バラ迷路での遭遇
よろしくお願いします。
お母様との祈りの歌の訓練を始めてから2ヶ月がたった。
この世界では、40日で1ヶ月、8ヶ月で1年になる。
つまり、80日たっていることになる…1年の4分の1…
私が『ある事件』の事を思い出してからそれだけたっている。
そこまで考えて、ため息がこぼれた。
この2ヶ月の間の成果を考えると落ち込むしかない。
あれだけ、やる気に溢れていたけれども、得られた力も情報も余りない為だ。
結局、夢の謎も祈りの歌の方も魔法も進展がない。
本人のやる気と実績の間に大きな開きがある。
変わったことといえば、夢の世界の妖精さんが増えたことだろうか?
妖精さんに夢の世界のことについて聞いて見たけれど…
「えっ?ルナガーデンはルナガーデンだよ?」
という返事が返ってきただけだった。なんだか、妖精さん達にとっては当たり前すぎることらしく、説明出来ないようなんだよね。
何度か色々言葉や質問を変えつつ聞いて見たけれど余り良くわからなかった。
魔力の方は、以前に比べてハッキリと感じられるようになり、今は魔力を体内で動かす練習をこっそりしているんだけれど、これが中々難しくて苦戦している。
後もう少しで、何かコツみたいな物が掴めそうなんだけれどな…
今は、屋敷の庭に作られているバラの迷路に来ている。
『祈りの歌3階位導き』を唄う訓練をするのに、余り人が来なく、私が行っても不自然ではない場所を探していた時にこの場所のことを思い出した。
迷路は個人の屋敷に作られている物とは思えない程立派な物だ。
迷路の外から見るとそんなに大きく感じないんだけれど、中は空間魔法で拡張されており広く複雑になっている。
その為、中に入るとクリア出来ない場合が多く、途中で迷路から脱出したい場合は『エスケープ』と宣言すると入り口に戻ることができる。
出口は、バラの迷路をクリアした者へのご褒美になっており、迷路からしか行けない造りになっている。
何があるかは、ゴールするまで秘密だよ。とお父様が言ってい=」
庭師のジョフとそのお弟子さんとお父様の魔法で作成した、我が家自慢の『バラの迷路』だ。
なぜ、こんな物が庭にあるかと言うと、お父様が私の5歳の誕生日のプレゼントに作ってくれたからなんだけれども…
(凄すぎるよ…お父様。ジョフ達も…職人だね)
見せられた時は驚いたけれど…。
私を喜ばせようと凝った物を作っていたら、大人でもクリアが難しい物になってしまったらしい。
お父様が申し訳なさそうに、違うプレゼントを用意するから…と仰っていたけれど、この迷路にはお父様達の愛情が詰まっている。
私を喜ばせようとしてくれた結果が、こんな立派なバラの迷路ならやっぱり嬉しいなと思った。
確かに、クリアは難しそうだけれど、その分クリアした時のご褒美は嬉しさも増すしね。
だから、私を抱き上げているお父様の首に抱きつき喜びを伝えた。
「ううん。このプレゼントが良い。ありがとうっお父様、ジョフ達もありがとう。嬉しいな」
私の感謝の言葉にお父様が嬉しそうに笑い、抱きしめてくれている腕の力が、まるで愛おしむ様に少し強くなり、私達を見守っていたお母様の微笑む姿に嬉しさと愛おしさを感じた。
(あぁ…私…今幸せだなぁ)
心の底からそう感じた。
それから偶に、この迷路の中でこっそり祈りの歌の練習をしている。
どうしようもなく不安になった時や自分の中で前に進めなくなって苦しい時に『祈りの歌3階位導き』を唄いたくなる……そんな時に。
今日も、最近の進展のなさに困り果て此処で一人唄っている。
この歌を唄うと何かに…神様にこっちだよと、呼ばれているように感じる時があるんだよね。
(……心がほっこりと暖かくなるなぁ)
何度現実世界で唄っても、慣れることはなくいつも通り涙がこぼれる。
号泣って感じではなく、ポロリって感じではあるけれど…どうにかならないかなぁ…もうどうにもならないよねぇ。
最近は、だんだんと諦め始めている。なんだか、自分の事なのにどうにもならない事ってあるよね。
唄い終わった時に、背後のバラ壁からカサリと音がした様な気がした。
「えっ…だっ誰かいるんですか?」
まさか、聞かれた?どっどうしよう。3階位の歌を唄えることは内緒にしたいから、聞かれるのは不味い。
その為、唄う時は皆が来れない迷路の奥まで来てからにしている。
迷路の奥深くまで来れる人は滅多にいないから油断していた。
どきどきしながら、耳を澄ませて人の気配を探るけれど…自分の呼吸の音と心臓の音が大きい。
しばらく、そのままじっとして辺りを伺うが、鳥の囀りと時折吹く風に草木が揺れる音が聞こえるだけだ。
(あれ?気のせいだったかな)
ホッと胸を撫で下ろし、屋敷に戻ることにする。
『祈りの歌1階位道』を唄うと、私の周りをサラサラと風が吹く。
「今日は、入り口にお願いね」
すると、私の言葉に答える様に今度は優しく頬を撫でる様に吹いた。
しばらくすると、風が私の後ろの方へ導く様に吹き始めたのでそちらの方へと歩き出す。
実は、最初にこの迷路で迷子になった時に、ある人物?に出会った。
『祈りの歌1階位道』を唄いながら、迷路を進んでいると夢の世界で出会った風の妖精さんに出会った。
あの時は、ビックリして悲鳴をあげたよ。
きゃあ…ではなく、わぁぁぁってね。
私の夢の産物だと思っていた物がいきなり目の前に現れたからね。
自分が実は寝ているのかと思って、頬を抓ってみたけれど、痛かったから夢では無かった。
どうやら、夢の世界の妖精さんは私の深層心理が創り出した物ではなく、実際に存在していたようなんだよね。
それから、迷路で『祈りの歌1階位道』を唄うと風で道を教えてくれる様になった。
分かれ道に辿り着くたびに、風がこっちだよと吹く。
そうして、何度目かの分かれ道をこえる。辺りには、バラの香りが漂よい良い匂いだ。
目で見ても美しく、物語の中に迷い込んでしまった様な錯覚をする。
足取りが軽くなり段々と弾む様に歩いていた。
(あと少しで入り口に辿り着くなぁ。)
そんなことを考えながら、迷路の角を曲がると次の瞬間に私は後ろへと尻もちをついて居た。
いきなりのことで少し驚いたが、どうやら曲がり角の先に人が居た様で、お互いに気づかずにぶつかってしまったようだ。
前に視線を向けると、同い年くらいの男の子が私と同じ様に尻もちをついて居た。
ぶつかった際に、お互いのおでこが当たってしまった様で額がジンジンして痛い。
私も男の子も、片手で自分のおでこを摩りながら立ち上がる。
立ち上がった後は、今度は、空いているもう片方の手でお尻を摩っている。
(……痛い。おでことお尻がジンジンする。でも取り敢えず謝らないと。)
痛みに少し涙目になりながら、自分も前をよく見ていなかったのだから謝ろうと口を開く。
「「ごめんなさいっ」」
声が重なる。謝罪と共に下げていた頭を上げると同じ様に相手の男の子も頭を下げていた様で、中腰のまま視線が合う。
少しの間の後、先程までのおでことお尻の痛みも忘れてお互い声をあげて笑っていた。
ありがとうございました。
次回は8月19日投稿予定です。