Episode-22 収縮とテンボウ
「うーん」
地球人、そして宇宙人で賑わうアメリカの系際ターミナルのロビー。宇宙への出入りが盛んに行われているこの国における最大の玄関口だ。
そのソファに腰掛けながら指揮官は一人思案に暮れていた。
地球での作戦は概ね成功し、土星でサタニウムの密輸を追っていた元帥たちからも先ほど敵の根城へ侵入したと連絡が来た。
それはいいのだが。指揮官にはどうしても気になることがあった。それを解決するために彼はある人物とここで待ち合わせているのだ。
「あっ、こっちです!」
どうやら待ち人が現れたようだ。指揮官は大きく手を振る。
こちらに向かって歩いてくる大柄な人物。服を着てはいるが肌が赤く、さらにゾウとウサギを足して2で割ったような大きな耳。地球の者でないことを雄弁に語るルックスだ。
比較的小柄な指揮官と並ぶとより大きく感じる。
「遅れて申し訳ない。あなたがもふもふ教祖、いや菊本零さんか」
地球の言葉、英語を使いこなす。言葉がやや硬いのは微妙な文法のニュアンスまでは理解していないからだろう。
「はい。お待ちしてました。ロエルさん」
指揮官がやっとのことで連絡を取り付けたこの異星人、ロエル・デ・アルトマン。二人は談話の場所を求め、ターミナル近くの喫茶店に入った。
早朝のスタリーズバックコーヒー。出勤前のビジネスマンやOLが一服している。
指揮官はカフェオレ、ロエルはココアを注文した。
「僕は前から不思議に思っていたんです」
「何を」
ロエルはコーヒー用のミルクをまとめて飲んだ。
「元帥のことです。僕らと大して歳は変わらないはずなのに、色々なことを知っているし、実戦にも異常に慣れているんです。気になってそこを突っこんでも私は元帥だからとしか答えてくれなくて」
つまり、元帥が皆に隠していることがあるのではと指揮官は考えているのだ。
雄弁に語る指揮官を面白そうに眺めるロエル。
「彼については私もかなり驚いている。まあ、菊本さんが知りたがっていることについては私が力になれるはず」
「ありがとうございます。早速元帥について話を聞かせてください。さとけんも気にしていましたし」
「わかっている。ちょっとこれを見て」
ロエルは封筒から一枚の写真を出して指揮官に見せた。
角が折れ、色落ちしている。かなり昔に撮られたもののようだ。
「えっと……この格好は、地球軍ですよね」
写真に写っているのはかつての地球軍の隊員たちのようだ。写真をさらに眺める指揮官。
「あっ」
そして見つけた。よく知った顔を。
まわりの者と肩を組み、カメラに向かって笑いかけている青年。髪の端が微妙にウイングしているのは今と変わらない。
「この人元帥じゃないですか……!? ロエルさん、元帥は昔地球軍にいたんですか?」
ロエルはスティックシュガーを五本まとめて口に流し込んだ。
「そう。あなた方の元帥はかつて地球軍にいた。私もその頃技術協力で地球に赴任していた」
しかし指揮官は腑に落ちない。
「でもちょっと待ってくださいよ。この写真は相当古いのに、元帥は今と全然変わらないです。おかしいですよ。というかこの写真はいつのものなんですか?」
「今から150年前に、現在のかたちの地球軍が正式に結成された記念式典の時の写真だ。ここに写っているのは地球軍創設時のメンバーということになる。」
えっ、と声をあげてしまう指揮官。ストライプの制服のウエイトレスに二度見される。
「ごめんなさい。僕には何がなんだか……なんで元帥は歳をとらないんですか?」
「まあ落ち着いて。私の知っていることは全て話す」
ロエルは四個目のガムシロップを空にした。
「地球の感覚でいえばだいぶ昔のこと。結成されたばかりの地球軍にとても優秀な若者たちがいた。そのうちの一人の名は瀬尾健哉。いい家の生まれだったが嫌みなところのない好青年だった――――」
☆★☆
「おい! 出てきたぞ!」
製鉄所跡から出てきたOKEYAの面々を見て敵が叫ぶ。先ほどのならず者とはわけが違う混じりけなしの悪党達だ。
「あいつらがOKEYAだ。ここで奴らを倒せば俺たちの立身出世は間違いない!」
敵のモチベーションはばっちり。
彼らと対峙しつつ元帥は他のメンバーたちに発破をかける。
「分かってるとは思うがKOUTORIIのしたっぱたちだ。ここはガツンとやってやろう」
「オッオッオー!」
庶務と艦長が拳を振り上げる。気合いは十分だ。
「よし。野郎、そして淑女ども! いくぞ!」
「ここは俺が!」
誰よりも速く駆け出した者が一人。
手にバンテージを巻いた監察官。先ほどは総長に先を越されたので今回は我先にと飛び出す。
手頃な相手に狙いを定め、
「でりゃあ!」
弓を引くような動作から相手に拳を食らわせる。かつて地球のとあるファイターが披露した技だ。
「ナックルアローだ!」
喜ぶ庶務。なぜその名前を知っているのだろう。
木星でルドゥムグと戦った時と違い、力で叩き込むファイトスタイル。腕、脚、腰を最大限に駆使し技を打ち込んでいく。
文字通りちぎっては投げちぎっては投げと奮戦する監察官。今回は間違いなくMVPだ。
もちろん監察官だけが光るOKEYAではない。監察官を危険とみて逃げようとする敵には総長と会計が追い討ちをかける。
瞬く間に敵はみなのびてしまった。
「片付きましたけど元帥、どうします?」
会計がメガネをギラギラさせている。カツアゲでも企んでいるのだろうか。
「情報を吐いてもらって警察につき出せばいい。とにかく敵の情報を集めないとな」
それぞれのびている敵を起こそうとするOKEYA一行。しかし、監察官がはりきりすぎたのかなかなか目を覚まさない。
「こうなったら水でもかけてやるか!」
どこからかバケツを取り出す艦長。
しかし、水をかけるには至らなかった。
「なんだ!?」
突如頭上に巨大な宇宙船が飛来したのだ。
「敵の援軍か!」
土星に残った者達だけでは不十分と判断したのだろうか。
「元帥、あれ見てください!」
官房長官が指し示した方向。宇宙船の底部が光っている。
「あの発光……みんな! すぐ逃げろ!」
「えっ」
元帥は慌てて全員を退却させようとしたが、間に合わなかった。
宇宙船から発せられた光は強さを増し、地上へ降り注いだ。あまりの眩しさに目を開けていられないほどだ。
「うわっ!」
光に包まれるOKEYA一行。一人、また一人と姿が見えなくなる。
そう、人間を巻き込む超弩級の原子収縮が行われたのだ。




