導きと魔力
よろしくお願いします。
夢を見る…
夢の中で、これは夢だと感じる時がある。
5歳になる子供達への祝福の為に教会で《導きの歌》ーー『祈りの歌3階位《導き》』ーーを聞いてから良くこの夢を見ている。
最初にこの夢を見たときは、どこまでも続く先が見えない大地に独り立っていた。
空を仰ぎ見るとぶ厚い雲が太陽を覆い、あたりは少し薄暗い。
草一つ生えていない大地には、たった一輪だけ青い薔薇が咲いている。
現実でこんな状況に陥れば、不安と恐怖と孤独を感じていたかもしれない。
一輪の青い薔薇と自分以外何もない世界で、独り理由も分からず立っている。
ただ、今の私には不安も孤独も恐怖もない。
なぜ自分が、ここにいるのかも気にならない。
今いる場所は夢の世界だと感じるだけで。
そんなことを考えつつ、何となく目の前の青い薔薇を眺めていたら、いつの間にか食い入るように見つめている自分に気づく。
只々、目の前の青い薔薇が気になる。観察しているとその薔薇は、微かに光を放っているように見えた。
不意に歌が聞こえてくる。
先日、教会で倒れた時に聞いた祈りの歌だ。
その歌が聞こえると同時に空を覆っていた厚い雲の隙間から太陽の光が顔を覗かせ、青い薔薇と私を照らす。
同じ夢を数日見た私は、ある日自分も祈りの歌を唄ってみることにした。
何回か夢の中で同じ祈りの歌を聞いているうちに、歌詞を覚えたからだ。
その日も聞こえてきた祈りの歌に合わせるように唄うと、空から淡いピンク色をした桜の花びらが降ってきた。
桜の花びらは、大地に触れると雫が弾けるように光の粒子となって大地に吸い込まれていった。
その幻想的な光景に見とれながら唄い続ける。
(綺麗だなぁ…)
その夢を見る回数が毎日から何日かおきになっても、その夢を見る度、桜の花びらがひらひら舞い落ちる光景を見るため、祈りの歌を唄うことを続けていると、青い薔薇意外なにもなかった大地に、青々とした草が芽吹き、何種類かの花々が咲くようになった。
空を覆っていた雲もまばらになり太陽の光が降り注ぐ。
今では、たった一輪の青い薔薇だけだった大地には少し小さめの花畑が出来きており、その花畑を散歩するのも楽しみの一つになっている。
まぁ、大地の終わりは相変わらず見たことはないけど。
今日も夢の中で私は、あれからまた少し大きくなった花畑に横たわりながら歌を聴いている。
空からは、暖かな太陽の光が降り注ぎ、穏やかに風が吹き、私の髪をかすかに揺らす。
花々は、甘くて優しい匂いを放ちながら心を癒していく。
自分の中に溢れる音楽、光、安らかな時が流れている。
心の底から幸せを感じる………
私も、そっと歌を口ずさむ…
歌はいつもの『祈りの歌3階位《導き》』
透花水晶を持っていないので、勿論『神の奇跡』は起こらない。
それに、ここは夢の世界だ。透花水晶を持っていても、いなくても『神の奇跡』が起こらないのは変わらないだろう。
でも、桜の花びらが降り注ぐこの光景は奇跡のように美しい。
そう、何が起こっても起こらなくても不思議ではない。夢の中なのだから。
唄っていると心の中が澄み渡り、体の内側から何か力を感じる。
その力は、この夢を見る度に強くなっている気がする。
それにしても、気持ちいいなぁ。
悩みも不安もない穏やかで平和な時間。
こんな日々を皆と過ごせたらいいのにな。
朝の光を感じて閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
テラスに続く大きな窓からは太陽の柔らかな光が入ってきていた。
あの夢を見た後は、暖かくて幸せな気分で目が覚める。
今日も良い一日になりそうだな。
※
朝食の席でお父様とお母様に最近自分の中に感じる不思議な力について聞いて見ることにした。
「それはシュカの中の魔力が目覚め始めているのかもしれないね。」
お父様が教えてくれたことによると、5歳の誕生日を迎えると徐々に魔力が覚醒して行くらしい。
ただ、7歳までは感情の起伏によって乱れ易く不安定なため制御が難しく気をつけなければいけないと言われた。
「この前シュカちゃんが聞いた『祈りの歌3階位《導き》』には魔力の安定を助ける効果があるのよ。」
「そうなんだぁ。だから夢から覚めると穏やかな気持ちになるのかな。」
お母様の言葉に頷きながら夢の内容を思い出す。祈りの歌によって穏やかに変化していく夢の世界…
確かに安定効果は抜群だね。でも、この不思議な力が魔力か…魔力の操作が出来るように特訓してみようかな。
その後は、お父様にどんな夢だったのか聞かれたけど、何となく内緒にしておいた方が良い気がして忘れてしまったことにした。
まずは、自分の中にある不思議な力をはっきりと感じることが出来るように特訓することにした。
今のままでは、曖昧すぎてよくわからないため、魔力操作の特訓も難しい。
さて、どうしようかな。
そういえば、前世の彼女の記憶の中に集中するのには座禅を組むといい…という知識があった。
何をすれば良いのか分からない状態だったので試してみることにした。
結果は、予想とはかけ離れていた。足を組むのも難しかったし、段々足が痺れてきて集中するどころではなかったよ。
唯一の救いは誰にも見られなかったことだね。5歳の子供がいきなりこんな事始めたらおかしいよね。
この世界には座禅をするっていう行動自体存在しないし。うん、やる前に気づいて気をつけるべきだったよ。
自分の中の魔力に集中するため、目を閉じてみると、余計なものが視界に入らない分、さっきよりも魔力を感じることが出来ている気がする。
夢の中と同じように歌を唄ってみようかな。透花水晶は持っていないので、祈りの歌を唄うこと自体は問題ない。
『祈りの歌3階位《導き》』…私がこの世界で唯一知っている歌。
唄い始めると自分の中の魔力が反応するのがわかる。
あれ、透花水晶を持っていないのに、祈りの歌に魔力が反応してる…?
駄目元で試してみたいことなのに効果が出て少し驚く。
唄っていると胸のあたりに暖かなものを感じる。
唄っていると色々な感情が渦巻いてくる。
感謝、喜び、哀しみ、願い…
胸がいっぱいになって頭が真っ白になる。気持ちがいっぱいになって涙になってこぼれた。
歌えて嬉しい…
心が震える
……あぁ私は、生まれ変わっても歌うことが好きなままらしい。
前世の彼女の記憶のせいではなく今生きている私の言葉としてはっきりと言える。
これは…チャンスをくれた神様へ捧げる私からの祈りの歌…
ありがとうございます。神様…
唄い終わって暫く呆然とする。
夢の世界ではなんてことなく唄えていた筈なのに、現実で唄うと様々な思いが呼び起こされ感情の嵐に流されそうだった。
今は、気が抜けてしまったようになっている。
意識がはっきりしてくるに連れて、人前で唄う時は気をつけることを心に決める。
いきなり唄いながら泣き出したら変ではないだろうか?
周囲は驚くかもしれない。
それとも、まだ小さい子供だからこんな事もあると気にされないだろうか?
まぁ…何より、自分で少し気恥ずかしいよね。
感極まって泣き出すなんて。どうしてこうなったと思わずにいられない。
人前で泣くことには慣れていないしね。現世も前世も…
うん、感情が高ぶらないように気をつけよう。
だけど収穫もあった。祈りの歌を唄っていると魔力の流れを感じることが出来る。
この感覚を体に覚えこませることができれば、祈りの歌をがなくても魔力を感じることができる。
その後は、魔力操作の特訓も出来るようになるよね。
暫くは、こっそりと唄っていようかな。また、感極まって泣いてしまうような気がするし。
祈りの歌の方も人前で泣かないように特訓しよう…
ありがとうございました。
次回は8月5日投稿予定です。