読もうと下を向こうとした時、つかさが笑顔で歩いてくるのが見えた。
「遅くなってごめんね! お姉ちゃんはいいって?」
「はい。でも、泊まるのはダメみたいです」
「まあ、心配なんでしょ。星のお姉ちゃんは星に甘々だからね」
そうつかさに言われ、星は不思議そうに首を傾げる。
つかさの言ったようにエミルは星に優しいが、普通のことでそれが他の家庭でも当たり前のことなのだと星は思っていた。
何故なら、星は一人っ子として育てられていて、普通の姉妹の関係などは分からなかった。だが、エミルは優しいし、星のことを気にかけてくれるいい姉だと思うがそれが星には特別には感じなかった。
「さて、話をしてると夜になっちゃうし。早く家に行こうよ!」
「は、はい」
今にも走り出しそうなつかさを横目に、星は本とカバンを持って本棚に本を返すと、つかさと一緒に図書館を出て校門まで歩いて行く。
校門の前には黒塗りの高級車が待っていた。車の前にはスーツを着た若い男性が立っている。
「お帰りなさいませ、つかさ様。そちらが御友人の星様ですね。私は犬神家の執事をさせて頂いております犬使と申します」
「は、はい。よろしくお願いします」
丁寧な挨拶に星も頭を下げた。
「犬使! 時間がないから早く!」
「はいはい。分かりました」
犬使は苦笑いを浮かべながら車のドアを開けると、つかさが急いで乗り込んだ。それに続いて星が車に乗ると、犬使が運転席に乗って車を出す。
走る車の中で楽しそうにゲームの話をしているつかさを笑顔で見ていると、走っていた車が停止し運転席の犬使が振り返る。
「お家に着きましたよ。お嬢様」
「ありがとう犬使!」
つかさはカバンを放置して星の腕を掴んで車から出て行った。
犬使は星とつかさのカバンを持つと、2人を追ってゆっくりと歩き出した。
つかさの家はエミルの家ほどではないまでも、庶民の星から見たら豪邸と言っていいほど大きな家だ。
腕を引かれながら家の中へと導かれるままに入った星はメイド達から挨拶されたのに軽く頭を下げるが、つかさは全く止まることなく歩き続けている。
星は早く部屋に行って遊びたいのかな?っと思っていると……。
「なんだよつかさ。友達連れて来るなら言えよ」
声が聞こえてきた方を向くと、そこから高校生くらいの少年が立っていた。
髪はつかさと同じ銀髪に瞳もつかさと同じ青い瞳で目鼻立ちもイケメンと言って間違いない。
つかさは少年の顔を見た瞬間、あからさまに嫌そうな顔をして。
「……よりによってさとる兄ちゃんに見つかるとか……最悪」
「おいおい。最悪とは失礼過ぎるだろ、今後サッカーして遊んでやらねぇーぞ?」
ゆっくりと歩いて来るさとるから隠すようにつかさが星の前に立った。
「なんだ? せっかくきた友達に挨拶させろよ。どうせまた男なんだろ?」
さとるは前に立ちはだかっているつかさを押し退けて星を見た。
星とさとるの目が合って互いにその場で固まる。
「あっ、こんにちは……」
固まっているさとるに星が頭を下げると。
「はぁッ!! 女ぁッ!?」
驚きの声を上げたさとるに、頭を下げている星は身構えるように肩を強張らせた。
すると、次の瞬間には星の目の前に来ていたさとるは前屈みになって顔が隠れていた前髪を優しく掻き分け。
「へぇー。君かわいいね! でも惜しいなぁ~。あと数年経ったら俺と付き合わない?」
「さとる兄ちゃんッ!!」
星の前にいたさとるを両手で押し飛ばすとつかさは星の前で両手を広げてガードしている。
普段見ないような怒った顔でさとるを睨んでいるつかさ。
だが、そんなつかさのことなど眼中にない様子で星に向かって手を振ると。
「つかさに飽きたら俺が相手してあげるから俺の部屋においで。俺の部屋は二階の奥から2番目だからさ!」
「は、はい」
「もう! 友達が困ってるから早くどっか行ってよ!」
つかさに背中を押されて不服そうにさとるは廊下を歩いて行った。
その様子を見送りながらつかさがあっかんべーをして星の方を振り向いて。
「さあ、僕の部屋に行こ!」
「うん」
にっこりと微笑んで星の手を掴んで歩き出す。
つかさの部屋に着くとドアを開いた瞬間、星は不思議な感覚を覚えた。
青を基調とした室内には、サッカーボールやバスケットボール。バッドにテニスラケットなどが置いてあり、壁にはプロの選手と撮った写真やサイン入りユニホームなどが掛けられている。
だが、その少し離れたベッドはピンク色でぬいぐるみが乗っていて、他にもぬいぐるみが部屋のあちこちに置かれていた。まるで、男の子と女の子が混ざり合ったような部屋の中に不思議な感覚が沸き上がっていた。




