Episode-3 ニセの凱旋
火星から途方もなく離れたとある惑星。この星に宇宙連盟の本部がある。
午前の会議を終え、会議場から夏目が現れた。この組織における重要ボストの彼には苦労も多い。
「中将もおっしゃっていたがこの踊る議会はどうにかならないものかね」
「星ぐるみで思想の統一がなされているというのは稀有なケースですから、その代表が集まっても同じことなのでしょう。運営サイドにも右派左派の抗争がありますし」
会議場の外で待機していた秘書が間髪いれずに応じる。
「それはそうだな。まあ、別にそんなことは私の知ったことではない。彼らがもめ続けてくれれば我々も動きやすいしな」
宇宙連盟。分かりやすくいうと全宇宙を統括する政府といったところで文明を持つ星の七割が所属している。もちろん地球もその一つだ。
全宇宙の平和と知的生命体の幸福の実現を謳う組織だが、無量大数でもきかないくらいの惑星恒星衛星の全てをカバーすることは到底不可能で、派閥争いもしょっちゅう。運営がうまくいっているとは言い難い。
夏目のような者からすれば無能な者どものお遊戯会。理事達も置物と化して、全く機能していない。
「そういえば、OKEYAは今どうしている?」
「火星にいます。例のアンテナを調査に向かったようですが用は済んでいるので適当に追い返すように伝えておきました」
「そうか。惑星通信のシステムの書き換えは完了したんだな」
「はい。代わりの映像が流れるようになっているはずです」
服部が言っていた惑星中継の計画。夏目達にとっては何故か都合の悪いものらしい。
☆★☆
「失礼しまーす」
元帥を先頭にOKEYA一行はアンテナ内部に侵入した。
地下鉄のホームのような匂いが漂う。モダンながらレトロな空間といえる。
「とりあえず奥へ行ってみよう。何か分かるかもしれない」
先ほどの整備士と同じルートを進む一行。突起物に頭をぶつけたり、うっすらと埃が積もったフロアで転倒したりとどこかぎこちない。
「しっかし、なんで電波障害なんて起こるんでしょう?」
総長が疑問を口にする。
「うちのじいさんのじいさんはテレビを叩いて砂嵐を直したって言ってたのに」
総長によるとかつて電化製品を叩いて直すことができる時代があったらしい。
不意に官房長官が人差し指を口にあてる。おくちにチャック(シャラップ)のポーズだ。
彼女は次の曲がり角を指差して頷く。誰かいる。そう伝えたいようだ。
元帥の目配せで戦闘体制に。足音を消して角までやって来た。
「よし……いくぞ!」
角の向こうへ躍り出る。
「動くな! 我々は、ってあらら?」
そこには先ほどアンテナ内部へ忘れ物を取りに来た整備士の姿があった。配線のなんやかんやを直しているようだ。
「あんたら誰だ? ここで何してる?」
「あの、我々は……いやこれをどうぞ」
元帥はポケットから名刺を取りだし渡そうとする。
「いいよいいよ。どーせここの電波障害を直しに来たんだろ? 俺がさっき直しといたからもう大丈夫。お駄賃やるから帰んな」
名刺を受けとる代わりに飴玉とコインを手渡され、こちらが名乗る前に解決してしまった。わざわざ見取り図までもらって来たのに。
しかし片付いたというならOKEYAとしてはそれ以上何もすることはない。
「そうですか……」
整備士に押しきられるかたちで不本意ながらも一行はアンテナを後にした。
「おお! 通信が復旧してる!」
授業が終わり、局に戻ってきた服部が液晶を覗き感嘆する。学業と仕事を両立するという最強の文武両道のかたちといえる。
喜ぶ服部に対して一行の表情は冴えない。達成感がなければそんなもの。
「いや。中入ったら整備士の人から直しといたからって言われたんだけど」
「そうでしたか。すみません。桶屋さんに頼まなければ無理かなと思ったのですが……」
ペコペコと頭を下げる服部。どこから出したのか火星名物『ばくはつおかき』を元帥に手渡す。とても高校生とは思えないスレ具合だ。
「ありがとう。それにしても時々服部君が中間管理職のおじさんに見えてくるんだが……」
基本的に職業につくのは成人してからというのが普通の世界。家計を救うためとはいえ、二刀流の彼は偉い。
「皆さんもわざわざ来ていただいたのにすみません。旅館をとっておきましたから今日はそちらでお休みください。それと、艦長さん? この後食事でもどうです?」
「行かねーよ」
「それは残念。しかし源泉かけ流しですからお楽しみいただけるかと思いますよ。それと艦長さん?」
「聞こえないぞ」
実際には任務を完遂していないのだが服部の上司は満足したらしくたんまりとお礼を貰った。
惑星通信を出発し旅館行きのバスに乗り込む一行。三十分ほどで着くという。
「よし。諸君、何はともあれミッションコンプリートだ。今夜は温泉で英気を養おう」
「そうですね」
温泉で有名な地域の出身の総長はどこか嬉しそうだ。
「カイ君。温泉卵ってあるのかな」
「俺は温泉なら饅頭派なんだけど」
官房長官と艦長のノリは完全に修学旅行生のそれ。よく見ればすまして座っているように見える会計もケリロンの風呂桶を用意している。
そんなメンバーを見て目を細める元帥。
しかし、アンテナの一件で彼が抱いた疑惑はより大きくなっていた。