お泊まり
それから星は図書館で本を読みながらつかさが来るのを待っていた。すると、本を読んでいた星の肩をポンと叩きつかさが「おまたせ」と現れる。
水色のシャツの下に白い犬の印刷の入った黒いティーシャツ、ジーンズを履いている。普段は制服姿はしか見ていない星には、つかさの私服に着替えた姿は新鮮に見えた。
つかさは星が制服なのを不思議に思ったのか、首を傾げながら星に尋ねた。
「星はなんで制服なの?」
「本を読んで待ってましたから……さて、行きましょうか。少し待ってて下さい。今、電話して車を――」
星がエミルから渡されている腕時計型の携帯端末で執事の小林に連絡をしようとすると、つかさが星に抱きついてきた。
「なっ!? なんですかッ!?」
「星は本当に優しいよね! 僕をずっと待っててくれたんだ!」
嬉しそうにそういうつかさに「本を読みたかっただけです」と毒突いたが……。
「またそんなこと言ってー」
っとつかさは星の言葉を全く気にしていないようだ。
星は抱き付いてきたつかさを手で押して離すと、執事の小林に電話を掛けた。
小林はすでに学校の校門前に来ていたらしく、星も借りる本を図書館の貸し出し用のデジタル端末に通すとバッグの中にしまってつかさと小林の待っている校門前に向かった。
黒塗りの高級車の横でドアを開けて待っている小林を見つけて星が少しほっとした様子で隣りにいたつかさに目を向けると、黒塗りの高級車を見てもあまり驚いたような風ではないところを見ると、やはりお嬢様なのを再確認する。
やはりエミルといいつかさといい、どうやらお金持ちの彼女達と庶民の星との感覚には相当な違いがあるようだ――。
車に乗り込んだ星とつかさはエミルの待つ家へと向かった。
家の門の前にきた時、つかさが大きな声で星に向かって告げる。
「星の家って大きいんだね! 僕の家より大きな家を久しぶりに見たよ!」
興奮気味にそう言ったつかさに、星も少し驚いた様子で目を丸くさせている。
まあ、それも無理はない。星もエミルの家は大きいとは思っていたが、学園の敷地面積に比べれば大した事はないのかも知れないと思っていたし、他のお金持ちの家も同じくらいあるのだろうと思っていた。だが、どうやらその考えは違うらしい……やはりエミルの家が他とは比べものにならないほどのお金持ちということだろう。
門の前で目の前の大きな洋館を見上げていたつかさとそれを見ていた星に小林が言った。
「さあお嬢様方。車にお戻り下さい歩いて行くには玄関は少し遠過ぎますよ?」
「「はい」」
2人は声を合わせて小林に返事をして素直に車の中に戻る。
再び車を走らせ玄関に到着した2人が車から降りて玄関の前に立つと、扉が開いて中からエミルが現れた。
「いらっしゃい! 待ってたわ…………よ」
扉を開けたエミルは、星の隣りに立っていたつかさをまじまじと見つめたまま固まっている。
短い白銀の髪に綺麗な青い瞳の美少女にも美少年にも見えるつかさを初めて見たら、まあ当たり前の反応だろう。
星は固まったまま動かないエミルにつかさを紹介する。
「お姉様。こちらは私のクラスメイトの犬神つかささんです」
「……あぁ、そう……」
「……お姉様?」
低い声でボソッと呟いたエミルに不思議そうに首を傾げた星。
その直後、星の腕をがっしりエミルが掴んで思い切り家の中に引き込まれる。
バランスを崩した星の体をエミルが体でしっかりと受け止めると。
「ごめんなさいね。うちは男子禁制なのー」
エミルはつかさに向かってにっこりと微笑んだ直後、玄関の扉を勢いよくバタンと閉じた。
つかさは何が起きたのか理解できず、きょとんとした表情でその場に立ち尽くしている。
家の中に無理やり引き込まれた星は一時的に何が起きたのか分からず目を丸くしていたが、すぐにエミルに向かって叫んだ。
「お姉様! 何するんですか! なんで……」
抗議しようと口を開いた星はすぐに静かになった。
それもそのはずだ。その時のエミルはゲーム内でライラと一緒にいた時に、星の腕に手錠を掛けた時と同じ顔をしていた……。
「……どうして星が男を連れてきた? 学園は男女別々の校舎だから安心しきっていたわ……どこで? ううん、そんなことどうでもいいわ。やっぱり学校に行かせずに私が星を守っていればこんな事には――」
ボソボソと独り言を呟いて指を噛んでいるエミルに、星は恐怖を感じていた。
だが、せっかくつかさを家に連れてきたのにエミルがこの調子でだと追い返すことになりかねない。恐怖を押し殺して意を決して星がエミルに声を掛けた。
「あの、お姉様!」
爪を噛んでいたエミルの瞳がギロリと星へと向いた。
その人くらい簡単に殺しそうな冷徹な瞳に、星の全身から血の気が一気に引いて恐怖で全く動けなくなってしまう。
怯えた様子の星に気が付いたエミルがすぐにいつもの優しい表情に戻った。
「星。男の子はあなたが思っているよりも怖いのよ? 力も強くなるし、女の子に乱暴してくる様になるの。だからあまり仲良くしたらダメ!」
「はい。でも、つかさちゃんは女の子ですよ?」
「うそッ!?」
それを聞いたエミルが慌てて扉を開けると、涙目になったまま玄関前で立ち尽くしているつかさの姿があった。
「……ぼく。女の子なのに……」
今にも溢れそうになる涙を我慢しながら震えた声を振り絞って言った。
エミルはそんなつかさに優しい声で言った。
「ごめんなさい。お詫びに美味しいお菓子をご馳走するわ」
お菓子という言葉に反応したのか、つかさの体がピクッと動く。
その一瞬の動きをエミルも分かっていたのだろう。つかさの肩に腕を回すと、そのまま家の中に招き入れた。
つかさを連れてエミルは食堂の方へと向かって歩き出した。そんな2人を星は見つめているだけで動けなかった。
まだ、さっきのエミルの瞳を思い出すと全身が強張ってしまって足が動かない。それだけ、星にとっては印象的で威圧的な瞳だったのだ。
立ち尽くしている星に振り返ったエミルが告げる。
「ほら、星も早くいらっしゃい」
「はい」
いつもの優しい笑顔を見せたエミルに、星は安心した様子で表情を明るくすると彼女達の方に小走りで向かう。
3人が食堂の扉を開けて中に入ると、メイド達がケーキなどのお菓子類を準備していた。
エミル達が入ってきたのに気が付いたメイド達は一度手を止めて一斉に頭を下げて迎えてくれる。
「ああ、続けて頂戴」
「はい。お嬢様」
メイド長が返事をして頭を上げると、メイド達に作業を再開するように言った。
エミル達が椅子に座ると、メイド長がクッキーを小分けにした小皿と紅茶の入ったティーカップを置いた。星とつかさにはココアが置かれた。
つかさは目の前のクッキーに釘付けになっているが手を付ける様子はない。いや、手を付けたいのを必死に我慢していると言った方が正しいかもしれない。
一応つかさは良い家のお嬢様なのだ。礼儀作法などは厳しくしつけられているのだろう……。
それを察したエミルが「それじゃ頂きましょうか!」というと、つかさは嬉しそうにクッキーを摘んで口に放り込んだ。
「このクッキーおいしい~」
つかさはほっぺたに手を当てて声を漏らした。
それを横目で見ながら星もクッキーをひとかじりしてエリエのことを思い出していた。
(エリエさんは今どこで何をしてるんだろう……ちゃんとこっちの世界に戻ってるといいけど……)
星はそんなことを考えながらココアをすすっていると、つかさがメイド長の方に向かって尋ねる声が聞こえてくる。
「このクッキーってどこで売ってるやつですか?」
「申し訳ございません。こちらのクッキーは私が作ったものなので、販売されておりません。もしよろしければ、お帰りになられる時に作ってお持ち帰りなさいますか?」
「いいんですか!」
メイド長が頷くとつかさは嬉しそうに「やったー」と叫んだ。
その様子を微笑ましく見ていたエミルがつかさに向かって言った。
「つかさちゃん。これからも星と仲良くしてあげてね。この子は不器用だからなんでも一人でやろうとするけど、本当は寂しがり屋だから――」
「――お姉様!」
立ち上がって話を遮るように叫んだ。
一瞬だけ黙ったエミルだったが、またすぐに話し始めた。
「こんな感じだけど根はいい子だからよろしくね。つかさちゃん」
「はい!」
つかさは力強く頷くとクッキーを美味しそうに口に入れる。その横で星は俯きながら顔を赤く染めていた。
クッキーを食べ終える前にメイド達がチョコレートケーキを持ってくる。




